『ダ・ヴィンチ』2018年8月号「今月のプラチナ本」は、田村由美『ミステリと言う勿れ』

今月のプラチナ本

更新日:2018/7/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ミステリと言う勿れ』(1~2巻)

●あらすじ●

アパートで独り暮らしをしている天然パーマの大学生・久能整(ととのう)。ある日、整がカレーの準備をしていると、突然警察官が部屋を訪れ、任意同行されてしまう。なんでも、近隣で最近起こった殺人事件の嫌疑が、整にかけられているらしく──。マイペースな青年が、そんなつもりなしに次々と事件を解決してしまう、新感覚ストーリー。

たむら・ゆみ●和歌山県出身。1983年『オレたちの絶対時間』でデビュー。『BASARA』で第38回、『7SEEDS』で第52回小学館漫画賞を受賞。現在『月刊flowers』で本作を、『増刊flowers』で「猫mix幻奇譚 とらじ」を連載中。

『ミステリと言う勿れ』書影

田村由美
小学館フラワーC α 各429円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

傍観者の言葉が、世界をひっくり返す

主人公・久能整は刑事でも犯人でもなく、探偵ですらないただの傍観者。だが異様なほど、よく気がつく傍観者なのだ。刑事や犯人といった当事者は、事態を眺めるときにどうしても主観が強くなる。そして主観に沿った〝真実〟しか見えなくなる。だが冷静なる傍観者の目に映る〝事実〟は……。またこの傍観者が、気づいたことをマシンガンのごとくリズミカル&ロジカルに語りまくり、読者に見えている世界をひっくり返していく。この面白さは、まさにミステリのものだと思うのだが。

関口靖彦 本誌編集長。整は全編しゃべりまくっているのですが、読者を混乱させず、むしろ明快に事実を明かしていくセリフの組み立てには感嘆させられます。

 

田村由美さんの現代ものは新鮮だ!

2巻の巻末マンガで田村さんは、本作のことを「ミステリじゃないです」なんておっしゃっていますが、主人公・アタマ爆発の整くんの存在がすでにミステリー! 〝うざい〟と思われていることは承知で正論ばかりを述べてしまう整くん。常識的で頭の回転が速くて、ちょっぴり寂しがり屋なのか?と思わせるところも魅力的。田村さんのことだから、整くんの人格形成の謎は絶対面白いはず! 今後が楽しみです。各話の謎解きも、もちろん面白い。ミステリー小説好きにはおすすめです。

鎌野静華 今月は久しぶりに生命の危機を感じるくらい仕事に追われた。そんな中のワールドカップ。素晴らしい試合のおかげで私も乗り切れた! 感謝!

 

アフロの口元にゾッコンの巻

果たしてこの口数の多い美形アフロを、誰が演じるのだろうか。そう思わざるを得ないほどテレビドラマ映えしそうな作品だ。主人公の久能整は、とにかくよく喋る。「僕は常々……」といった調子で彼の語りが始まると、あらもう私は嬉しい。エピソードごとに新たな謎が物語を立ち上げる作りでありながら、ぬくぬく安心感があるのは、久能整の話すことに間違いはない、そう信じられるからだ。気づけばマンガを読み終えた後にカレーを食べていたから、私はよっぽど彼のことが好きである。

川戸崇央 細田守特集を担当。原作小説を自ら手がける細田監督もまた、語りの人だ。インタビュー記事とともに小説版『未来のミライ』もぜひご一読ください。

 

個人的に上半期ベスト・ワン!

バスジャック犯が被害者に共同責任を取らせようとした際に、整が発する言葉。「ここで発生するすべての問題はあなたのせいで起こるんです」「あなただけが悪いんです」「責任転嫁しないでくださいね」。別のシチュエーションでも置き換えられるように思い、はっとした。本書の主人公は、〝気づき〟を与える言葉を持っている人だ。私にも自分勝手な常識、意識の思い込みがある。人と接するとき、自分に躓いたとき、スッと別の思考回路に一度は変化させたい。個人的な上半期No.1マンガ作。

村井有紀子 映画『こんな夜更けにバナナかよ』撮影拝見しに旭川へ。ちなみに整は、若かりし大泉洋さんをずっと頭に浮かべて読んでおりました(髪のせい)。

 

これはミステリではない?

そもそも久能整は探偵でもない。事件に巻き込まれると、卓越した洞察力と話術でその場を切り抜けるが、そこに謎解きへの使命感はない。代わりに、彼が解き明かしていくのは、人々が抱えて生きる、心のモヤモヤだ。仕事や家庭、目に見えづらい不平等、そういう歪みを会話の中から見つけ出して、整えていく。容疑者だろうが刑事だろうが、整と出会う人はそうやって心の内を晒してしまうから、結果的に事件の真相が詳らかにされていく。彼に突きとめられた犯人はある意味、幸せかも。

高岡遼 マンガ版『吉野北高校図書委員会』3巻が発売中です。待望の完結巻をお楽しみに! 声優・南條愛乃さんのソロワーク5周年BOOKも好評発売中!

 

久能整は裁かない!

主人公のスバらしいところは、「真実を追究して犯人を裁く」といった正義感がちっともないところだ。「真実は人の数だけある」「でも事実は一つだけ」が、彼のスタンス。だから本作では、警察も容疑者も被害者もひとしく「自分にとっての真実」をもつ個人として描かれ、整はそれぞれの真実を踏みつけることなく「事実」のみを掬い出す。ううむ、かっこいい。だが殺人事件の嫌疑をかけられつつ、警察官の夫婦生活にアドバイスをする様子は狂気も感じ、そのあやうさがまた……惚れてまう!

西條弓子 角川文庫『空想科学読本』が7月に発売。「滅びの呪文で、自分が滅びる!」という凄い副題が目印です。ポプテピ…など旬なネタにも切り込む、攻めの一冊。

 

タイトルに惑わされること勿れ

好奇心をくすぐるタイトルゆえ、本作には「ミステリーか否か」という疑問が常につきまとう。現に編集部寸評をご覧の皆様もそう感じているのではないだろうか。そんな私たちへのメッセージかのように、主人公は「真実は人の数だけあるんですよ」と語る。謎解きの楽しさだけでなく、無数の曖昧な気持ちを受け止めてくれる優しさがこの物語の根底には流れているのだ。だからもう、ミステリーであろうがなかろうが構わない。この「面白い」という感情だけが、私にとっての真実だ。

井口和香 新人です、よろしくお願いします! 身も心もフレッシュに…と思いきや、さっそく健康診断にひっかかり精密検査へ。どうなる社会人生活……!?

 

 

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