「オレ…天狗?」天狗の末裔の兄弟が送る、スローライフ。自然の恵みを受ける彼らの姿にとことん癒される『天狗の台所』

マンガ

更新日:2022/9/26

天狗の台所
天狗の台所』(田中相/講談社)

 季節によって表情を変える、日本の大自然。そこには雄大な美と、万人の舌を喜ばせる命の恵みがある。そう、ぼくらは自然の恩恵を受け、そのおすそ分けをいただきながら生きているのだ。

天狗の台所』(田中相/講談社)で描かれるのは、自然と共生する一組の兄弟の姿。まさに“スローライフ”という言葉がぴったりな暮らしだが、読んでいるととにかくお腹が空き、そして自然のなかで生きることの贅沢さが伝わってくる。「羨ましい」とさえ感じるような世界観が、そこには広がっている。

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天狗の台所 p.16

天狗の台所 p.17

 主人公の飯綱オン(いづな・おん)はニューヨーク育ち、ピンク色の髪の毛をした14歳の少年だ。しかしあるとき、両親から「隠遁生活を送ること」を命じられる。行き先は日本。そこで待っているのはオンの兄である29歳の基(もとい)。兄弟ふたりでの新生活のはじまりだ。

 しかしどうして突然そんなことになるのか。しかもなぜ「隠遁生活」なのか。それはオンが「天狗の末裔」だから。天狗会連盟には「14の歳は人目につかず生きよ」というしきたりがあり、それに従わざるを得ないらしい。当然ながら基にも天狗の血が流れており、彼のもとでオンの隠遁生活がスタートする。

天狗の台所 p.14

天狗の台所 p.15

 ニューヨークで生まれ育ったオンは、いまどきの子。対して基は、インターネットのことを「テレビ電話」と呼び、スマホの使い方すらわからない重度の機械音痴だ。オンからすれば、基の生活は不便なことばかりかもしれない。しかし自然に囲まれ、その恵みを丁寧に調理し、食べるという暮らしは実に贅沢なもの。基の側で過ごすうちに、オンはそのスローライフに魅了されていくようになる。

 見どころのひとつは調理シーンだろう。クルミに砂糖をまとわせた「キャラメルクルミ」、ジェノベーゼソースをかけた「茄子の水餃子」、そしてかまど炊きご飯で作る「おむすび」など、一つひとつは決して派手ではないものの、どれも美味しそう。なにより、手作りのそれらがとても贅沢だ。描き込みの美しさも相まって、自然のなかで生きる彼らの暮らしを間近で覗き見しているかのような心持ちになる。そして気づけば、「羨ましいなぁ……」とこぼしてしまっているのだ。

天狗の台所 p.158

天狗の台所 p.159

 もちろん、天狗の謎も少しずつ明かされていく。作中、オンはたびたび「天狗パワーでどうにかしてよ!」と基にお願いをするが、基は「そんなものない」とあしらう。基には小さな翼があり、オンは犬の言葉が理解できる。しかし不思議なのはそれくらいで、あとは人間と変わらない。オンが望む「天狗パワー」なんてないのだ。では、そもそも天狗の末裔とはなんなのか。それが明らかになっていくのが、本作におけるもうひとつの見どころかもしれない。

 スタートしたばかりの、天狗の兄弟によるスローライフ。忙しない日常を送る現代人にとって、彼らの暮らしはまさに「癒やし」そのものだ。

文=五十嵐 大

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