やまない雨の中、人生という物語が始まった――After the Rain『クロクレストストーリー』レビュー

アニメ

公開日:2018/9/13

 それぞれにネットミュージックの世界で高い支持を集め、ふたりで作った2枚の同人アルバムもリリースされるや否や大きな話題を生み出したクリエイター、そらるとまふまふ。そんなふたりが「そらる×まふまふ」というコラボユニットを発展させてスタートしたのがAfter the Rainだ。そらる×まふまふ名義でのアルバム『アフターレインクエスト』ですでに提示されていた「雨が上がったあとの世界」というコンセプトをユニット名に掲げていることからもわかるとおり、基本的にはそらる×まふまふとして表現してきたものの延長線上で、彼らの旅は始まった。

 だから、1stアルバムといえども本作『クロクレストストーリー』の完成度は高い。イントロのない1曲目“桜花ニ月夜ト袖シグレ”がまふまふの歌から始まった瞬間に、それを聴いている僕たちはぐっとAfter the Rainの世界に惹き込まれていく。だが、それと同時に、僕はこのアルバムを聴くとその高い完成度よりも、決定的な「未完成」感、いいかえれば何かが満たされないという切実な想いに耳を奪われずにいられない。そしてその「満ち足りない想い」こそが、彼ら――とりわけ、ほとんどの曲を生み出したまふまふを表現へと駆り立てるモノの正体なのだろうという気がするのだ。

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 同人時代の楽曲である“インソムニア”(オリジナルはインスト曲だったが、本作では歌が付けられている)や“セカイシックに少年少女”が再録されていることからもわかるとおり、この『クロクレストストーリー』はそれまでのふたりの歩みや成長を踏まえた「最初の集大成」という側面ももっている。しかしこのアルバムに結論めいた匂いはまったくない。あるのはただ、世界との距離感に苦悩し打ちひしがれる主人公の姿であり、届かない思いや打ち砕かれる理想に痛々しく傷つく心のありようだ。それをAfter the Rainは『クロクレストストーリー』と名付ける。「クロ」とはクロック、つまり止まることのない時間のことだ。夢と現実を行き来して、痛みや悲しみをたくさん抱えながら進み続ける人生そのもののことだ。

“盲目少女とグリザイユ”のような攻撃的なロックナンバーから“天宿り”のような壮大なバラード、“チョコレイトと秘密のレシピ”のようなかわいらしい魅力の詰まったポップソングまで、本作に収められている楽曲の幅はとてつもなく広いが、そこで歌われている言葉に耳を傾ければ、このアルバムが一貫して語りかけるメッセージが自然と浮かび上がってくる。

《誰も知らない 何もいらない/こんな夢で生きていこう》(“盲目少女とグリザイユ”)、《いっそ/何もかも 消えてしまえ その指でボクを突いてくれ/こんな世界の色に 染まってしまうと言うなら》(“ベルセルク”)、《願っていた何一つも どうせ叶わないのなら/おうちへ帰ろう?》(“わすれもの”)、《まだ君を探しているんだよ/おかえりって言わせておくれ》(“さえずり”)、《バイバイしたってボクら会えるよ/悲しいもの全部を忘れてしまおうよ》(“アイスリープウェル”)

……一部を抜き出すだけですべてが伝わるわけではないが、ここに引用したフレーズから、失望や反抗心、求めても得ることのできない悲しみを感じ取ることはできる。カラフルな音の重なりがポップに弾けるキラーチューン“セカイシックに少年少女”ではナイーヴに《ねえ お願い 振り向かないで/この傷は君にも 見せたくなかったんだ》《ずっとここに居たいな》と歌っていたそらる×まふまふだが、このアルバムを通して見せたくなかった「傷」を次々とさらけ出していく。“ベルセルク”で《いっそ/何もかも 消えてしまえ 全てが狂った世界だ》と書いたまふまふにシンクロするように、そらるも“多面草”では《仮面をかぶった人の群れ 飽きれば捨てられていくコンテンツ》と歌っている。

 そう、拭えない違和感をもった世界に対峙するところから、After the Rainという「人生」は始まった。アルバムを聴いていて、ファンタジックな世界に酔いしれながらも、ふとした瞬間に心にナイフを突き立てられたような気分になるのは、この作品がそれこそ“ネバーエンディングリバーシ”のように幻想と表裏一体のリアルを丸裸にしてしまっているからだと思うのだ。

文=小川智宏

【MV】桜花ニ月夜ト袖シグレ/After the Rain [そらる×まふまふ]

そらる-待ちぼうけの彼方【Music Video】

[MV]さえずり/まふまふ【オリジナル曲】