いじめ、母親からの虐待…思春期の闇と光、逃げることもできない15歳を描くリアリティとは? 芥川賞作家・川上未映子×映画『イノセント15』甲斐博和監督対談【前編】

映画

更新日:2016/12/16

(左)甲斐博和さん、(右)川上未映子さん

 思春期という、誰もが通過する、甘酸っぱいけれど残酷な時代。大人と子どもの間のような複雑な心境は、様々な作品で描かれている。著書『ヘヴン』で、ひどいいじめを受ける“僕”とコジマが、少しずつ心を通わせながらも、辛い現実にさらされる様子を描いた川上未映子さん。映画『イノセント15』で、虐待を受ける少女・成美と、父親がゲイだと知り混乱する少年・銀の恋を描いた新進気鋭の映画監督、甲斐博和さん。思春期の闇と光を描いたお二人に、自らの思いを語っていただいた。

逃げることもできない15歳

川上未映子さん(以下、川上):映画を撮影するにあたり、主人公を15歳に設定したのはなぜですか?

甲斐博和監督(以下、甲斐):大人と子どもの間の年頃というのと、15歳くらいの子は、逃げることができないイメージがありました。僕自身がさまざまな事情で帰る家のない少年少女たちを受け入れるシェルターで働いていて、そういう子を見ているので。

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川上:ご自身の経験から来ているんですね。15歳を描く時に、今の15歳と、自分の時代の15歳とでは、どちらをイメージしているんでしょうか。

甲斐:後者ですね。いまの若者だけを切り取ろうとはしていませんし、自分が15歳だった頃と、今の15歳の間にも、共通するものは必ずあると思います。

分からないからこそ描きたい「人を好きになる」という気持ち

甲斐:『イノセント15』で一番描きたかったのは、感情です。人を好きになることは、僕が15歳の時にも分からなかったし、今でも分かりません。でも、『イノセント15』を作る少し前から、自分に問いかけるようになりました。

川上:分からない「好きという気持ち」を描こうとするときの原動力はなんですか?

甲斐:知りたいからだと思います。

川上:成美も、銀に「好き」と言いながら、それを分かっていない感じがありますよね。でも、分からなさの中に切実さがある。自分で自分にかける魔法のようだけれど、少女漫画のような好きとも違うし、彼女の目も暗い。「好き」という言葉は知っているけれど、一般的に理解される「好き」というものとは異質なものですね。

成美の印象的な表情。2人はこの後、どこへ行くのか

川上:映画の終盤で、成美の心が揺れ動いた末からの、意外なラスト、良かったです。それと、銀が必死に成美を追いかけたいのにできない状況を打破しようとしますよね。終盤、バイクを自分ひとりで持ち上げられるかどうかは、この物語にとって非常に重要な意味を持ちます。ただ、最後の成美の表情が凄いですよね。

甲斐:凄いですね。

川上:あれはちょっと、凄い表情ですね。見入ってしまいました。さらなる地獄の到来を予感させるようで、救いがあるのかどうかも分からない。撮影する時に、「2人に幸あれ!」という気持ちはあったんですか?

甲斐:ありましたよ(笑)

川上:登場人物のどちらかが、たとえば正常に機能している家庭の子どもなら、相手を救うとか、別の世界に行くような話になりますよね。でも、この映画では2人には根本的に、継続的に逃げ場がない。手を差し伸べてくれる人も状況もない。その意味で、かろうじてどこかへ移動するだけなのだという終わり方には幻想がなく、質量をもって残りますね。

「虐待」のリアリティ

川上:母親から虐待されている娘、父親がセクシャルマイノリティーである息子、そこから展開される様々がハードですよね。

甲斐:自分が見知ったことしか描けないんです。だから家の近所で撮影するし、職場がシェルターなので虐待をテーマにする、ゲイの友人がいるのでゲイへの偏見をテーマにする。知らないことをテーマに映画を作るということは、ほとんどしませんね。

川上:成美の母親は、娘を虐待していますよね。しかも、かなりデフォルメされた形で。しかし実際には、こちらの常識を絶するような虐待する親はいます。ただ、現実問題としてその事実に触れるのと、フィクションで触れるのには、乖離があると思います。今回、家庭内の不幸の「てんこ盛り」というか、これは物語設定として、かなり勇気がいるというか、思い切りが必要だったと思うのですが、そこはどうですか?

甲斐:よく指摘されます。でも、実際に働いている現場で見ていることなので、僕にとっては日常の延長なんです。だから、それほど「てんこ盛り」だとは感じませんでした。そういう意味では、現実的に起きていることをフィクションとして抑えて語った部分はあります。また、この「てんこ盛り」の状況下でこそ、成美と銀はお互いに手を伸ばしあおうとしたのかもしれません。

 映画『イノセント15』で描かれた、15歳ならではの行き場のなさや、心もとなさ、映画の大きなテーマのひとつである「虐待」という問題に、真剣に向き合うお二人。この後も引き続き、虐待に関する話題や、『ヘヴン』のシーンから思うこと、作品の作り方などについて、語っていただいた。

【後編はこちら】「色々な地獄があるけれど、陽が射す瞬間がある」芥川賞作家・川上未映子×映画『イノセント15』甲斐博和監督対談

■映画『イノセント15』

2016年12月17日(土)よりテアトル新宿にてレイトロードショー
監督・脚本・編集:甲斐博和
出演:萩原利久、小川紗良
⇒公式サイト

■『ヘヴン』(川上未映子/講談社)

 斜視を理由にひどいいじめを受ける“僕”。ある日、家が貧乏で不潔だという理由でいじめられるコジマから手紙を受け取り、次第に心を通わせていく。苛めから解放される夏休みの初日に、コジマの提案で「ヘヴン」を見に行くことにした二人。コジマの新たな一面を知り、“僕”のコジマへの思いは強くなる。しかし、ふとした発言で“僕”はコジマを傷つけ、拒絶されてしまう。その後、久しぶりにコジマに会うことになったのだが…そこで思いもよらない事件が起きる。深く傷つき悩んだ末に“僕”が見たのは、想像したこともない光景だった。

取材・文=松澤友子 写真=山本哲也