こんなクリーニング屋のおねえさんがいたら通う……熱海が舞台の『綺麗にしてもらえますか。』

マンガ

更新日:2018/5/7

『綺麗にしてもらえますか。』(はっとりみつる/スクウェア・エニックス)

 熱海といえば、みなさんは何を思い浮かべますか?

 目の前に広がる相模湾、新鮮なお魚、源泉かけ流しのお風呂、年中行われている花火大会……。色々な魅力がありますが、前提にあるのは観光地であること。熱海は江戸時代、徳川家康が湯治に訪れたという歴史の深い温泉地。明治時代には永井荷風、坪内逍遥、谷崎潤一郎といった文豪が数多く来訪していて、尾崎紅葉の『金色夜叉』、近年では又吉直樹の『火花』といった熱海を舞台にした作品も残されています。

 はっとりみつるさんがヤングガンガンで連載中の『綺麗にしてもらえますか。』も、そんな熱海を舞台にした漫画。3月24日には第1巻が発売されました。

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■観光客が知らない、熱海で暮らす人々の日常

 主人公は熱海でクリーニング店を営んでいる金目綿花奈(きんめ・わかな)。実は彼女、原因は分からないけど2年より前の記憶がありません。でも、そんな不安はおくびにも出さず、いつも明るく元気にがんばっています。『綺麗にしてもらえますか。』では、毎日、仕事に励む彼女を中心に、熱海の人々との交流が描かれています。

 本作の魅力は大きく3つあります。まず1つ目は、冒頭でもお伝えした熱海という観光地。熱海を訪れる人たちの多くは観光を目的に、おいしいグルメに舌鼓をうち、名所や史跡を巡り、温泉に癒されます。ふだんの生活とは違う、熱海という土地で非日常的な気分を思いっきり満喫しているのです。

 一方で、熱海で暮らす人たちにも当然、日常があります。観光客でにぎわう干物店のバックヤードや、地元客の憩いの場となっている公衆浴場、夏祭りに備えた太鼓の練習風景。そんな観光地の日常をのぞき見るように楽しめるのがこの漫画のポイント。何より金目さんが営むクリーニング店は、地元民あってのお仕事。日常感を演出するにはピッタリの職業ではないでしょうか。

■クリーニング店をテーマにした史上初(?)の漫画

 続いての魅力は、まさにクリーニング屋というお仕事。そもそもクリーニングをテーマにした漫画自体、ほとんど前例がないのでは。単行本の奥付に複数のクリーニング店の名前が載っている点からも分かる通り、実際の取材をもとに描かれていて、お仕事漫画としての機能を果たしています。

 特に見どころは、那色という少女が金目さんの仕事場を見学する第4話。衣類のシミをどうやって綺麗にするのか、那色とのやり取りを通じてクリーニングの工程が分かりやすく描かれていて、それと同時に彼女の仕事への想いが分かるエピソードになっています。洋服は持ち主の大切な思い出が詰まった宝物。記憶を失っているからこそ、お客様には大切な宝物として長く使い続けてほしい――。クリーニング屋という設定に金目さんのバックボーンを結び付けて物語の必然性を作り、かつ那色というキャラクターの紹介を絡めながら1本のエピソードとして成立させている、作者の手腕に脱帽しました。

■奇をてらわず、丹精に描かれたコマ割りと背景

 最後のポイントは作画です。中でも注目してほしいのが背景で、サンビーチや干物が並ぶ商店街、煙突から立ち上る湯煙など、熱海の多彩な街並みが丁寧に描かれています。はっとりみつるさんといえば、アニメ化もされた『ケンコー全裸系水泳部 ウミショー』や『さんかれあ』、西尾維新原作のコミカライズ『少女不十分』などで知られているベテラン作家。それだけに金目さんをはじめとしたキャラクターのかわいさ、表情の豊かさは折り紙付きですが、変形ゴマに頼らず、シンプルだけど計算された構成で描かれた美しい作画は見事のひと言。とりわけ白線で表現された光の演出は秀逸で、これだけでも読む価値があるはず。

 物語はまだ第1巻。今後、金目さんの記憶や街の人たちとの関係にどんな変化があるのかは分かりませんが、彼女たちの日常に癒されながら、ただただ見守りたくなる。そんな漫画だと思います。

文=小松良介