アイドルマスター 15周年の「今までとこれから」②(四条貴音編):原由実インタビュー

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更新日:2020/9/29

『アイドルマスター』のアーケードゲームがスタートしたのが、2005年7月26日。以来、765プロダクション(以下、765プロ)の物語から始まった『アイドルマスター』は、『アイドルマスター シンデレラガールズ』『アイドルマスター ミリオンライブ!』など複数のブランドに広がりながら、数多くの「プロデューサー」(=ファン)と出会い、彼らのさまざまな想いを乗せて成長を続け、今年で15周年を迎えた。今回は、765プロのアイドルたちをタイトルに掲げた『MASTER ARTIST 4』シリーズの発売を機に、『アイドルマスター』の15年の歩みを振り返り、未来への期待がさらに高まるような特集をお届けしたいと考え、765プロのアイドルを演じるキャスト12人全員に、ロング・インタビューをさせてもらった。彼女たちの言葉から、『アイドルマスター』の「今までとこれから」を感じてほしい。

 第2弾は、四条貴音を演じる原由実に登場してもらった。「常に高みを目指す貴音さん」の姿から学び、成長を続けていきたいと願う彼女が、『アイドルマスター』から受け取ってきたものとは?

四条貴音
(C)BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

わたしと貴音さんは根本が真逆なタイプなので、雲の上の存在という印象は、昔も今も変わらない

――7月26日に、『アイドルマスター』シリーズがスタートしてまる15年になりました。原さんも長くプロジェクトに関わってきたわけですけど、15周年を迎えたことにどんな感慨がありますか。

:まさか、ここまで長く作品が続くとは思わず。東京に出てきて初めて受かったオーディションが『アイドルマスター』だったので、こんなに長いこと続いてることに、ビックリしています。本当に、なかなかない経験をさせていただけてるなって思います。

――原さんがキャストとして関わるようになった時点で、『アイドルマスター』は3年ほど続いていたわけですけど、『アイドルマスター』自体にどんな印象を持ってたんですか。

:わたしが入る前の段階で、だんだん人気に火が点いてきてたと思うんですけど、わたし自身は普段そこまでゲームをするタイプではないので、はっきりと『アイドルマスター』がどんなものかを知っていたわけではなくて。ただ、わたしがまだ大阪に住んでるときに、『THE IDOLM@STER RADIO』を毎週聴いていて。当時、今井麻美さんとたかはし智秋さんがやっていらして、わたしの中ではラジオのイメージがありました。そのラジオの中で曲がかかっていて、すごくいい曲が多い作品だなあ、と思ってました。オーディションも、はっきり作品名を言われたわけじゃなく、トップシークレットだったので(笑)、よくわからずに受けてました。実際「受かりました」ってなったあとに、ドッサリと歌資料が届いて、収録するものも怒濤のようにありますって伺って、2008年にはパシフィコ横浜でステージデビューすることもお聞きしてたので、すごい作品だなって思いましたね。

――まさに、怒濤の展開ですね。

:そうですね。当時、最初に20曲くらいいただいて、週2回レコーディングもして、それが毎週続きます、みたいな感じでした。当時のマネージャーさんが、『アイドルマスター』愛がすごく深い方だったので、いろんなライブの映像を事前に資料としていただいて。キラキラの衣装を着て、歌って踊って、ダンス――今もそんな得意なほうではないですけど、「自分にできるのかなあ?」なんて思ったりしてました。でも、先輩方が温かい方ばかりなので、不安はいっぱいあるけれども、先輩たちが導いてくださって、どうにかやってこられた感じです。

――初めて挑戦する歌やダンスで壁にぶち当たったとき、原さんを支えてくれたものは何でしたか。

:やっぱり貴音さんと、一緒にステージに出る先輩方の存在ですね。あとは、一緒にデビューする沼倉愛美ちゃんも同じ状況だったりしたので、仲間の皆さんがいてくださったからこそ、ですね。わたしは、ほんとになかなかできなくって、それでも先輩方はわたしたちのために残って、練習に付き合ってくださったりしたので、皆さんに支えていただいたなあって思います。

――レッスンも含めて、長い時間を一緒に過ごしてきた仲間の皆さんに言われた言葉、してもらったことで、特に印象に残っていることはありますか?

