19世紀パリ×吸血鬼×スチームパンク! 魔導書に導かれし吸血鬼と人間たちの物語──TVアニメ『ヴァニタスの手記』シリーズ構成・脚本 赤尾でこインタビュー

アニメ

更新日:2021/7/28

ヴァニタスの手記

吸血鬼(ヴァンピール)に呪いを振りまくといわれる、機械仕掛けの魔導書(グリモワール)「ヴァニタスの書」。この書に導かれ、吸血鬼の青年ノエと吸血鬼専門医を自称する人間ヴァニタスが、運命の邂逅を果たす──!

7月から放送がスタートしたTVアニメ『ヴァニタスの手記』は、19世紀パリを舞台にした呪いと救いの吸血鬼譚。原作者・望月淳さんのコミックを、『鋼の錬金術師』『交響詩篇エウレカセブン』など、数々のハイクオリティアニメを制作したボンズが流麗なアニメーションに仕上げている。

その放送に合わせて、ダ・ヴィンチニュースでは原作者や制作スタッフ、キャストへのインタビューを実施。今回ご登場いただくのは、シリーズ構成・脚本を担当する赤尾でこさん。パリ取材で感じた空気感、原作コミックの魅力を引き出すための工夫などについて語っていただいた。

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パリ取材で、「この作品の世界観は、街の美しさ、空気感も含めて描きたいよね」と監督と話しました

──赤尾さんは、これまで数多くのアニメのシリーズ構成・脚本を手掛けています。『ヴァニタスの手記』のような作品は、お得意なジャンルですか?

赤尾:マンガやアニメ全般が好きなので、得意・不得意はないんです。ただ、『ヴァニタスの手記』は自分が中学生の頃に読んだら、めちゃめちゃハマっていたと思いますね。下敷きに絵を模写して、キャッキャ言ってたんじゃないでしょうか(笑)。もともとこういうテイストの作品が好きなので、大人になってからこうした形でじっくり読み込むことができてうれしいです。

──大人になった今、このコミックを読んだ感想は?

赤尾:それぞれのキャラクターが、人生の重さを背負っていますよね。これは多分、中学生の時に読んでもわからなかっただろうなと思います。大人になった今だからこそ、「そういう過去があったから、ここでこの表情をするんだ」と、深いところまで味わえているような気がします。しかも、吸血鬼は人間とは時間の感覚が違うじゃないですか。「長く生きている間にいろいろあったんだろうな」としみじみできるのは、私が長く生きてきたからかもしれません(笑)。

それに、原作者の望月淳さんは、マンガというメディアの使い方がとてもうまいんですよね。マンガには、1枚1枚ページをめくっていく楽しさがあります。そのワクワク感を、望月さんは最大限に引き出してくれるんです。楽しい展開の時もそうですし、悲しい展開、ちょっと残酷な展開もそう。ページをめくった時に、「あ、ここでそういう顔をするんだ」とマンガならではのワクワクを感じさせてくれるところに引き込まれますね。

──アニメの脚本は、原作に準拠しているのでしょうか。

赤尾:そうですね。基本的には原作通りで、オリジナル回は入れていません。

──シリーズ構成をする際、板村智幸監督とはどんな話をされましたか?

赤尾:時間軸はちょっとあやふやですが、まず第1期の構成を立てて、「こんな感じだよね」となったあたりで、監督とパリに取材に行ったんです。ご存じのとおり、原作はパリを舞台にしていますし、作中に登場するものの多くは実在しているんですね。「ここにヴァニタスが立ったのか」なんて言いつつ、その場所を一緒に巡ったり、酒をかっくらったりしました(笑)。かっこよく言うと、パリの空気を感じたというんでしょうか(笑)。「ヴァニタスたちはこういう世界に住んでいるんだね」「この作品の世界観は、街の美しさ、空気感も含めて描きたいよね」と、監督と話したのを覚えています。

──コロナ禍になる前に、タイミングよく取材ができたんですね。

赤尾:2020年2月に取材に行ったので、本当にギリギリでした。あと少し遅かったら渡航できなかったでしょうし、行っても帰ってこられなかったかもしれない。そんな中、5泊6日ぐらいで取材旅行をさせていただいて。監督たちは資料の写真を撮る必要があったので、あちこち回りました。ロケハンのための車もありましたが、路地裏やカフェの取材のためにけっこう歩きましたね。石畳だから、みんな足が折れそうになっていました(笑)。街なかに立ち並ぶきれいな色合いのカフェに目を奪われて、気づけば「足が痛い! 石畳を舐めてた!」って。

──実際にパリの空気を感じてみて、いかがでしたか?

