壇蜜さん「そんなに湿ってばっかじゃカビはえるぞ」自堕落さにホッとする『壇蜜ダイアリー』

エンタメ

2019/1/25

「冬 私はあさましく品がないが幸福者だ」「春 欲望は抑えると、脇から形を変えてはみ出てくる」「夏 仕事の趣は必ず顔や考え方に出てくると思っている」「秋 独りで生きることしかできない体に着々と仕上がっている」――壇蜜さんが日々の感じたこと、起きた出来事を徒然と綴る、「壇蜜日記」シリーズ。第5弾『壇蜜ダイアリー』(文藝春秋)が2019年1月12日に発売されました。ゆるやかに淡々と綴られる日々のなかに見えてくる、壇蜜さんの魅力と生きるためのコツとは?

■絶望に繋がる前に、諦め上手になることが大事

――2017年の冬から約1年、毎日の日記をまとめた本書。シリーズとしては5冊目ですね。5年間以上、1日も欠かさず書き続けるのは、ネタ探しという面でもかなり大変じゃないかと思うのですが。

壇蜜 その日あったことを本当にそのまま書いているだけですし、1行で終わらせている日もあるのでそれほどは……。むしろ「書きすぎない」というのがいちばん大変かもしれない。場合によっては人に迷惑をかけるので、適度にぼやかしながら読者の皆さんに想像力を駆使していただく、というのがスタイルです。

――以前、小説家の桜木紫乃さんとの対談でも「文章を削るのが好きで、原稿を添削するとどんどん短くなっていく」とおっしゃっていました。

壇蜜 余計なことを言わないほうがいいのは、日記も私生活も同じだと思っています。でもむずかしい。わかっていても、すぐ余計なこと言っちゃうから。

――どうやって戒めているんですか?

壇蜜 「少ないようで多いのが無駄」って張り紙を毎日見てます。一人暮らしを始めた頃に薬局でもらってきた標語なんですけど。何のためのもので、薬局の方にもどんな意図があったのかは未だに不明ですが、もう7~8年、自宅のトイレに貼ってあります。それでも失敗してしまったときは「大丈夫、誰も見てなかった、誰もあなたのことを気にしてないよ」って言い聞かせる。

――壇蜜さんって、いい意味で諦めるのがお上手ですよね。日記でも「なぜだろう?」と思ったことを追求しすぎないでそのままにしておくじゃないですか。そうか、それでいいんだ、って読んでいて気持ちが楽になりました。

壇蜜 そう思っていただけたなら、ありがたいです。今、「諦めない」とか「夢を追いかけよう」とか、前向きな言葉が世の中に溢れすぎてるじゃないですか。でも実際、諦めないでなんとかなるのは、あの監督がいるバスケ部くらいですよ。あの監督がいて、潜在能力のある選手がたくさんいて、強くなれる素養が十二分にある、だから諦めない、というのはわかります。でも私はそうじゃないから。やみくもにただ続けるのは、自分のエナジーが削られるばかりで一つもいいことがない。絶望に繋がる前に諦めることを上手になっておかないと、生きていけなくなっちゃうと思うんです。

■あれこれ言ってくる外野には、心の底から幸せを祈るといなくなる

――そういう諦め上手な性格はどんなふうに身についたんですか。

壇蜜 昔は何でもかんでも掘り下げて考えるタイプだったんです。答えを探し続けて、わからないことは納得するまで人にも聞いて。だけど30歳を過ぎた頃、もういいやって思ったんですよね。突き詰めて、答えを知って、だからなに、って一句できちゃった。どうしてこんなことが起きるんだろうとか、あの人の言葉の真意はなんだったんだろうとか、聞くのも考えるのも疲れるだけだし、自分と関係ないことを考える時間ももったいないから、疑問に思ったというその事実だけ記録しておこう、それでいいや、って思うようになりました。

――仕事でもプライベートでも、あれこれ言ってくる外野に対するわずらわしさも日記には書かれていますが、そういう人と相対したときはどうやり過ごすんですか。

壇蜜 以前は、なんでそういうこと言うかなあって思ってたけど、今は、じゃあ抱きしめてやろうか、って思います。

――斬新ですね(笑)。

壇蜜 だって、恵まれている人は他人にとやかく口出ししたり、悪口言ったりしませんから。その人たちがお金をいっぱいもらえて、ほしいものを全部買えて、キャーキャー言われて、望むような幸せを手に入れられるといいなあって祈ります。そうしてニコニコしていると、みんな、本気で気持ち悪いものを見たって顔してどこかに行っちゃうんです。けっきょく、反応させたいんでしょうね。同じ土俵に立たせて同じようにやいのやいの言い合いたい。でもそれじゃ、私が疲れちゃいますから。

――いい方法ですね。沸点が低くてすぐに怒っちゃうんで、ちょっと実践してみます。

壇蜜 でも、沸点が低いほうが人としては正常な反応だと思いますよ。けっこう、いろんなものを失ってこうなってしまったので……。怒りの感情をちゃんと発散させられないぶん、抑圧されているのか、叫びながら目を覚ますことが時々あります。吐き出せていないものが、内向きの刃となって刺さっているんでしょうね、きっと。

■品のいいだらしなさは、生活に宿る

――夢はけっこう見るほうですか。

壇蜜 見ますね。鰻のように穏やかに、まったく見ずに寝られるときもあるんですけど、見るときはクリアランスセールみたいに次から次へと。日記にも書いた、昔好きだった人のこととか、現実に即したものが多いんですが、夢でしか出会えない人もいます。

――同じ夢をくりかえし見るということですか?

