逃げ込める“居場所”のような作品を作りたい。漫画『黒猫は泣かない。』作者・寺田浩晃さん、春名風花さん対談

マンガ

公開日:2023/4/19

寺田浩晃さん、春名風花さん

 難病「好酸球性胃腸炎」の発症をきっかけに、YouTubeで作品を配信し始めた漫画家の寺田浩晃さん。教室で浮いてしまったり、家族からの愛情を受けられなかったりと、さまざまな生きづらさを抱えるキャラクターを描いた作品は大きな話題を呼んでいます。

 2023年4月19日、YouTubeで人気の作品を含む短編集『黒猫は泣かない。』が発売されます。本作の付録であるボイスコミックの声を担当しているのは、幼い頃から俳優・声優として活躍する春名風花さん。本書の発売を記念し、ボイスコミックの収録を終えたばかりのお二人に対談いただきました。

advertisement

強い縁を感じて、ボイスコミックの声優をオファー

——まずはボイスコミックの収録、お疲れさまでした。

寺田:収録中は話すタイミングがなくてお礼を言えなかったんですけど、本当にありがとうございました。

春名:いえいえ、なかなか良いテイクが出せなくてすみません。儚げなトーンで話すのが難しくて……つい舞台用の発声になっちゃって(笑)。

春名風花さん、寺田浩晃さん

——二人は今日初めてお会いになったんですか?

寺田:そうですね。ミュージシャンでもある共通の知人がいて、その人から「寺田くんに会わせたい人がいる」と、ずっと春名さんの話は聞いてはいたんです。何か似たものを感じていたのか、詳しい理由はわからないんですけど。別の知り合いからも、偶然春名さんが声優で出演しているアニメのDVDを貸してもらったりして、勝手に縁を感じていて。

 今回双葉社さんから「ボイスコミックの声優さんのご希望ありますか?」と聞かれたときに春名さんが浮かんで、出演をお願いして、今日に至る……という感じです。

春名:わ、そういうつながりだったんですね! オファーをいただけてうれしかったです。

寺田:OKのお返事をもらったときは「出てくれるんだ!」って感動しました。自分とは遠い世界の人だと思っていたので、想定外だったというか……。でも、春名さんのおかげですごくいいボイスコミックになったと思います。

目立たないように大人しくして、“常識人”を装っていた

——春名さんは短編集『黒猫は泣かない。』をご覧になって、どんな印象を持たれましたか。

春名:全体を通して、さびしくてやさしい物語だな、というのが最初の感想ですね。雨の匂いがするというか……雨が上がったあと、雲の切れ間からすーっとやわらかい光が差し込んでくるようなあたたかさのある作品だと感じました。ちなみに収録作品の中では『ELECTOPIA(エレクトピア)』が一番好きです。

エレクトピア 抜粋

クラスに友達がおらず、陰口を叩かれながらいつも一人で過ごしている青葉杏子。そんな彼女が唯一いやな現実を忘れられるのが、仮想世界「エレクトピア」で理想の自分の姿で過ごす時間。しかしある日、クラスで杏子のアカウントが晒されたことで、いじめがエスカレートしてしまう。そんな彼女を、クラスメイトの新辺は助けようとするが……。

寺田:えっ、本当ですか! SNSがテーマの話なので、SNSを活用してきた春名さんに好きだと言ってもらえるのはすごくうれしいです。

春名:ラストの「幸せの見つけ方がうまくなった」という言葉が大好きなんです。うるっときましたね……。

寺田:『ELECTOPIA』はSNSについて描いておきたいと思って描いたもので。今の中高生って、スマホを見たら自分より幸せそうな人がたくさんいて、みんながみんな自分を良く見せようと必死で……っていう世界で生きていると思うんです。その子たちやインターネットを否定するのではなく、どうやってその世界で生きていくのかを描きたかった。だから、インターネットを活用してきた春名さんのような人が褒めてくれるのは本当にうれしいです。

寺田浩晃さん

春名:仮想世界がつらい現実からの逃げ道になるというインターネットのいい面と、現実の世界にしかないものの良さ、どちらも入っているのがいいですよね。

寺田:仮想世界を楽しむ主人公の杏子と対照的に、クラスメイトの新辺少年は痛くて寒くて汚い世界で生きている。インターネットも逃げ場としてはいいけど、現実の汚い世界にしかないものもあって、そういうのもいいものだよって言いたかったんです。

春名さんのような人に届くものを作りたい

——『エレクトピア』もそうですが、寺田さんの作品には、学校で浮いてしまったり、家庭でつらい思いをしていたり、拭えないコンプレックスを持っていたり……といった生きづらさを抱えるティーンエイジャーが多く出てきます。それは寺田さんご自身の経験が反映されているんでしょうか。

