セクシーかつ上品な『ヴァニタス』の妙味は、どのようにもたらされたのか──TVアニメ『ヴァニタスの手記』板村智幸(監督)インタビュー

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更新日:2021/9/23

ヴァニタスの手記

吸血鬼(ヴァンピール)に呪いを振りまくといわれる、機械仕掛けの魔導書(グリモワール)「ヴァニタスの書」。この書に導かれ、吸血鬼の青年ノエと吸血鬼専門医を自称する人間ヴァニタスが、運命の邂逅を果たす──!

7月から放送がスタートしたTVアニメ『ヴァニタスの手記』は、19世紀パリを舞台にした呪いと救いの吸血鬼譚。原作者・望月淳さんのコミックを、『鋼の錬金術師』『交響詩篇エウレカセブン』など、数々のハイクオリティアニメを制作したボンズが流麗なアニメーションに仕上げている。

原作者や制作スタッフ、キャストへのインタビューをお届けする『ヴァニタスの手記』特集、ラストに登場してもらったのは板村智幸監督だ。シャフトで、長らく<物語>シリーズの演出家を務めてきた氏にとって、『ヴァニタスの手記』は同シリーズ以外では初の監督作品となる。本作でこだわっていること、収録現場におけるエピソード、演出家の自身についてなど、幅広く語ってもらった。

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従来の吸血鬼映画にあるような暗さを、味わいとしてフィルムに残しておきたいと思っていた

──現在放送中のTVアニメ『ヴァニタスの手記』は、原作が持つ空気をしっかり表現しつつ、映像化する意味と必然が強く感じられる作品になっていると思います。板村監督は、ここまでどのような手ごたえを感じていますか。

板村:美術を活かせたところに、手応えを感じています。1話でラストに配置した教会、4話から6話のオペラ座、このふたつが自分の中では大きいです。1話ラストでヴァニタスが名前を言う教会を決めて、ステンドグラスが見えるタイミングをどこにするか決めて、そこに画と音が組み合わせて印象的なシーンを作れたのはよかったな、と思います。アニメ全体だと、伊藤嘉之さんのキャラクター作画、滝沢いづみさんの色、草薙さんの美術、若林和弘さんの音響ディレクション、梶浦由記さんの劇伴から、花江夏樹さん、石川界人さんの声、倉橋静男さんの効果まで、必死に嚙み合わせているところです(笑)。噛み合わせていると言っても自分は奔走しているだけで、各セクションの皆さんが頑張ってくださっています。

──そもそもの話になりますが、原作にはどのような魅力を感じましたか。

板村:最初に思ったのは、耽美な作品だなということです。

──耽美?

板村:はい。一概に区分けをするのは難しいですけど、いわゆる少女マンガ的な要素が大きなウエイトを占めていると思っていて。様式美として、舞台やキャラクターのとらえ方にしても、基本的には美しく、耽美に描いていく必要があるな、と感じています。

──その耽美を感じた部分も含めて、原作のファンの方に楽しんでもらう、さらにその他の視聴者が見ても見ごたえのあるフィルムにするために、監督が重視したことは何ですか。

板村:実は、僕自身は原作ファンの方に向けて強く作っているつもりなんです。たとえば、原作ファン以外の方にとって難しいと感じるような部分をわかりやすくしすぎたらどう見えるか、と考えたときに、単純化することで原作の魅力が損なわれるんだったら、そうしないほうがいいだろう、と思っています。もちろん、娯楽としてわかりやすく伝わるようにはしているつもりですが。

──なるほど。そのジャッジをした基準・背景を教えていただけますか。

板村:これは、いろいろな話をしていった結果ですね。プロデューサーや、(シリーズ構成の)赤尾でこさんと話していて、この作品の魅力や、どんな世代に刺さるのか、といった抽象的な話をまとめた結果です。もちろん、恋愛模様だけではない部分で、スチームパンクだったり、吸血鬼のストーリーの魅力を男性視聴者にも観てもらえたら嬉しいですけども、やっぱり原作には女性ファンが多かったので、そこは非常に大きかった気がします。

──海外への渡航が厳しくなる前の時期に、パリにロケハンに行かれたそうですが、現地で受け取ったのはどういうものでしたか。

板村:歴史感というか、歴史の重み、ですかね。古い建物がそのまま残っているので、それをパリの空気とともに目の当たりにできたところが、一番大きかったです。

──『ヴァニタスの手記』は、街並みの表現が非常に印象的ではあるんですが、一方でいち視聴者として「おっ」と思ったのは、「闇の表現」だったんです。この作品って、暗い場所はとことん暗く描かれているな、と思うんですけども。