壇蜜 そう。夢の中の学校で、私は鼓笛隊に入っているんです。同じメンバーでいつも練習していて、夢の中だけのルームメイトもいて……。自分が学生じゃなくなったあともずっと見ている夢なんですけど、時期によって少しずつチャプターが変わるんですよね。夢の中の私も少しずつ成長している。だいたい現実のより少し若くて、今は20代後半くらいかな。

――記録して、小説にしたらおもしろそうですね。

壇蜜 怖いので、あまり書き留めないようにしているんですよ。それにおもしろくないですよ。ルームメイトがなかなか帰ってこなくて、食堂に青汁を買いに行く夢とかだから。夢の中の私、なぜか青汁が大好きなんですよ。リッターで飲むくらい。だから食堂の人も、氷に差した瓶を常備しておいてくれる。

――日記では頻繁に「異常な眠気」についても書かれていますが、こんなに眠くてもいいんだ、と思ったら少しホッとしました。睡眠時間が短くても仕事ができたり、いつもシャキッとしていたりできるのが“ちゃんとした人”のような気がしてしまうので。

壇蜜 私も、読者にホッとしていただけたらいいなと思って書いています。自堕落で困ることは確かにいっぱいありますけど、みんながみんな、女性誌の提唱する素敵ライフばかり送っていたらつまらなくないですか。「干物女」とか「ずぼら女子」とか馬鹿にするけど、そこにある魅力を一度でもちゃんと見たことがあるのかい? そんなに湿ってばっかじゃカビはえるぞ、って思っちゃう。

――その、いい意味での自堕落さが、壇蜜さんの色気なんだなとも思いました。掃除をするときはちゃんとスリッパの裏から拭くなど、きちんと生活をしている感がありながら、精神的にはだらしない部分もあるという。

壇蜜 掃除、めちゃくちゃちゃんとしますよ。両手にウェッティつけて四つん這いになって、猫が引くくらい部屋中を這いまわります。そのあとに、今度は同じように乾拭きもします。本当の自分はだらしないことを知っているからこそ、だらしなくないように見せるのが大事というか。行儀のいいだらしなさって、生活に宿ると思うんですよね。そのうえで「私はだらしないから」って言えるのが、いちばん強いんじゃないでしょうか。「私はだらしなくありません!」って頑として譲らない人のほうが、つらい気がします。

■罪悪感を覚える自分は優しい、と発想を転換する。相手も自分も責めちゃだめ

――すべてにおいて「ちゃんとしなきゃ」って思いすぎるのは、つらいですよね。

壇蜜 先ほどの諦め上手の話に戻りますが、みんなで同じ100点満点を目指すのではなく、自分の中の70点満点でよしとしてあげられたらいいな、と。6点満点だっていいんですよ。自分の器を理解してあげるのが、いい諦めに繋がるんだと思います。少しずつ自分が変わっていければ、いつかとても楽になるかもしれないし。今の世の中、今すぐ問題解決しようと思いすぎているような気がしていて。明日相手が変わっていてくれないかなとか、自分の気持ちをわかってもらえるんじゃないかとか、ついつい幻を見ちゃうけど、何事もそう簡単に時短では解決しませんよね。

――だからこそ時短で解決できることはしたほうがいいんだろうな、と思います。先日、共働きの主婦が料理にレトルトを使うことが手抜きに思えて罪悪感、という記事を見てとても驚いたんですが……。

壇蜜 「できれば手作りで」って思うのは優しさの表れですよね。だから、罪悪感を覚えている自分は優しい人間なんだと、気持ちを変換したほうがいいと思います。「ほんとは手作りしてあげたいけどむずかしいから、完全食のレトルトを使ったほうが旦那のためになる。これは優しさだ」って。

――そういうふうに、自分も相手も責めない発想に変換できたほうが平和ですね。

壇蜜 まあ、共働きなのになんで女にばかり手作りを求めるんだ、って言い分もわからなくはないけれど、男の人なんてみんな、好きな人の作った出汁巻き卵を食べたいものじゃないですか。逆に男の人の文句で「なんでもいいというからラーメン屋に連れて行ったのに不機嫌になった」なんてのもありますけど、それはあなたに甘えてるからだよ? って思います。猫にだって甘えられたら嬉しいじゃん、彼女に甘えられたら最高じゃん! って。甘えてもらえない人として自分がセットアップされたら、それはそれで淋しくないですか。お互いに責めたらだめですよ。

――壇蜜さんって、誰かと喧嘩することはあるんですか?