:(中村)繪里子さんは同じ事務所の先輩でもありましたし、残って練習に付き合ってくださいました。あと長谷川明子ちゃんも、事務所に入ったタイミングが同じくらいで、もともと友達だったんです。で、ちょうど961(くろい)プロダクションとしてデビューするときに(星井)美希もいて、一緒に“オーバーマスター”を披露したので、ほんとに愛美とアッキーとわたしの3人で、残ってよく練習してました。あとは、レコーディングのときに、ディレクションしてくださる中川(浩二)さんが「緊張すると思うけど、楽しめたらいいと思うよ」っておっしゃってくださったことがあって。そのときに、緊張するだけじゃなく、自分が楽しめるようにステージに臨みたいなって思いました。今でも緊張することはあるけど、そういうときにはその言葉を思い出して、「緊張で頭がいっぱいいっぱいになっちゃいけないな」って思ったりします。

――四条貴音と原さんの関係についてお聞きしたいんですけど。当初は765プロのライバルとして登場したんですよね。彼女には、どんなメージを持っていましたか。

:高貴な雰囲気はありつつも、すごく不思議な女の子だなあって思いました。オーディションのときは、「幽霊みたいなものが見える」みたいな設定だったんですよ(笑)。で、これが『アイマス』の面白いところなんですけど、やっているうちに演じる人の要素がちょっと入ってくるんです。最初、貴音さんは大食いではなかったんですけど、わたしが食べることが好きだから、貴音さんにもその要素が入っていったり。高貴で不思議な感じだけれども、世間知らずなところもあって、どんどん変化していくのが楽しかったし、そこにちょっと自分の要素も入っていることが、すごく嬉しかったですね。ただ、わたしと貴音さんは根本が真逆なタイプなので、わたしの中で雲の上の存在という印象は、昔も今も変わらないです。

――昨年、一昨年と『シンデレラガールズ』の特集を作らせてもらって、『アイドルマスター』全体に共通することだと思うんですけど、演じ手の、演じるアイドルに対する愛情が、他の作品と全然違うなって感じるんです。これって一体なんなんだろう、と。

:もちろん、自分が演じたキャラクターに関しては、自分が一番その子のことを好きでありたい、それがたとえどんな悪役であったとしても好きでありたいと、わたし個人は思っていて。でも確かに『アイマス』の場合は、ずっと長年一緒に歩いてきてますし、そのアイドルとしてステージに立たせていただいたりもするわけで。だからこそ自分が貴音さんの足を引っ張りたくないし、責任を持っていたいな、一番愛していたいなって、すごく思いますね。貴音さんがいたからこそ、この作品に関わることができて、普段絶対に経験できないことも、貴音さんと一緒に経験させていただいて。自分の声優人生を考えても、貴音さんに出会ってるか出会ってないかで、今こうして声優業を続けられてるのかどうかもわからないくらいなので、ほんとに大きな出会いだなあって思います。

四条貴音
(C)窪岡俊之 (C) BANDAI NAMCO Entertainment Inc.

向上心を持って、成長できる自分でありたい。そう思わせてくれる貴音さんに、感謝の気持ちでいっぱいです

――原さんにとって、2008年のパシフィコ横浜のステージが最初のライブだったんですよね。アイドルとしてステージに立つことの楽しさ、難しさについてお聞きしたいです。

:わたしは――本当にダンスが下手で(笑)。皆さんが普通に踏めてるただのツーステップでも、自分がやるとなんかおかしい、とか。歌も、友達とカラオケ行くのも緊張するくらいだったんです。だから最初は「できるのかなあ?」と思ってたけど、逆に最初のほうが堂々としていたかもしれないです。わかってなかったから。まあ、今思えば、当時もほんとに変な動きをしてるんですけど(笑)。自分を客観的に見られていなかったので、緊張よりも楽しいの気持ちが大きかったんです。でも、会場が徐々に大きくなって、それこそ貴音さんとしてステージに立つことの責任感や、ひとつのステージに対する重みを感じてくるようになって、「あ~、どうしよう…」みたいな(笑)。そこでもやっぱり、どんなときも先輩や仲間が支えてくださいました。

 あと、特にソロ曲は緊張がすごいので、「この貴音さんが好き」っていう貴音さんの雑誌を切り抜いて、自分の衣装の中に忍ばせることにしたんです――お守り代わりに(笑)。そうしたら、緊張はするんですけど、貴音さんがついていてくれることを感じて、それがすごく力になりました。ステージ上で自分が歌っているときに、貴音さんにスッと意識が向く、貴音さんになれるような感覚がありましたね。ステージに立ってしまえばほんとに楽しいし、ひとつひとつが貴重な思い出ですけど、貴音さんと、応援してくださる皆さんと、仲間の皆さんのおかげで、毎回のステージが楽しめてます。それは、自分の中で宝物ですね。

