日々のビジネスライフにも役立つ! 宇宙飛行士の判断力と仕事術【担当編集インタビュー】

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更新日:2017/1/10

『一瞬で判断する力 私が宇宙飛行士として磨いた7つのスキル』(若田光一/日本実業出版社)

「宇宙飛行士」と聞いたとき、国際宇宙ステーション(ISS)でにこやかに手を振りながら地上と交信している姿を、または自分とは別世界にいる「超優等生」というイメージを抱く人もいるかもしれない。

 しかし、2013年にISS日本人初のコマンダー(船長、司令官)を務めた若田光一氏の新刊『一瞬で判断する力 私が宇宙飛行士として磨いた7つのスキル』(若田光一/日本実業出版社)を読めば、彼らが地上にいるサラリーマンと変わらない悩みを抱えていることに気付くだろう。

 本書は、若田氏が宇宙飛行士になる過程で身につけた仕事術や、危険と隣り合わせの宇宙飛行士たちをどのようにマネジメントしたのか、7つのキーワードをもとにひもといている。本書で伝える若田氏のリーダーシップ術は、ビジネスパーソンにとってどのように役立つのだろうか? 今回、企画と編集を担当した日本実業出版社の川上 聡さんに話を伺った。

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川上 聡さん(以下、川上)「コマンダーの立場は、ISSの現場と管理部門との間に立って調整する、会社でいうところの『課長』のような中間管理職に近いそうです。若田さんは、チームメンバーの目指すものを把握して、多様な国籍で構成されたメンバーの意思をチーム全体の力に変えていくリーダーを心がけていました。ビジネスでは、部下たちの気持ちを汲み取り、個人とチームのベクトルを同じ方向に向かせるリーダーシップが求められているので、本書の内容はビジネスパーソンも実践しやすいのではないかと思います」

 そもそも、本書をつくるきっかけとは何だったのだろうか。宇宙飛行士の本と言えば、「宇宙の魅力」や「いかに夢をかなえるか」などをテーマとした本はよく見かける。どのような理由から、宇宙飛行士が自身の仕事を通して磨いた「スキル(仕事術)」をテーマとした本になったのだろうか?

川上「宇宙飛行士は、宇宙にいる時間よりも、地上にいる時間の方が圧倒的に長いそうです。宇宙に行くために、フライトの何年も前から雪山でのサバイバル訓練をはじめ過酷な訓練をしながら、知力・体力・精神力を養っています。そのように宇宙飛行士が陰で努力している部分や、宇宙飛行士の仕事の本質も含めて伝えられればと考え、仕事を通して磨かれる『スキル』にスポットを当てました」

 そんな陰ながら努力し続ける、宇宙飛行士たちの「本当の姿」を伝える意図があったそうだ。制作には、どのような苦労があったのだろうか。

川上「世界中に70億人以上いるなかで、これまで宇宙に行った人は545人(2015年12月時点)だそうです。ですから、自分とは程遠い世界の話だ、と読者の方に感じさせない構成を心がけました。若田さんは宇宙飛行士に転職する前は、航空会社で機体整備を行うエンジニアでしたが、今や宇宙でコマンダーとして活躍されています。若田さんが宇宙飛行士になれたのは、決して別世界に住む天才だったからではなく、そのときできることにベストを尽くし、一つひとつ積み重ねた結果です」

 本書によれば、若田氏は宇宙飛行士として24年間活動する中で、宇宙にいた期間が通算347日間だけという。そのように貴重な宇宙飛行を経験するために、たとえ地道に訓練を続けたとしても、ミッションにアサイン(任命)されないときもあるそうだ。若田氏は仲間がミッションに選ばれたことを心から祝福しつつ、そのときに感じた想いを、本書の中でこう書き記している。

「なぜ自分がアサインされなかったのか?」と感じる気持ちは多少なりとも湧いてくる。なぜなら、それだけ自分も頑張ってきたという自信や誇りがどんな宇宙飛行士にもあるからだ。

 この部分に対して、川上さんは次のように感じたという。

川上「宇宙飛行士は“超”がつくほどのエリートで、振る舞いも優等生的なイメージの人が少なくないかと思います。ですから、若田さんが本文に書いていた『嫉妬や妬みと無縁じゃない』という話は意外でしたが、宇宙飛行士も普通の人間なのだとも思いました」

 とはいえ、若田氏は本書で、そのようなネガティブな感情をマイナスのまま放置したりはしないと語っている。

人生のなかで、自分ではどうしようもない、自分では動かしようのないことはたくさんある。だからこそ、「自分の努力で変えていける部分」と「自分の力ではどうしようもない部分」を明らかにして線を引いておく。そこを常に意識しながら生活していくと、ネガティブな無力感に引きずられることなく、自分の努力しだいで確実に結果が変わってくることに注力できるようになり、積極的な気持ちを保ちやすくなる。

 このように若田氏は、「今、自分でできること」に注力しようと思考をコントロールしているのだ。宇宙での仕事は、「3K(危険、きつい、帰れない)+1S(狭い)」といわれることもあるそうだ。ただでさえストレスのかかる宇宙空間でコマンダーを務めた若田氏の経験談の中には、ほかにもビジネスパーソンが心に留めておきたいヒントがたくさん詰まっている。

川上「宇宙に行けば、宇宙飛行士たちはISSという環境の中でしか生活できません。若田さんはそんなISSという物理的にも逃げ出すことのできない、大きなプレッシャーのかかる仕事場でチームをまとめました。ストレスの多い現代社会で働くビジネスパーソンは、失敗をしたときの対処法やモチベーションの保ち方、建設的なコミュニケーションのコツなど、若田さんの言葉が多くのヒントになると思います」

「想像する」「学ぶ」「決める」「進む」「立ち向かう」「つながる」、そしてコマンダーを経験した若田氏だからこそ伝えられる「率いる」こと。本書を構成する、この7つのキーワードの中には、あなたの仕事にもプラスになるヒントがある。

文=流石香織