宅間守、加藤智大、福田和子…事件記者による凶悪殺人犯たちの素顔を追うルポルタージュ

社会

公開日:2016/2/9


『前略、殺人者たち 週刊誌事件記者の取材ノート』(小林俊之/ミリオン出版)

 私が子どもの頃、となり町の静かな住宅街で凄惨な殺人事件があった。現場となった家の前には連日マスコミが詰めかけ大々的な報道合戦が繰り広げられていたが、時が経つにつれ事件への関心は薄れていった。誰も住まなくなった大きな家は鬱蒼と茂った木に覆われ、そこだけが事件の記憶をとどめているような異様な一角となり、夜になると前を通るのも怖いくらいだった。しばらくしてから家は取り壊され、木も切られて更地になったのだが、どうも買い手がつかなかったらしく、長い間駐車場として使われていた。数年前にたまたま通りかかったところ、そこには数軒の真新しい住宅が並んでいた。事件は完全に忘れられたのだろう。犯人はすでに死刑になっていた。

 そんな凶悪な殺人事件を長年追い続け、取材で「人間のおぞましさ、不可思議さ」を垣間見たというのが、雑誌『フライデー』などで活躍したベテラン記者である著者だ。『前略、殺人者たち 週刊誌事件記者の取材ノート』(小林俊之/ミリオン出版)は雑誌『実話ナックルズ』の連載をまとめたもので、11の殺人事件を取り上げている。犯人はどんな人物だったのか、本人への直撃、家族や関係者への取材、そして裁判を傍聴した記録などからあぶり出していく。また事件となった現場や犯人、その犯人が生活をしていた部屋など生々しい写真も多数掲載されている。

 始めは、2001年に大阪教育大付属池田小学校に乱入して児童8人を殺害、児童13名と教諭2名が負傷する事件を起こした宅間守だ。著者は事件の4日後に宅間の実家を訪れ、何度も実父から話を聞いている。宅間守を妊娠した2歳年上の妻が「お父さん、この子を産みとうない。あかんねん」と堕胎を希望したこと、守の兄が自殺したこと、そして異常な行動を取る息子のことなどを淡々と語っている。その内容は異様で、理解し難いことばかりだった。

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 さらに本書には休日の歩行者天国にトラックで突入、7人を殺害し10人に重軽傷を負わせた秋葉原通り魔事件を起こした加藤智大、松山で同僚のホステスを殺した後に逃亡、時効寸前に逮捕された福田和子、昭和から平成に移り変わる時代に引き起こされた東京・埼玉連続幼女殺害事件の宮崎勤、母親に画像を送りつけるなど卑劣な犯行をした奈良小1女児殺害事件の小林薫、自身の経営するパブに記者を有料で集めて会見を行っていた本庄保険金殺人事件の八木茂など、昭和の終わりである1980年代から2010年代に世間を震撼させた事件の犯人や被告の素顔を活写していく。

 ひとつ残念なのは、事件の概要が各章の冒頭にまとめて書かれていない(文章に挟み込まれている)ことだ。なので読む前に事件のあらまし(どんな事件が起こり、どう逮捕されたのか、事件にはどんな特徴的な出来事があったのかなど)を調べて頭に入れておくと、より立体的に殺人者たちの素顔や背景を感じられることと思う。しかし犯人を知れば知るほど心がざわめき、重たい感情に襲われることは覚悟してもらいたい。

 どの事件の犯人も異様だったが、中でも理解不能だったのが著者宛てに便箋6枚分の告白文が届いたという、刑務所出所直後に母と姉を刺した奈良母姉殺傷事件の犯人の言葉だった。「この世界にはこういう人もいるのだ」という事実を丸呑みしてしまうしかできなかった。

「あんたとは話ができるよ」と言われ、著者が多くの話を聞いたという本庄保険金殺人事件の八木茂死刑囚がたくさんの記者を集めていたパブは、現在倉庫として使われているそうだ。これらの事件の舞台となった場所も、いずれ私が近所で見たような変遷をたどっていくことになるのだろう。では事件の記憶は? 果たして忘れていいものなのか? もし自分が当事者だったら? しかし人は忘れることで生きていけるのではないか?…そんな感情が複雑に絡み合い、心の奥底に消えない小さな塊が置かれたような一冊だった。

文=成田全(ナリタタモツ)