『なぜ、あの「音」を聞くと買いたくなるのか』――音の「力」を利用して人を動かす「サウンド・マーケティング戦略」とは?

ビジネス

公開日:2016/6/1


『なぜ、あの「音」を聞くと買いたくなるのか サウンド・マーケティング戦略』(ジョエル・ベッカーマン、タイラー・グレイ:著/東洋経済新報社)

 身の回りには音が溢れている。無意識のうちに届く音は、私たちの記憶や感覚を呼び覚ましてくれる。例えば、アニメ『サザエさん』のエンディングテーマを聞くと、明日からまた学校や仕事が始まるとちょっぴり切なくなる。徹夜した夜に原チャリが走ったり止まったりする音を聞くと、そろそろ朝かと気がつくきっかけになる。

 音には“力”がある。その力を企業の広報戦略に結びつける方法を解説するのが『なぜ、あの「音」を聞くと買いたくなるのか サウンド・マーケティング戦略』(ジョエル・ベッカーマン、タイラー・グレイ:著/東洋経済新報社)。実際にあった事例を交えて、人と音の関係を紹介している。

 本書の著者は、音には「記憶を呼び起こし、感情を動かし、自分以外の何かとの感情的なつながりもたらす」力があると語る。たしかに、中学時代に英語の授業で歌った洋楽を聴くと教室の風景が思い出されたり、仕事や勉強に苦戦していた時に流していた音楽を聴くと嫌な感覚が蘇ってきたりする。

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 振り返れば気がつくほどのさりげない力だが、音はさらに「私たちの潜在意識に働きかけ、気分、行動、選択に影響を与える」という。この訴求力を戦略的に組み込むのが「サウンド・マーケティング」となるが、広報活動へ結びつければ「手垢のついた宣伝文句を、消費者の五感を刺激しブランドと消費者の間に感情的なつながりをつくる広告」に変えることもできる。

 本書の中から紹介したい事例として、あるスーパーマーケットでの実験がある。1980年代に発表された研究結果によれば、アップテンポな曲よりスローテンポな曲の方が売り上げが38%増加したという。

 その理由は音による“喚起”だ。ハードロックやヘヴィメタルなど、比較的大きな声で歌う曲は、素早く切り替わるコード進行の影響もあり聞いていると自然に気持ちが高ぶるのだという。一方、落ち着いたポップスはゆるやかな気持ちにさせてくれる。

 この働きから、アップテンポな曲により気持ちが高ぶった消費者は決断も早まり、買い物に費やす時間が短くなった。そのため、店を出るまでの時間も早まり、結果としてスローテンポな曲よりも売り上げが落ちたのである。

 また、音が消費者の行動を左右する一方、ブランドのイメージと結びつける試みもある。著者はこれを「ブランドナビゲーション・サウンド」と呼ぶが、一例としてアップルの取り組みが紹介されている。

 Macではおなじみの「バーン」という起動音。じつは、現在の音色になるまでは紆余曲折があった。開発当初には「悪魔の音程」と呼ばれる3全音「トライトーン」が使われていて、不安をあおるような音が問題視されていた。

 この問題の解決に尽力したのが、1988年にエンジニアとして入社したジム・リークスである。のちに当時の起動音は「ひどかった」と振り返るジムは、自家用車のアラーム音や、初期Macのビープ音に使われた「クワックワッ」というアヒルの鳴き声をマネした音声など様々な音色を試した。

 やがて完成したのがCメジャースケールによる、様々な弦楽器や尺八の音色を取り入れたあの音色だった。ただ、この音を提案しても上司たちはうなずいてくれなかった。そこでジムが取った行動は、真夜中にオフィスへ忍び込みこっそりとプログラム上の起動音を変更することだった。

 当然、社内では大問題になったものの、上司の1人が黙認してくれたおかげでみごとに採用されることになった。これ以来、アップルではデザイナーやエンジニアも音への関心を寄せるようになり、Macに付属するメールソフトで聞かれるメール送信時の「シュー」という飛行機が飛び立つような音など、随所にこだわりがみられるようになったという。

 身近すぎるからこそ、周囲に溢れる音について深く考える機会は少ない。しかし、本書を読み進めてみると、私たちはその力を様々な場面で体感していると気づかされる。日常生活でそっと耳を傾けてみれば、新しい発見も生まれてくるはずだ。

文=カネコシュウヘイ