壇蜜 付き合っている人とは、生涯で一度だけ。渋谷駅の雪崩のような人混みの中、階段で手を繋いでもらえなくて、押しつぶされて死ぬ! って怒りました。それくらいかな。家事も、やり方が間違っていたら褒めながら直しますね(笑)。あざとい女子に騙されるなとかみんな言うけど、そう言われている女子はみんな幸せそうじゃないですか。引っかかっていたほうが楽しいし、引っかけたほうが楽しい。……と、そんなことを言うと怒られる。ただ、批判するのは簡単だけど、批判されている人たちの行動を見ることも大事かなと思います。

――先ほどのずぼら女子の話と同じですね。そこにもまた違う魅力がある。

壇蜜 立場チェンジ、って私は言うんですけど、たとえば何かの事件が起きたとき――殺人や強盗などの犯罪は別ですけど、不倫をした、誰かを裏切ったという問題が起きたとき、もし自分が批判される側の立場だったら、と考えるだけで見えてくるものもあって。なぜその問題が誘発されたのだろうと考えると、明日は我が身だなと思って責められなくなります。

■生活にひと手間を加えるだけで、自分は簡単に変わっていける

――本書ではっとしたのが〈「申し訳ありません」と頭を下げる準備はできている〉という文章で。壇蜜さんは、誰のせいにもしない、自己卑下をしすぎないギリギリのところで自分に責任を持つ方なんだな、と。

壇蜜 私はただ「自分こんな奴なんですよ、てへ」って思っているだけですからね。「どうせ自分なんて」って言いすぎちゃう人は、たいてい「そんなことないよ」待ちをしていて、話す相手も疲れちゃう。人に気を遣わせないギリギリの自己評価は、いつでも誰でも身につけることができると思いますよ。

――傲慢にならず、フラットに自分に自信を持つためにはどうしたらいいんでしょう。

壇蜜 深爪しておくといいですよ。何かいいことがあったとき、わざと深爪をきゅって握ると、ああ調子に乗っちゃいけないなって思う。私自身、根本的には物理的な痛みでどうにかするしかないような人間なので、いつも靴擦れがあったらいいのにと思います。やったあ、褒められた、わーい、いったーい!っていう(笑)。そういうものがあると、世の中のバランスをゆるく見る力が備わると思うので。あとは有頂天になっちゃう日があったら、今から1時間だけは手放しで調子に乗ろう、って時間で区切る。そうすると、ちょっと気が楽になると思います。私はグロ画像を見ますけど。

――グロ画像?

壇蜜 蛇がウズラを丸呑みするやつとか、ウーパールーパーが次々とメダカを食べていくやつとか……。見ると調子に乗っててすみませんでした!ってなる。

――荒療治ですね(笑)。そういえば蛇もウーパールーパーも飼ってらっしゃいますよね。

壇蜜 ウーパールーパーは死なせちゃいましたけど(※本書参照)、蛇は健在です。いま飼ってるのは猫、蛇、鳥、ナマズ、あとはトカゲのサチコかな。手に負えないものをなんとかするというのも、修行になりますね。蛇なんて、どう考えてもコミュニケーションとれないじゃないですか。朝起きていなくなってたらどうしよう、っていう緊張感も、生活のバランスをとるのにいいかもしれない。生活にひと手間を加えると、けっこう簡単に自分を変えていけるよっていうのは私の言いたいことでもありますね。毎日がつまらないんだったら蛇を飼えばいい。そんな無責任なことを、って言われるかもしれないけど、まずはやってみてよと思います。

――壇蜜さん自身、泳げないという個性は消すことにした、とプールに通う日々の描写が日記にありますね。

壇蜜 自分のアイデンティティだと思っていたものが、そんなに固執するものでもないなと気づいたとき、わりとなんでもできるようになったんですよ。泳げてもいいし、動物をたくさん飼っていてもいいし、孤独じゃなくてもいい。自分が思っている自分を大事にしすぎると、こうしたほうがいいよと助言や忠告をくれる人に対しても攻撃的になってしまいますからね。

――ちなみに2019年、新たに挑戦してみたいことはありますか。

壇蜜 そうですね……人間ドックが再検査と言われているので、それをクリアしたいかな。あとは年を追うごとに、身体が無理しているところや意固地になっているところを見せやすくなってしまうので、気をつける。たとえば、白髪をマメに染める。差し歯なので、隙あらばインプラントもしたいですね……って、ガタがきている話ばっかり(笑)。

――そういう率直なところが、この日記の魅力でもあると思います。

壇蜜 隙が見えた瞬間、その人のことが好ましくなることはありますからね。それが私を居心地よくしようとしての言動だったりするとより救われたような気持ちになる。この本が読者にとって、そういうものであれば嬉しいですね。変わっていないようで変わっている私の日常に触れて、人間は日々変わっていけるんだと思ってもらったり、ずっと同じことをくり返しているように見える人には、変わらなくていいんだとホッとしてもらえたり。それぞれ好きなように読んで、いろんな感じ方をしてもらえたらと思います。あとは最後に伝えることがあるとしたら……古本屋に出すと印税が入ってこないということ。現場からは、以上です(笑)。

取材・文=立花もも 撮影=花村謙太朗