赤い糸で結ばれたと思っていた夫は、若い男と結ばれていた!? 『たそがれたかこ』の入江喜和が見せる女の生き様

マンガ

更新日:2023/9/5

ゆりあ先生の赤い糸』(入江喜和/講談社)

〈少女のころ夢見た赤い糸は実は蜘蛛の糸のように互いをしめつけあうモノ――かもしれない〉。と、やや不穏なモノローグで幕を開ける『ゆりあ先生の赤い糸』(講談社)。著者は『このマンガがすごい!2018』(宝島社)で4位にランクインした『たそがれたかこ』の入江喜和。衝撃的なラストで読者の胸をえぐっただけに、本作もただ、ふんわり運命の人を夢見るだけの物語であるはずがない。穏やかに、けれど研ぎ澄まされた棘の気配が、第1巻から漂っている。

 主人公のゆりあ先生こと長田ゆりあは、幼いころから女らしさとは無縁。彫りの深い顔立ちは男らしく、背は高く手足もがっしり。幼いころから“女くさい女”だった3歳年上の姉とは対照的で、あだ名も“おっさん”。性格は父親譲りで愚直。男も女も関係ない、カッコよく生きるが座右の銘の父にならって“曲げられない女”へと成長した。そしてこの曲げられない、一本筋の通った漢気を貫いて生きるというのは、なかなか難儀なものなのである。

 姉に誘われて始めたバレエ。体格をみこまれ抜擢された大役のせいで、いやがらせを受けたゆりあはバレエから逃げ出そうとした。けれど一度引き受けた責任を放棄するのはカッコ悪いという父の言葉に背中を押され、悔しさに歯をくいしばりながらも見事舞台で踊り切る。その凛とした強さは、50代になった今も変わらない。くも膜下出血で倒れて眠ったままの夫に、予想だにしない浮気相手があらわれても、まずは話を聞きましょうと誠実に耳を傾ける。その相手がたとえ自分よりうんと若くて美しい――青年だったとしても。

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 夫の吾郎は変わり者だけど、ゆりあにとっては安らぎであり、穏やかな幸せの象徴だった。見た目に似合わず小さくてかわいいものが好きで、手仕事が趣味の自分を恥じるゆりあに「そんなあなたがかわいい」と言ってくれて、子供がいなくても二人で生きていけばいいと受け入れてくれた。激しい情動は失われても、そこには確かに愛とよべる確かな絆があったはずなのに、あろうことか夫は、その青年とホテルにいるときに倒れたのだという。

(C)入江喜和/講談社

 ゆりあは決して、声を荒らげたりはしない。責めるべき夫が目を醒まさないというのもあるが、どんなときでもカッコよく、自分に恥じぬ自分でありたいという信念を抱き続けて50代を迎えた彼女には、感情一直線で乱れるなんていまさらできることではないのだと思う。もちろんそれは何一つ悪いことではないし、むしろ人として憧れる生き方だ。ゆりあは強がっている女、などではなく、おそらく本当に強い。けれどだからこそ、この後ふりかかってくるすべてを彼女は、放り出すこともできずに受け止め続けるだろうか。青年のことも、そして目覚めるかどうかわからない夫のことも。

(C)入江喜和/講談社

 自分も他人も、まるごとまっすぐ受け止めて、ふんばって誠実に生きていく。その先に見出す答えはどんなものであろうと彼女の誇りになるはずだけど、過程はとてつもなくしんどいはずだ。それでもきっと、自分を曲げられないだろうゆりあが、読者にどんな“カッコよさ”を見せてくれるのか。本当の赤い糸はどんなものなのか。その生きざまをぜひ最後まで見届けたい作品である。

文=立花もも