板村:従来の吸血鬼映画とかにあるような暗さを味わいとしてフィルムに残しておきたいと思っていました。今の時代は感度を上げれば何でも見える、というところがありますよね。でも昔の映画って、暗いところは本当に真っ暗にしてあったりする。もちろん、暗い表現がカッコよくないこともあるし、逆にカッコいいときもあるし。見えないところは見えないようにして、そこに何があるんだろう?と思わせたり、ホラー的な気分はちょっと入れたいな、と思っていました。今回の質問でそこに気づかれたので、実はドキッ!としました (笑)。

──本作ではやはりヴァニタスとノエ、花江さん&石川さんが演じるふたりの絶妙な距離感や関係性がキモになってくる部分もあると思います。彼らのお芝居を見て、作品作りにおけるヒントを得たり、イメージが広がった部分はありますか。

板村:ヴァニタスとノエって、近づきすぎないようにしておく必要があって。馴れ合いの関係だと魅力が失われてしまうところがあるのでそこには気をつけるようにしています。花江さんの芝居も石川さんの芝居も、基本的に自分はいろんなところで忖度なく褒めているんですけど(笑)。まず花江さんはカッコいいところ、カッコ悪いところ、セクシーなところの使い分けをすべて駆使して、ヴァニタスの魅力を出してくれています。石川さんは、天然ボケのリアクションを上手に演じられているし、ストーリーを読み込んでもらっていることにも、とても助けられています。

花江さんや石川さんに限らずどの役者さんも、原作を読み込んでから収録をスタートしているので、こちらとしてはちょっと怖いときがありますよね。というのは、上手な役者さんだから、こちらの演出が正しいかどうか、と時々不安に思ってしまったりします(笑)。さらに上手い方々なだけに、原作プラスアニメの絵の表情に合わせてくるので、絵の表情が間違っていたりすると、どんどん芝居が崩れていってしまうんです。だから、こちらも気が抜けない(笑)。すべての役者さんが高いパフォーマンスで芝居ができるように、絵のほうを進めていけたら、と思っています。

──なるほど。

板村:実はオーディションのときは、花江さんからセクシーな演技が出てくるのはあまり想像していなくて――もちろん、花江さんをよく知っている方は、そういうポテンシャルがあると思われているかもしれないけど、自分はそこがわからなかったです。でも、いざそういうシーンがくると、「内緒だ」っていうセリフを低く抑えた感じで演じられていました。観た人がキュンとくるようなところをしっかり押さえてくるなと感じていますね。

──今回の特集でキャストの方々にお話を聞いていると、板村さんはわりと積極的にコミュニケーションを取りに行っているイメージがあって。多くの場合、現場でのディレクションは音響監督さんがされると思うので、わりと珍しい現場のあり方なのかな、と思いました。

板村:もちろんディレクションに関しては、音響監督の若林さんに任せて、信頼している部分が非常に大きいです。その上でコミュニケーションに関しては可能な限り取るようにしています。以前にやらせてもらっていた〈物語〉シリーズの神谷浩史さんとはアフレコが終わった後に自分から「今日はここがすごくよかったです」、あるいは「すみません、ここは迷惑かけました」みたいな話はしていて、神谷さんのほうからも、「いやいや、ここ頑張ってくれて、こちらも助かります」「いや、ここは大変すぎますよ」って言ってもらったりしていました。演じられた直後の言葉なので重みが違いますよね。だからヴァニタスの現場でも素直な感想を言うようにしています。役者さんが演じたあとに素直に感じたことは、絵の方にも持ち帰りたいな、と思っていますね。

それこそ、茅野(愛衣)さんも水瀬(いのり)さんも下地(紫野)さんも原作を読まれているので、ちゃんといいドミ、いいジャンヌ、いいルカを届けないと、彼女たちを裏切ってしまうような気がします。アフレコ後は緊張感を持ち帰るようにしていました。

──水瀬さんの話が出たんですけど、彼女にとってジャンヌはかなり珍しいというか、守られる側はたくさん演じてきたけど、守る側は初めて演じる、という話があって。板村監督からも、「ジャンヌを演じることで水瀬さんのお芝居が広がるのではないかと言っていただきました」という話が出ていましたが、水瀬さんのジャンヌ役のお芝居には、どんな魅力があると感じていますか。

板村:取材で取り上げてもらうほどのことを言ったつもりはなかったので、気恥ずかしいんですが(笑)、遡ると、オーディションテープを聴いたときに、ジャンヌのドスの利いた低い声の感じと、かわいらしい感じが同居してるのが、とても自然に感じられたんですよね。個人的には、斎藤千和さんにもそれと同じことを感じたことがあるんです。〈物語〉シリーズが始まる前の斎藤さんは、すごくかわいらしい感じの声のイメージだったんですけど、戦場ヶ原ひたぎを演じられて、カッコいい女性のイメージもプラスされました。そのときと、近い印象がありましたね。

