「漫画家になるつもりはなかった」と話す小西明日翔さんが、ヒット作『春の呪い』を生み出すまで

マンガ

公開日:2021/7/3

春の呪い
『春の呪い』(小西明日翔/一迅社)

 最愛の妹を亡くした主人公・夏美(なつみ)。彼女は妹・春(はる)の婚約者だった冬吾(とうご)と、かつて二人がデートした場所を巡りますが、その先には思いもよらない展開が待ち受けていました。

 6月26日に放送が終了した髙橋ひかるさん主演ドラマ『春の呪い』の原作である同名タイトルの漫画は、累計発行部数が50万部を突破し、「このマンガがすごい!2017」ではオンナ編2位に輝いた話題作でした。

 ドラマ化によって再び注目を浴びた漫画『春の呪い』(一迅社)。作者・小西明日翔さんはその後「月刊アフタヌーン」で『来世は他人がいい』の連載を始め、今や人気漫画家の一人になりました。

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「『春の呪い』は、『月刊コミックZERO-SUM』に掲載した私の初連載漫画でした。漫画家になる気がなかったので、こんなに大きな反響をいただけるとは思っていませんでした」

 そう話す小西さん。『春の呪い』が発表されるまでの経緯や、物語をどのようにして作り上げていったのかなど、詳しく話を聞きました。

(取材・文=若林理央)

主演の髙橋ひかるさんはイメージどおりだった

春の呪い

――『春の呪い』の実写ドラマ化が決まったとき、どう思いましたか?

小西明日翔さん(以下、小西):驚きました! 以前からこの作品は読者の方からアニメより実写が向いていると意見をいただいていて。キャストを見て主演が髙橋ひかるさんだと知り、雰囲気や髪型が主人公の夏美に似ていると思いました。

 テレビ東京さんは『きのう何食べた?』とか『セトウツミ』とか、今まで見たドラマの中でも三本の指に入るくらい大好きなドラマを放送していたのもあり、嬉しかったですね。

漫画の原案はWebで発表していた未完の小説

――漫画『春の呪い』はどのようにして生まれたのでしょうか?

小西:『春の呪い』は、2007年頃にWebサイトで発表していた自作小説が原案です。ただその作品はタイトルも違ったし未完でした。

 小説も漫画も同じで物語の大きなポイントになっているのは、主人公・夏美だけが聞いた妹・春の最後の言葉が、冬吾の名前だったこと。夏美にとってはそれが呪いのようになっていることです。

春の呪い

 ただ小説の夏美は漫画の夏美と性格が違います。より「夏の終わり」を強調した女性でした。漫画では担当編集の方のアドバイスもあって、彼女の真夏のような明るさを前面に押し出すことにしました。

 小説は他にも100篇くらい書いてWebサイトに載せていましたね。その後、趣味で描いたある漫画を他のWebサイトで発表していたら、一迅社さんから「何か漫画を描いてもらえませんか?」と連絡をいただいて。今だとWebやSNSでヒットしてプロの漫画家になることはよくありますが当時は珍しかったので、びっくりしました。

担当編集者:デビュー前から小西さんは小説も漫画も非常に人気があったんです。私個人がいいなと思っただけではなくて、ファンの方も一迅社の社員たちも「小西さんの描く漫画は絶対ヒットする」と確信していました。

小西:漫画はあくまでも趣味で描いていたので、漫画家になる気はまったくなかったんです。最初は「機会があればお願いします」という形でお断りしました。その後再び担当編集の方から依頼していただいて。

担当編集者:小西先生と会話すると、面白いお話がどんどん出てくるんです。4年かけてお願いし、「どういう作品をこれまで書いてきたんですか?」と雑談しながら、『春の呪い』の連載が決まりました。

小西:長さも全2巻くらいで終わりそうだし、描きたいことは全部描けるかなと思って短い作品を選びました。

小説の台詞をそのまま使った場面もある

――小説から漫画にするにあたって、内容はどのように変わりましたか?

