障がい者が性的に自立したら…乙武さん不倫騒動は、障がい者の「性」を考える上で、大きな気づきを与えてくれた【『セックスと障害者』前編】

社会

公開日:2016/5/26


『セックスと障害者』(坂爪真吾/イースト・プレス)

 3月下旬、かねてより参院選への出馬がウワサされていた作家の乙武洋匡さんが、「女性と不倫関係にあった」と週刊誌で報道された。先天性四肢切断のハンディキャップを抱えるも、さわやかなルックスとスポーツライターや東京都教育委員をつとめるなどの経歴から、まさに「国民的障がい者」として知られていた。その彼が不倫相手とヨーロッパを旅行したのみならず、複数の女性と性をおう歌していたことに、ド肝を抜かれた人は少なくないだろう。というのも彼は、誰もが知るとおりの「五体不満足」だからだ。

「障がい者の性を考える上で、大きな気づきを与えてくれる出来事だったのではないでしょうか。乙武さんはルックスもよく知的で、社会的にも成功して妻にも子供にも恵まれていました。まさに誰からも愛される『自立した障がい者』だと思いますが、障がい者が性的に自立した先には当然、浮気や不倫や失恋や複数恋愛などが起こり得ます」

 そう語るのは一般社団法人ホワイトハンズの代表理事で、『セックスと障害者』(イースト・プレス)の著者、坂爪真吾さんだ。

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 坂爪さんは東京大学を卒業後、新しい「性の公共」を作るという理念のもと、重度身体障がい者に対する射精介助サービスや、風俗産業の社会化を目指す「セックスワーク・サミット」の開催などに取り組んできた。そんな彼は乙武さんの騒動に、「障がい者の性の近未来を見た思い」だという。

 ハンディキャップを抱える人たちは、日常生活においては健常者の助けを必要とする場面も多い。もちろんそれが理由ではないものの、「純粋で清らかな心の持ち主」「かわいそうな弱者」という目で見られることも多かった。また身近に障がい者がいないという理由で、意識そのものすらしたこともないという健常者も存在する。

 実際のところ障がい者は多いのか、それとも少ないのか。坂爪さんによると、身体・知的・精神になんらかの障がいがある人は約741万人で、愛知県の人口約744万人に匹敵する数になっている(出典・平成25年度版『障害者白書』内閣府)。日本の人口の約6%にあたり、身体障がい児・者の98%と知的障がい児・者の77%、精神障がい者の90%は、自宅で暮らしている。そんな彼ら彼女らも当たり前に成長し、当たり前に1人の大人になっていく。もちろん、人間なのだから性的な欲求があるのも当たり前なのに、介護福祉の現場で性については除外されてきたことが、この本を書くきっかけになったそうだ。

「2012年に『セックス・ヘルパーの尋常ならざる情熱』(小学館)という本を出版したのですが、これは起業に至るまでのプロセスをまとめたものなので、今回の新書は、障がい者と性についての現状をアップデートする意味を込めて書きました。

 社会福祉の枠内で性的サービスを提供できないかと考えて、起業前の準備として、ヘルパー2級を取得して介護現場で働いたことがあります。その際、脳性まひの方やALS(神経細胞が侵されることで、筋肉を動かそうとする信号が伝わらなくなって筋肉が動かしにくくなる「筋萎縮性側索硬化症」のこと)の方を介護していて、性的介助のニーズがあるのではないかと気づきました。でも介護職ができる領域の中には、この分野は除外されていました。介護には『本人の尊厳の自立を守る』という理念があるのですが、大事な性についての部分が除外されていることの矛盾について、ずっと考えていました。そこで事業として何かできないかと思い、自慰行為が自分でできない障がい者をサポートするために、ホワイトハンズを立ち上げました。その活動を通して知りえた障がい者の性の歴史と現状を、改めてまとめたいと思ったんです」

 確かに障がい者にも性的欲求があり、それを満たすことは当たり前の権利と言える。しかし一方で、たとえば知的障がいを持つ男性からのセクハラが、トラウマになっている女性もいる。私自身も小学校に入学する直前、近所に住む知的障がい児の同級生に突然抱きつかれ、以来「彼らは何をするかわからず怖い」と思い続けてきた。しかしこういったことも「性をなきものにする」のではなく、性を教えることで克服できると坂爪さんは言う。

「それこそ『皆から愛される障がい者になるために、性は封印しろ』といった風潮は昔からありますが、適切な時期に適切な性教育を行うことで、障がい者によるセクハラを防ぐことができると思います。とくに知的障がい者は、他人との距離感がわからない人が多いので、イラストなどを使って『いきなり抱きついてはダメ』『握手をするといい』と教えることで、距離感を意識できるようになります。なかにはフォークダンスを通して『ルールのあるふれあい』を教えているところもあります。また性器の洗い方や自慰の仕方、妊娠と出産についてなどを多角的に教えていくことで、能動的な『愛される障がい者』ではなく、主体的に生きる『愛する障がい者』を育てることができるのではないでしょうか。それによりこの社会の、真のノーマライゼーションも実現するのではないかと思います」

取材・文=玖保樹 鈴