寺田:自分が生きてきた時間は確実に影響していますね。ただ、よく「『くろいりんごときいろいそら』の笑正くんみたいな子だったんですか?」と聞かれるんですけど、それは全然違うんです。僕は、笑正くんのようないわゆる“人と違う”自分を押し殺して、なるべく目をつけられないように大人しくして、常識人を装うタイプでした。そのくせちょっと浮いている子に対して「何やってんの?」という顔をしていたから、より良くなかったと思います。春名さんは、笑正くんみたいな子だったのかな? と僕は思うんですが……。

春名:いや、たぶん私じゃなくて、私の弟が笑正くんタイプですね(笑)。私も学校では目立たないように、叩かれないように、ずっと大人しくしていたので。

寺田:え、そうなんですね。

春名:小学校から高校まで、楽しかった記憶もつらかった記憶もないんですよ。“無”なんです。小学校高学年頃が一番知名度が高かったので、目立って叩かれないように、なるべくクラスメイトの印象に残らないようにすることに徹していました。

 クラスメイトも、「休み時間にしゃべる子はいるけどプライベートで遊びに行く子はいない」みたいな距離感。友達……ではなかったんでしょうね。

春名風花さん

——春名さんは、そういう中で「集団から浮いてしまうつらさ」を感じることはありましたか?

春名:つらかったかと聞かれると、自分でもわからないというのが正直なところなんです。おかげで学校ではいじめられることもなかったし、結果的にはよかったのかなと。

 ただ、SNSで誹謗中傷を浴びることは多かったので、言葉の痛みを感じる機会はありましたね。

寺田:匿名の大人たちが寄ってたかって女の子に石を投げるって、おかしいですよね。矢面に立ってそんな卑劣な人たちと闘っていたことを本当に尊敬しますし、学校でいじめられるよりもっとつらいかもしれないですよね。僕は絶対に春名さん側に立たされている人に届くものを作りたいと思っています。

逃げ込める何かに出会えたら、人は生きていける

——「石を投げられる側に立っている人に届くものを作りたい」というのは、もう少し具体的にいうとどういうことですか?

寺田:僕はあまり良くない家庭環境で育ってきて。学校でもいじめられて、どこにも居場所がなかった。当時は本当に地獄だったし、自分が世界で一番不幸だと思っていました。

 そのとき逃げ込んだのが、漫画とか本、小説、音楽、映画の世界だったんです。シェルターみたいなもので。だからかつての僕みたいに、社会でなかなか居場所が見つからない人、うまく生きていけない人に届けばいいなと思ってずっと漫画を描いています。

寺田浩晃さん

——過去の自分自身に向けて描いているような?

寺田:それもありますし、子どもの頃に僕が「何やってんの?」という目線を向けてしまっていた子に対して「ごめんね」と伝えたい気持ちもあります。僕も「みんなと同じ」を装っていたけど、本当は君と同じように思ってたよって伝えたくて。

 だから、YouTubeのコメントやメールで「昔からどこにも居場所がなかったけど、つらいときには寺田さんの漫画を見てます」って言ってもらえたときはすごくうれしかったです。

春名:漫画やアニメは私にとっても大事な居場所だったので、その感覚はわかる気がします。私も、今まさにいじめられてつらい思いをしている方から「家にも学校にも居場所がなくて、春風ちゃんの動画を毎日繰り返し見ています」とDMをいただくことがあって。

 DMでやりとりしてもそういう子のつらさの根源が消えるわけではないけれど、つながることができるだけでも、発信しててよかったと思いますよね。

春名風花さん

寺田:僕は極力表に出たくないと思ってましたけど、YouTubeに出るとそういうコメントをいただくこともあるから、心の支え……と言ったらおこがましいですけど、そういう逃げ場になれることもあるのかなって今は思います。

——寺田さんや春名さんの存在が、今まさに生きづらさを抱えてつらい思いをしている10代の人たちの拠り所になっているんですね。

寺田:僕がそうだったように、逃げ込める何かに出会えたら人は生きていけると思うんです。今学校や家庭に居場所がなくても、いつかきっと価値観が合う人に出会えるから。偶然割り振られた40人のクラスで友達が見つからなくても、強くやさしく生きていけば、いつか気の合う人と出会って笑えるから。だから、つらいときはいくらでも芸術の世界に逃げておいでよって思うんです。それでなんとか生き延びてほしい。

春名:いじめにあっている人だけじゃなく、特に大きなトラブルやつらいことを経験していない人だって、生きていれば孤独に出会うこともきっとあると思います。そんなとき、『エレクトピア』の杏子ちゃんや新辺くんみたいに「自分で幸せを見つける」ことができたら、生き延びられると私は思うんです。寺田さんの作品は、幸せを見つける一歩を踏み出すための原動力になれるんだろうなと感じています。

あわせて読みたい