ヴァニタスの手記

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一瞬のカットとしてドキッ!としてもらえたら、それも勝ち。演出には特別な正解はないし、そこが面白い

──5年以上前に、『終物語』で板村さんにお話を伺ったことがあったんですが、そのときに<物語>シリーズについて、「演出側からのアプローチが強めにフィルムに出る」とおっしゃってたんですよ。実際、監督が誰なのかによって、映像の見え方は当然変わると思うんですけど、『ヴァニタス』において板村さんの生理感覚や好み、あるいはアニメーションはこうあるべきと考えている感覚が出ていると感じるのは、どういう部分ですか?

板村:半分冗談のような話ですけど、エロくならないようにしてもエロくなってしまったか、とは思っています。むしろ全開にしていたら今頃どうなっていたんだろうと。結果的に、現場の演出さんやボンズの作画さんが組み合わさることで中和されて、そんなにエロくなりすぎずにフィルムになっているはず…(と思っているのは自分だけでしょうか?)。7話の屋根の上で、ノエがドミニクの手袋を外すシーンがあって、そこのコンテには「扇情的なシーンだと思って、手袋を取っていってください」と書いてるんです。たとえば指の使い方を気をつけないと、手袋を外すという意味合いが雑になってしまう……というか、そこに演出意図が含まれないと、単に手袋を外しただけになってしまうんです。ドミニクが脱がされていく感じがそこにないといけないし、そのシーンを観たときにドキドキしてもらいたい。セクシーなシーンに関して、SNSで「裸がないのになんかエロい」という感じのコメントを読みと演出家としてはうれしいです。

──そういう意味では、いわゆるセクシーなシーンにもそこはかとなく上品さが漂っている印象を受けるんです、そのあたりも板村さんの意図が反映された部分なんですかね。

板村:それはありがたいです。原作にもあるシーンなので基本的には望月さんの感覚が反映されていくものだとは思いますが。たとえば4話のノエとドミの吸血シーンで、吐息をちゃんと聞かせたくて音楽を直前に切ったり、カメラワークもゆっくりめのパンにしています。一瞬の吸血にならないように、長く、たっぷりと味わっていただければと。ノエとドミはしっとり、柔らかい雰囲気、秘めた感じにして、後半のジャンヌとヴァニタスは思いっきりがっついてもらいました(笑)。

──(笑)なるほど。

板村:なんでもかんでも脱がせればいいという感じではやっていないですね。それも、自分の内から出たものというよりは、まず望月さんのセクシャルなシーンのとらえ方を受け取った上で、演出しているつもりです。アニメにおいて視聴者が認識する映像の時間は非常に短いですが、一瞬のカットとしてドキッ!としてもらえたら、それも勝ちだし。演出には特別な正解はないので、そこが面白いところですよね。

──ちなみに、演出家としての板村さん、というテーマでお話を伺わせてもらうと、長く関わっていた〈物語〉シリーズは、ご自身にどんな影響を与えた作品だと感じていますか?

板村:映像を作っていく演出家って、誰しも絵を作っていかないといけない職域なんですけど。こういうときにこのアングル、こんなサイズで、このカットがつながったらカッコいいなって常に考えてはいますけど、アイデアがいつも湯水のように出てくるわけじゃないんですよね(笑)。マンガ原作のアニメはスタートに絵があるので入りやすいですけど、小説の場合はそれがないので、鍛えられたし試されましたね。もしかしたら、途中で力尽きてたかもしれない(笑)。

──〈物語〉シリーズ以外ではこの『ヴァニタス』が、初めて監督を務める作品ということですが、ご自身のキャリアにとってどんな意味を持つタイトルになりそうですか。

板村:吸血鬼ものに縁があるなという、単純な感想は持ってますけどね。〈物語〉からちょっと期間も空いたので、自分の中でも余裕を持って取り組めたのは、監督・演出の仕事をする上でもよかったですね。新房(昭之)さんと長く組んでいたところもあるので、監督として独り立ちする上で、カッコいいものを作っていけたら良いですよね。

──今作っている『ヴァニタス』は誇れるものになったと胸を張って言えますか?

板村:ははは! いやあ、それは怖いなあ(笑)。でも今、できることはやっているし、できてないのは自分の至らぬところだし、これが自分の身の丈かな、という感じはしています。うまくできなかった部分や拙い部分に後悔はするものですが、それも込みでフィルム全部が演出家の実力ですから。いいところも悪いところも、現状の自分はこうだなあと俯瞰して見ながら、まだ走っているところです。

取材・文=清水大輔



TVアニメ『ヴァニタスの手記』公式サイト


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