――貴音さんを衣装に忍ばせてた。いい話ですねえ。

:それを持ってるだけで、やっぱり感覚が変わりますね。なんだろう、お守りが何か神様的な力を発揮してステージが上手くいくって思ってるわけではないんですよ。ただ、それを持つことによって、自分の中で「大丈夫かも、イケるかも」って思えるんです。それってわたしの中ではすごく大事なことだし、それがなおのこと貴音さんなのだとしたら、ステージに立つ気持ちとしても、貴音さんと一緒にいるって自分が思えることは、すごく大切なことです。もともと、両親にもらったプレゼントとかお守りをステージのときや緊張するお仕事のときに忍ばせていたんですけど、「これは貴音さんを持つといい気がする」って思ったのは、ステージに立った本番のときだった気がします。だから最初にわたしが忍ばせた貴音さんは、そのライブのパンフレットから、当日にハサミを借りて切りとった貴音さんだった気がします(笑)。

――(笑)ステージから見える景色が、原さんに与えてくれたものってなんだと思いますか?

:たとえものすごい失敗をしたとしても、ファンの方はプロデューサーであったりもするので、本当に温かい空間だと思います。そこがホームで、全員がそのステージを楽しんで、いいステージにしたいと思っている。そういうところがあるから、いざステージに出ると恐怖心みたいなものはなくなるし、それは皆さんが温かい目で応援して、支えてくださっているからだと思います。

――プロデューサーさんは、原さんにとってどういう存在ですか。

:何か迷ったときに導いたり、支えてくださったり、受け止めてくださる、温かい存在です。もちろん客席にいるプロデューサーさんもそうだし、貴音さんを演じる上で台本に出てくるプロデューサーもそうだし。共通しているのは、皆さんが温かく受け入れてくださることで、それはステージに立っていてもすごく感じます。

――特に、思い出に残ってるライブはありますか?

:いっぱいあるんですけど、やっぱり7周年のときは印象的でしたね。横浜アリーナはすごく有名な会場ですし、それまでやってきた会場からまたさらに大きくなった印象があったので、その中でソロを歌うのはすごく緊張しました。そのときに、メインのステージから客席の中にあるセンターステージを端から端まで歩いていったんですけど、それがほんとに――もともと、普段歩いているときの挙動からフラフラしてると言われるので(笑)、ブーツを履いてまっすぐ歩く、なおかつ歌うことが、その当時すごく難しくて。ただ歩くだけなのに、「どうしてこんなに身体がフラフラしてしまうんだろう」と思って、ずっとお家の中でも練習しました(笑)。グルグル回りながら練習した記憶が残ってますね。

 あとは、9周年のツアーはひとりあたりのソロ曲が多くて、会場によってセットリストもガラッと変わるので、覚えることがすごく多かったんです。その中で、自分ひとりで一気に3曲くらい続けざまに歌うパートが初めてあって。だいたいは、ソロ曲があったら前後は出てなくて、だから準備も万端にできたんですけど、9周年のときはそういった意味で特殊でした。わたしの場合、水をすごく飲むんです。でも3曲も一気に歌うとなると、「水はどうすればいいんだあ?」となって(笑)、そこでも皆さんに助けていただきました。そのときは生バンドだったと思うんですけど、ちょっと前奏を長く弾いていただいて、暗くしていただいた瞬間にサッと水を飲む、みたいな(笑)。一気に3曲歌うのは、いい経験になりました。10周年も、『シンデレラガールズ』や『ミリオンライブ』のメンバーとご一緒して、今まで歌ってこなかった楽曲や、他の子のソロ曲を一緒に歌ったりできたので、お祭り感があって楽しかったです。

――思い出が、次から次に出てきますね。

:出てきます。10周年は初めてのドームで、たくさんの人数が出て、なおかつあれだけ広い会場だと、こんなに大変なんだなって実感しました。こんなことになっていたのか、みたいな、ステージ下では。トロッコに乗ってしゃがみながらバーッて運んでもらったり、しっかり導線があるから勝手な行動はできない、とか。もし間違えちゃったりすると、このステージじゃないのに「ここにいる」ってなって、でも慌てて走っていくみたいなこともできないから、ほんとにもうメモメモ、でした(笑)。

