41歳で脱サラし、漫画家を目指した男の夢が叶うまで。SNSドリームがここに

マンガ

公開日:2020/8/12

脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで
『脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』(十日草輔/イースト・プレス)

 2010年代はソーシャルメディアの時代だった。Facebook、Twitter、Instagramなどを使う人が増え、私たちは物理的な距離や手間を感じることなく、自分が広めたいと思うものをシェアできるようになった。

 これは2020年になった今も続いている現象だが、漫画を描く人にとっては自分の作品を発表するチャンスが激増したとも言えるだろう。「Webサイトやツイッターでのヒットをきっかけに漫画家デビュー」という新たな可能性も切り開かれた。

 そんな中、インターネット上で発表されたある漫画が話題になった。タイトルは『王様ランキング』。耳の聞こえない非力な王子が、友だちができたことをきっかけに人生を動かしていく物語だ。登場人物それぞれの心情が丹念に描かれると共に、冒険やバトル要素もある漫画である。2018年夏にアクセスが集中し2019年2月に単行本化、現在既刊7巻だ。

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 そして、『脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』(イースト・プレス)は『王様ランキング』作者の十日草輔さんが20代から40代までの自分を振り返る初のコミックエッセイとして出版された。

 十日さんは漫画家になるまでに紆余曲折を経ている。23歳で漫画家を志し、何度か出版社に作品の投稿や持ち込みをするがうまくいかなかった。本書には漫画制作や生活面での苦労、就職活動、描いた絵本が賞を受賞した直後に出版社が倒産したこと、職場であった辛い出来事が赤裸々に描かれ、私はその記憶力と率直さに驚いた。何度かの転職の後、十日さんは41歳で脱サラして漫画家になる夢を再び追う。

“何でも一生懸命挑戦するって、
無駄じゃないじゃん!
ありきたりだけど真実だ”

 40代で安定した生活を捨てる……その決意に至るまでの不安は非常にリアルだ。その後にたどり着いたこの言葉は、著者がそれまでの人生で度重なる苦労を乗り越えてきたからこそ、読者の心に響く。

 著者は脱サラを勧めているわけではない。ただ本書全体から伝わってくるのは「無駄な経験はない」という実感だ。現に著者が会社員だった頃に生きたのは漫画制作で養われた企画力と提案力だったし、『王様ランキング』がこんなに読まれるようになった理由もそこにある。

 また、『王様ランキング』の愛らしい絵柄は、十日さんの絵本制作の経験も関係しているだろう。『王様ランキング』は希望のもてるストーリーでありながらも、時々人間の核となる部分を突く。十日さんのこれまでの経験があったからこそ表現できたのではないかと感じた。

 本書では41歳で漫画制作に再挑戦し『王様ランキング』がヒットした後のことも描かれている。どれだけ自分の作品が高い評価を受けても十日さんは舞い上がらない。慎重だ。客観的に自分と自分の作品の今後を見据えているのだ。

「年齢を重ねたからできない」ではなく「経験を積んだからこそできる」ことを探すと、これからの時代が面白くなるのではないだろうか。本書を読んだ後、そんなことを思った。

文=若林理央