赤尾:パリに行くのは初めてだったんですけど、底抜けに明るい街ではないんだなと思いました。原作では、パリの街を見たノエが目をキラキラさせていましたが、私が行ったのは真冬だったので、むしろアルタス(吸血鬼たちの住む異界)の雰囲気に近いように感じました。キャラクターの抱える暗い過去には、しっくりきそうな街並みでしたね。

──そういった空気感も思い浮かべながら、シナリオを書いたんですね。

赤尾:実は、ライターが現地取材に行く機会ってあまりないんです。私の場合、初めてでしたし、変な話「なんで連れてってくれたんだろう」って思ったくらい(笑)。「パリの空気を感じたら筆も進むんじゃない?」って言われましたが、「そんなことあるかい!」と(笑)。でも、帰国していざシナリオを書き始めると、タルトタタンという一言を書くにしても、「ああ、あのおいしいタルトね」と味まで思い出しながら書けるんですよね。でも、正直に言えば、ただ単純に楽しい取材でした(笑)。

──食事もおいしそうですね。

赤尾:おいしかったです! 望月先生からは、例えば「あのシーンは、このカフェであの店のメニューを食べています」というように、作中に登場する場所を細かく教えていただいて。私も同じメニューを頼んだし、同じホテルにも泊まりました。望月さんの頭の中がわかっただけでなく、「ヴァニタスとノエも、きっとこういう雰囲気が好きなんだろうな」とキャラクターの理解にもつながりました。

ヴァニタスの手記

ヴァニタスの手記

ヴァニタスの手記

お互いが「別に」と思っているからこそ、少しでも心が近づくとグッと来るんでしょうね

──アニメ化にあたっては、原作の魅力を引き出しつつ、アニメとしてどう見せるかが重要ではないかと思います。赤尾さんが大切にしたのはどんな点でしょう。

赤尾:「原作のすべてをアニメとしてビジュアル化してほしい」という気持ちで、できるだけ全部を拾い上げたいと思っていました。ただ、マンガを文字で読む時のセリフのリズムと、役者さんが演じた時のセリフのリズムは違いますよね。「もう少しセリフを短くまとめたほうが聞きやすいんじゃないか」という時は、できるだけ原作のセリフを残したいと思いつつ、テンポを優先することもありました。

──メインキャラクターであるヴァニタスとノエについても、意見を聞かせてください。赤尾さんは、このふたりはどういう人物だと解釈していますか?

赤尾:ヴァニ(ヴァニタス)は、よくわからない人だなとずっと思っていました。例えば、片耳にだけピアスをつけているのも、手袋をしているのも「きっとこれには歴史があるんだろうな」みたいな。あまりにも自分の素性や過去、性格などいろんなものを隠している人だったので、原作のストーリーがかなり進むまでなかなかつかめなかったんです。ようやく雑誌連載のほうで過去が垣間見えてきて、「あ、だからそういう感じだったのね」とわかってきました。

ただ、このわからなさは、もしかするとノエとリンクするのかなと思ったんです。ですから、シナリオを書いてる時は、基本的にノエの気持ちで書いていました。「この人はなんであんなことを言ったんだろう」「わかんない人だな」って。

──視聴者も、どちらかと言うとノエの視点からヴァニタスを見ているのかもしれませんね。

赤尾:そうかもしれないですね。ノエは本当に素直な子なので、原作を読んでいても、「嫌な過去があったんだな」とすぐわかりますからね。

──このふたりの関係性も独特ですよね。一緒に行動するけれど、けして仲がいいわけではなく、かと言って完全にいがみ合っているわけでもなく。赤尾さんは、この関係をどう見ていますか?

赤尾:リアルなことを考えたら、ほどほどに成長した段階で、急に出会った人間、しかも種族が違う者同士が仲良くなることはないだろうなと思います。お互いが「別に」と思っているからこそ、少しでも心が近づくとグッと来るんでしょうね。「あ、今ちょっとだけ、こっちに気持ちが向いた!」って。

──確かに、その微妙な関係性に惹かれるものがあります。ちなみに、シナリオを書く時は、種族の違いって意識するんですか?

赤尾:この世界にいる吸血鬼は、もともと人間という設定なので、そこまで種族の違いは意識していませんね。今の私たちと一緒で、同じ人間でもいろんな人がいるという感覚でシナリオを書きました。

ただ、性格というよりは生態の書き分けは意識しました。原作コミックはモノトーンですが、アニメ化にあたって色がつきます。シナリオを書く時も「このシーンでは、ノエが力を発揮しているから目が赤くなっているんだろうか」と考えて、わからないところはひとつひとつ望月さんに確認を取りました。そこまでシナリオに書いておかないと、アニメにする時にみんな混乱しそうなので。

──望月さんにお話を聞いて、「ここってこうなっていたんだ!」と新しい発見はありましたか?

赤尾:すごくいっぱいあるんです。例えば、ジャンヌの歳とか。他にも「原作の最初のほうにある小さなコマの中で手をつないでる相手は誰ですか」「手が血だらけですが、その血は誰のものですか」みたいなことを聞くと、「えー!?」というような答えが返ってくることがあります。

ヴァニタスの手記

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死を迎えるまでには、大切な人との出会いも、その人を守れなかった時の絶望もある

──吸血鬼のかっこよさ、ヴァニタスとノエの関係性を魅力的に描くために工夫したことはありますか?