小西:小説を書いていた頃は春夏秋冬の4編に分けるつもりで、夏の章で終わっていました。暗い内容の小説でした。ただ漫画は、小説よりも物語と向き合う時間が長いので、そのままの内容にするのは辛くて。担当編集の方と相談しながら内容を少し明るくしました。

 春のお葬式から始まるのは漫画も原案の小説も一緒です。その後漫画だと冬吾と夏美が、春と冬吾がデートした場所を回るシーンがあります。

 小説は少し違って、二人はラベンダー畑に行きます。そこで夏美が「おなかがすいた」と同じような感じでぽろっと「死にたい」と言うんです。

――漫画ではデートの後、夏美が「(死んだ)春に今すぐ会いたい」と衝動的に踏切に入ろうとして、それを冬吾が止める場面があります。そこに該当するんでしょうか?

小西:そうです。その後に冬吾が小説でも漫画でも「お前が死んだらおれも死ぬぞ」と言います。小説の夏美は帰宅後、「春が冬吾さんに向けていた気持ちは、冬吾さんが私に向けていた気持ちと一緒かもしれない」と冬吾の気持ちに気づき始め、未完のまま終わりました。

春の呪い

――他にも漫画にするときに変えた部分は多いのでしょうか?

小西:漫画は細かい部分を肉付けしました。作中の経過時間で物語を進めようと決めたのも、担当編集の方との打ち合わせがきっかけです。

 結果的に『春の呪い』は起承「転転」結の物語になりました。序盤の「起」は春のお葬式、「承」は春と冬吾がデートした場所を夏美と冬吾が巡り、二人がつき合うことになった経緯がわかるくだりです。最初の「転」は1巻の終盤、次の「転」は2巻で訪れます。

身内を亡くしたことで夏美と自分の気持ちがシンクロした

――2巻で春の生前の気持ちが明らかになり、衝撃を受けました。

小西:1巻は夏美と冬吾の物語で、2巻になって初めて春の二面性が出てきます。夏の対となるのが冬だとしたら、春の対は秋。春は、穏やかなだけではなくて、秋のような部分も持った人でした。ただこのくだりは、春の内面を描くべきかすごく悩みました。

春の呪い

 描こうと決めた理由は、その頃、私自身が身内を亡くしたからです。それまでは夏美と同じように、入院した身内の診察などのスケジュールに合わせて仕事をする生活をしていました。身内は「苦しい」と言いませんでした。だけど亡くなった後、家の整理をしていたらカレンダーを見つけて。そこに私の身内は、その日の出来事や体温を書いていたんです。

 亡くなってから知った内容ばかりで、「見つけてしまった」というショックと、「知ることができてよかった」という気持ちが同時に湧きました。それが起点となって、春の心情を描こうと決めました。

――夏美は作中で「どこかで春が見ているかもしれない」と思うのですが、それも小西さんご自身の経験からきたのでしょうか?

小西:そうです。一匹の虫を見て、「身内の生まれ変わりかな」と思ったことがあって。私と同じように身内を亡くした友人と「身近な人を亡くすと、私のことをどこかで見ているかもって考えに絶対とらわれる」という話をしました。「それは残された人が自分で作り出した呪いでもあるし、慰めでもあるよね」って。

 ただ「その人が今生きていたら自分のことをどう思うかは、もう一生わからない」と漫画を描きながら気づきました。

 亡くした人に対して誠実に生きようという考え方は大切です。でも彼らの理想どおりに生きる必要はないなと感じました。夏美と冬吾も、最終的にはそこに行き着くと思うけど、二人とも「死んだ人がどこかで見ているはずがない」と断定することは、絶対にできない性格。

『春の呪い』を描くこと自体は楽しかったです。でも身内のことがあってからは夏美と自分のメンタルがシンクロしましたね。

意外な場面に登場人物の個性を表した「もの」がある

――冬吾のキャラクターはどのように設定したのですか?

