「どっちかじゃないとダメなんですか?」 女の子だと思って告白した先輩は男の子だった!女装男子をめぐる群像劇

マンガ

更新日:2021/8/23

先輩はおとこのこ
『先輩はおとこのこ』(ぽむ/LINE Digital Frontier)

 このマンガはすごい、と思ったのは「どっちかじゃないとダメなんですか?」というセリフを読んだときだ。かわいいもの好きの女装男子・花岡まことをめぐる群像劇を描いた『先輩はおとこのこ』(ぽむ)の31話。バスケ部の助っ人を頼まれるのは嬉しいけれど、入部する気持ちにはなぜかなれない……と悩むまことに、後輩の蒼井咲が言うのだ。「悩むってことはどっちもうーんって感じなんですよね」「参加したい時だけ混ぜてもらえばいいんじゃないですか?」と。どっちつかずの自分の気持ちをごまかそうとしない彼女の言葉は、自分は男の子なのか女の子なのか、どちらとして生きていきたいのかという選択も迫られているまことの心を、ほんの少し軽くする。

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『先輩はおとこのこ』の物語は、咲がまことに告白するところから始まる。ウィッグをかぶり女子の制服を着ているまことを、同性だと信じたままで、だ。だが異性だと知ったあとも咲はまったく動じない。それどころか「男の娘!! 最っっっ高じゃないですか!!」と鼻血を出して喜ぶ始末。すべてをあるがまま受け止めていく咲の「私が先輩の初恋の人になってみせます」というセリフは、第2話にしてクライマックスかと思うほどにカッコよく、読んでいて痺れてしまった。それはまことも同様で、何事においても猪突猛進な彼女の言動に戸惑いつつも、少しずつ心を許していく。

(C)pom/LINE Digital Frontier

 そこに登場するのが、まことの幼なじみで親友の大我竜二。ただでさえ奇異の目にさらされがちなまことが傷つかないよう、最初は咲を警戒していた竜二だが、やがてまことを大切に思う気持ちを介して、咲とも信頼関係を結んでいく。「もしや2人はつきあっているのでは!?」とまことが勘違いするほどの急接近に、読者としても邪推せずにはいられないのだけれど、竜二が“好き”なのは他でもない、まことである。男同士なのに、と抵抗を見せていた彼が、咲に影響されてどんどん素直になっていき、恋愛感情を認めるに至る姿にもかなりグッとくるものがある。

 と、胸キュンの三角関係が展開していくのかと思いきや、咲に異変が訪れる。まことと一緒にいればいるほど、どんどん好きになっていくのに、なぜかときめきから遠ざかっていく咲。どうして? 私にもようやく“好き”が手に入ったと思ったのに。どうして私は誰のことも特別に大事にできないの? どうして誰も私のことを、唯一無二の特別な人として見てくれないの……?

 家庭環境から端をなす彼女の孤独が明かされてから、物語は一気に深みを増していく。恋愛はたしかに、他人同士を強烈に結びつける特別な感情だ。けれど果たして、恋愛だけが特別なのか。そもそも特別な人は、1人じゃなくてはいけないのか。3人の家族をも巻き込んでさまざまな心の揺らぎを描きながら、“どっちかじゃないとダメなのか?”を本作は描き続けていくのだ。それは、わかりやすさや立ち位置の明確さが求められがちな現代において、とても重要な問いではないか、と思う。

 なんてことを考えながら、3人の関係性がどうなっていくのか、まことがどんな決断をくだすのか、シンプルに気になって仕方がない。「次にくるマンガ大賞」にノミネートされたのも大納得の、老若男女の壁を越えて広く読まれてほしい作品である。

文=立花もも

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