赤尾:原作では、望月さんがキャラクターの絶妙な表情をたくさん描いています。その表情をシナリオとして言語化する時に、感情をきちんと理解したうえで書きたいなと思って。「これは悔しさが混じっているのだろうか」と表情を読み解きながら、脚本を書いていきました。特にヴァニとノエの表情は難しいですね。結構悩んで書いた結果、望月さんから「違います」と言われることもありました(笑)。

──特にヴァニタスは、何とも言えない顔をしますよね。

赤尾:そうなんです。過去がよくわからなかった時は、「どういうつもりで言ってるんだろう」と悩むことが多くて。私が書いたシナリオが監督の手に渡り、そこに役者さんの演技も乗っかるので、大前提となる脚本のト書きを間違えないよう細かく確認しました。

──声優さんの声が乗ったことで、「こんなに魅力が増幅されるのか」と感じたシーン、セリフはありますか?

赤尾:この作品に限らず、声が乗ると毎回シナリオの何百倍、何千倍も立体感が増すように感じます。印象に残っているセリフは、第1話でヴァニが警備員に対して「オレ達には関わるな。でないと……痛い目に遭うぞ……!」と言ったあと、落ちてきた瓦礫が頭を直撃して「いてっっ!!」となるシーン。その「いてっっ!!」というリアクションの声が、すごく好きでしたね(笑)。そこまでの演技とのスイッチの切り替えがさすがでしたし、最高だなって。シナリオ上では「次の瞬間、落下してくる天井の破片」と書くだけなんですが、動きがつくことでテンポが生まれ、さらに役者さんが前のセリフからの息を引き継ぎながら、リアクションの声を入れる。「アニメになると命が入るんだな」とあの場面で強く感じましたし、思わず笑ってしまいました(笑)。

──アニメだと、アクションシーンも際立ちますよね。シナリオを書く際、赤尾さんの中でも動きのイメージが出来上がっているのでしょうか。

赤尾:アクションシーンって、どうしても文字だけで表現するのは限界があります。私が書けるのは「ここでヴァニタスがみぞおちに一発蹴りを入れる」というくらい。ただ、板村監督は、アクションシーンではどこに誰がいて、どのタイミングで武器を手にして、どこから踏み込むかという細かいところまで思い浮かんだうえで話をしてくれるんです。だからこそ、私も「そうですね。ここからでは斬りかかれないですね」とイメージしたうえでシナリオを書くことができます。それに加えて、そもそも原作にも右足から踏み込んでいるって描いてあるんです。正解は提示されているので、なるべくそれを取りこぼさないようにシナリオにしていきました。とはいえ、やっぱりアクションはアニメの醍醐味なので、ほぼ板村監督におまかせしています。

──現時点で第4話まで放送されていますが、ここまでで印象に残っているシーンや話数はありますか?

赤尾:ドミの登場シーンは、華やかでいいですよね。私、ドミが好きなんです。付き合ったら面倒くさそうですけど、そこがまた愛らしいじゃないですか(笑)。第4話にはドミが吸血させるシーンもありましたよね。あのシーンも見どころです。全編通して、吸血する時のエロさはあますところなく見ていただきたいなと思います。

──作品全体を通じて、赤尾さんがやりがいや作品の面白さを感じるのはどんな時でしょうか。

赤尾:第1話の最後に、ノエの声で「これは、彼をこの手で殺すまでの物語」というナレーションが入るんです。きっとそういう終わり方なんだろうなと思いつつ、だからと言ってそれをすごく悲しむわけでもないんですよね。ラストを迎えるまでに、たくさんの出来事があって、その時々でたくさんの感情があると学べる教科書のような感じがしていて。言ってしまえば、我々も最終的には死ぬわけじゃないですか。でも、だからと言って毎日嘆いてはいられませんよね。死を迎えるまでには、大切な人との出会いもあるし、大切な人を守りたいと思う気持ち、それが叶わなかった時の絶望もある。「死に行きつくまでに、もっと足掻かなきゃいけないんだよ」と教えてくれている気がします。

──では、最後に視聴者に向けてのメッセージをお願いします。

赤尾:私が脚本を書いている時は、ストーリーがモノクロで進んでいきます。その分、アニメになった時の華やかさ、立体感はハンパないんですよね。特にこの作品は、蒼がものすごくきれい。原作も素敵ですが、そこにさらに色、動き、役者さんの声が乗ると魅力が一段と際立ちます。アニメを観て、原作を読んで……と行き来していただけたら、きっと100倍は楽しめるんじゃないかと思います。

取材・文=野本由起



TVアニメ『ヴァニタスの手記』公式サイト

赤尾 でこ(あかお・でこ)
脚本家。アニメ『ノラガミ』『ふらいんぐうぃっち』『シャドウバース』『探偵はもう、死んでいる』『迷宮ブラックカンパニー』などのシリーズ構成を手掛ける。脚本を手掛けた作品に、アニメ『ポケットモンスター』『妖怪ウォッチ♪』などがある。

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