小西:彼にはモデルがいます。親に自分の進路を決められていて、当然のように親の希望を受け入れる人でした。それを否定するわけではなくて「こんな人がいるのか」とシンプルに驚いたことが冬吾の設定に繋がりました。彼も自分の将来や婚約者(春)を親に決められ従っていたので。

 小説では冬吾の服装を「チャコールグレーのスーツ」と書いています。漫画では一度も着せていないんですが、最初から私の中で冬吾は冬のようなイメージだったんだと思います。

春の呪い

――登場人物の服装や持ち物には性格が表れていますね。

小西:私がラブコメを読むときに注目している箇所でもあるんです。「このファッションは登場人物の年代の人が着るかな」とか。他のジャンルだと気にならないんですけど、なぜかラブコメだと見てしまう。だから自分の作品の登場人物は、服装や持ち物、部屋のインテリアなど、その人のキャラクターに合うものにしています。

『春の呪い』だと、意外なコマに夏美の性格を表した物が出てきます。例えば夏美の机の引き出しにさりげなく縄跳びが入っているコマがあります。大人なのに縄跳びを持ってるんです。乗っている自転車も機動性が高いタイプのもの。ここに体を動かすのが好きな夏美の性格が表れています。

 他にもいろいろあるので、読者の方には探しながら楽しんでほしいです。

春の呪い

 そういえばこの作品は映画『卒業』(1967年公開のアメリカ映画)の影響を受けているんですが、そのポスターも作中に登場しますね。

――『卒業』というと、主人公が結婚式の最中の花嫁を教会から連れ出す場面が有名ですね。

小西:その直後にあまり知られていないラストシーンがあるんです。

 主人公とウエディングドレスを着たヒロインは笑顔でバスに乗るんですが、周囲の乗客がけげんそうに二人を見ます。微笑んでいた二人は、周囲の視線に気づいてふと我に返る。そこで終わる映画です。

 ハッピーエンドにも見えるし、今後二人に待ち受けている困難を予感させる結末にも見える。本作も『卒業』のように読者にとって受け取り方の異なるラストにしようと意識しました。

春の呪い

Webで発表した100篇の小説をいつか漫画にしたい

――現在、連載中の『来世は他人がいい』も最初の構想から変えた部分はありますか?

小西:あの作品は何度も設定が変わりました。今は、極道の組長の孫娘である吉乃(よしの)と、彼女の祖父と対立していた組の組長の孫息子で得体のしれない男・霧島(きりしま)のラブコメ漫画ですが、最初はアンダーグラウンドな世界を舞台にしたシリアスな内容だったんです。ラストも二人が死ぬことを暗示していたので、漫画にするときに大きく変えました。

――Webに載せていた小説は100篇くらいあるとおっしゃっていましたが、今後発表予定はありますか?

小西:当時の読者の方が15年近く経った今も「いつ漫画にするんですか?」と楽しみにしてくださっているので、いつか漫画として発表したいですね。小説の内容をそのまま作画するのか、内容を変えるのかは未定ですが、やる気はすごくあります。

他にはない登場人物の個性が小西作品の魅力

――今、「月刊アフタヌーン」で連載中の『来世は他人がいい』も累計130万部を突破して大好評ですね。

小西:5月21日に最新刊の5巻が出ました。この漫画は主人公の吉乃だけではなくて、霧島や、吉乃の血の繋がっていない家族・翔真(しょうま)も読者に大人気で。吉乃を挟んだ三角関係が見どころの一つです。もうすぐ、ずっと一触即発の状態だった霧島と翔真がケンカをする場面が出てくるので、読んでくださっている方は楽しみにしていてください。

『春の呪い』も『来世は他人がいい』も登場人物の個性に魅力を感じてくださる方が多いので、私の作品の特徴なのだと思います。どちらもドラマ『春の呪い』をきっかけに、読んでくださる方が増えたら嬉しいですね。

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