「弱点が見えない」羽生棋聖 、渡辺竜王らの証言から見えた、天才・藤井聡太四段29連勝の“凄さ”

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更新日:2017/10/12

『天才 藤井聡太』(中村 徹、松本博文:著/文藝春秋)

 今年、日本中を熱狂させた中学生棋士・藤井聡太四段。昨年の12月24日に史上最年少棋士としてプロデビューすると、そのまま無敗で勝ち続け、30年前に打ち立てられた「28連勝」を塗り替え、前人未到の「29連勝」をなしとげた。連勝記録が伸びる毎に世間の注目はあがり、朝のワイドショーも「藤井くん、また勝ちました!」と連日トップで伝えれば、藤井が食べたものは「勝負メシ」として店に行列ができ、将棋連盟の出した藤井グッズも完売続出!

 そんな藤井フィーバーは、当然、出版業界にも訪れた。専門誌『将棋世界』(日本将棋連盟)は藤井に関する新連載を発表した直後から予約が殺到し、創刊以来初の増刷を決めたし、藤井の対談をのせた『週刊ダイヤモンド』(ダイヤモンド社)は、発売初日に通常の35倍の注文が殺到したという。単行本の出版も相次ぎ、いまもなお加熱中。そして、このほど『天才 藤井聡太』(中村 徹、松本博文:著/文藝春秋)が登場。他より少し時間をおいての刊行だけあって、さらに包括的にさらに深く、藤井四段の姿を捉えることができる一冊だ。

 貴重なカラー写真も満載の本書は3部構成。一章は「師弟の七年半」として、主に師匠である杉本昌隆七段の話を中心に、棋士育成機関である東海地区の研修会にあどけない小1の藤井少年が入会した頃から、杉本氏の元に弟子入りし、プロとなって日本中を驚かせるまでを振り返る。師匠や兄弟子との触れ合い、学校や普段の姿などから見えてくる素顔の藤井少年は「憎たらしいほど強いけど、将棋盤を離れたら可愛い」存在。あくまで「普通の子」なのに驚きだ。なお、熱狂前夜の4月7日、10分だけと許された本人への特別インタビューも収録。慎重を言葉に選び、穏やかな口調と笑顔で語る藤井は「子どもでいながら、子どもじゃない」印象だったという。

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 次章からは、今後の藤井が対峙する先輩棋士にスポットを当て、彼らによる藤井分析が続くが、現役プロ棋士たちのリアルな肉声がこれだけ揃うのも貴重だろう。まず二章は「若手棋士たちの矜持」として、30 連勝を止めた佐々木勇気六段の「私たちの世代を乗り越えられてしまうと、波に飲み込まれてしまう感じがした」をきっかけに、佐々木と同世代の20代の棋士たちに連続インタビューを試みる。1996年の羽生七冠達成で起きた将棋ブームの影響を受けプロ棋士となった彼ら世代は、人数も多く層も厚く、藤井にとって「直近の壁」となる存在。彼らのフレッシュな意気込みは、将棋界がさらに面白くなることを予感させる。

 そして最後の三章には「迎え撃つ王者」として、現在の将棋界をリードする羽生善治一冠と渡辺明竜王が登場。中学生棋士として藤井の大先輩でもある2人のタイトルホルダーは、「藤井四段の弱点が見えない」(羽生)「野球で言うと高卒一年目三割三〇本」(渡辺)と藤井を高く評価する。コンピューター将棋の進化を使いこなすデジタルネイティブである新世代・藤井という存在をクールに見つめつつ、頼もしすぎる新人の登場を温かく迎える2人の姿には、潔さと人間味、そして「勝敗がすべて」という将棋の世界の奥深さを感じる。

 現在デビュー戦以来の通算成績を45勝6敗(10月9日時点)と伸ばす藤井四段。一体、この天才少年はこの先どこまで進むのか。その行く末をさらに楽しむためにもおすすめの一冊だろう。ちなみに、将棋の仕組みもわかりやすく書かれているので、初心者でも十分楽しめる。カラー完全保存版「不滅の29連勝を辿る」などファン心をくすぐる仕掛けも満載だ。

文=荒井理恵