――(笑)ライブではたくさんの曲を歌ってきたと思うんですけど、原さんが個人的に好きな曲と、その理由を教えてもらえますか。

:皆さんと一緒に歌った曲だと、思い出深いのはやっぱり“M@STERPIECE”です。劇場版の楽曲でもあり、ドームでもみんなで歌ったんですけど、劇場版の中での765プロのメンバーたちのことを思い出したりして、すごく印象的した。貴音さんの曲も、どれも思い入れが強いんですけど、好きなのはソロ曲の“addicted”。あとは、ほんとにこれなしには貴音さんは存在しないだろうという“オーバーマスター”ですね。このあたりは、イントロがかかると皆さんに「おお~!」って言っていただけたりするんです。そういった意味で、大切な楽曲ですね。今回の『MASTER ARTIST 4』のソロ曲も、貴音さんの和っぽい曲が好きなんですけど、ここまで和ロックで速度の速い楽曲は貴音さんにはなかったので、この曲がまたひとつ、貴音さんとわたしの成長につながるような予感がしています。

――今回の『MASTER ARTIST 4』もそうですけど、貴音さんとしてレコーディングに臨むときに、どんなことを心がけているんですか。

:貴音さんって、最初からそうだったんですけど、歌に関しての表現の振れ幅が広いんですよ。かわいい曲はけっこうかわいらしく歌ったり、カッコいい曲はガラリと雰囲気が変わってカッコよくなったり。しっとりした曲は、いかにも貴音さんっていう感じの雰囲気なんですけど、けっこう楽曲に対する貴音さんの表現の自由度が高いがゆえに、根本の貴音さんを忘れてしまわないようにすることは意識しています。ハメを外す、じゃないですけど、振れ幅は広くして、「でも、ここまでいっちゃうと違うよね」って考えないとダメだなって思いますね。歌ってる最中には「どんどんやっちゃえ」みたいになりがちなので、ブレーキをかけながらやるっていう。

――ブレーキをかけてるんですね(笑)。

:(笑)そうなんです。「ここまでやっちゃうと、さすがに貴音さん成分が……」みたいな感じで。そういうときも、スタッフさんは気をつけてディレクションしてくださるので、ありがたいですね。

――『MASTER ARTIST 4』は、カバー曲も素晴らしかったですね。

:ほんとですか? よかったあ。もうほんとに、スタッフさんのおかげです。わたしは、ディレクションをしていただくことによって、どうにか引き上げていただけるタイプだったりするので。わたしもすごくこだわりを持って臨んだし、スタッフさんもそこに付き合ってくださったし、投票してくださった皆さんの思いもあるので、「よかった」って言っていただけると、すごくホッとします。

――原さんの声優としてのキャリアの大部分を一緒に歩んできた『アイドルマスター』とはどんな存在であるのか、そして今貴音さんにかけたい言葉を教えてください。

:まず『アイマス』はやっぱりホームだし、わたしの声優人生の基礎を作ってくれた存在です。それが今でも続いてるのは、幸せなことで。長くキャストさんやスタッフさんとも過ごさせていただいてるので、ドラマCDの収録でご一緒したり、お会いできたりすることが、すごく嬉しいです。そこで、皆さんと近況やプライベートなお話もたくさんしたり、ときには遊びに行ったりすることもあるので、大人になってから出会った人がそういう存在になるって、ほんとに貴重な経験だなあ、と思います。「仲間ってこういうことなんだ」って感じますし、やっぱり『アイマス』は家族、という感じはわたしの中にありますね。

 貴音さんは、昔も今もわたしの中で雲の上の存在ではあるんですけど――貴音さんはよく、「高みを目指す」って言うんですね。そのセリフを、ずーっと貴音さんの言葉として言い続けてきて。自分も、声優デビューして13年くらい経つんですけど、そうなってくると、だんだん後輩もできてきたり、たまに自分よりも10歳以上年下の方にディレクションしていただいたり、マネージャーさんも自分より年下の人が増えてきたりするんですね。でも自分には、常に貴音さんの言う高みを目指したい、成長していたい気持ちがあるので、たとえば初めてディレクションしていただく方だったりするときは、「もうバンバン言ってください」「ダメなところがあったら遠慮なく言ってください」って、必ずレコーディングの前にお伝えするようにしています。そうやって、常に皆さんから「もっとこうしたほうがいい」と言われるようでありたいと思います。もちろん成長はしつつ、勉強して、常にそのときの最善の自分でありたいなって思うんですけど、それってやっぱり、貴音さんが高みを目指してずっと努力してる姿を見て、自分も勉強させてもらってるからなんですね。自分が一生このお仕事を続けていく上で、40歳、50歳、60歳になってもこの仕事を続けることができているのであれば、皆さんの意見を聞いて、向上心を持って、成長できる自分でありたいと思います。そう思わせてくれる、そういう姿を見せてくれてる貴音さんに感謝の気持ちでいっぱいなので、「いつもありがとう」と伝えたいな、と思います。

取材・文=清水大輔