余命5日、でも強気。龍へ捧げられる生贄少女とギャップがかわいい皇子のラブファンタジー『雨の皇子と花の贄』【書評】

マンガ

公開日:2025/5/20

雨の皇子と花の贄
雨の皇子と花の贄もといも/白泉社

 龍に守護され龍の血が治めし龗(リョウ)の国を舞台とした『雨の皇子と花の贄』(白泉社)は、これまでもファンタジー作品を届けてきたもといも氏の最新作だ。

  厄災の龍が復活するという神託を受け旅をする慈雨(じう)。旅の途中、深い傷を負った彼を救ったのは、周囲の人々から“花嫁”と呼ばれる少女・よひらだった。5日後に婚礼を控えるという彼女のもとにいることに後ろめたさを感じる慈雨だったが、彼の傷は思ったよりも深く……。そうして慈雨とよひら、ふたりのタイムリミットつきの共同生活がスタートする。しかしよひらには秘密があった。“花嫁”とは龍への生贄のこと。婚姻とは厄災の龍の鱗を植えつけられたよひらを龍へと捧げる儀式だったのだ。

 両親を亡くした幼いよひらを引き取った司祭の手により、厄災の龍の鱗が植えつけられてから10年、逃げ出すこともできず、ひとり生贄とされる恐怖と向かい合ってきたよひら。彼女の最初で最後の復讐は、龍と心中することで司祭の計画を台無しにすることだった。炎にまかれるよひらのもとに、慈雨が駆けつける。生贄という運命から開放されたよひらが、慈雨に本音を吐露するシーンは胸に迫るものがある。生贄として今にも人生を終えようとしているよひらの前に慈雨という ヒーローが現れる シーンは、まさに少女漫画の王道だ。

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 そうしたストーリーが、宗教から文化にいたるまで龍を中心に据えた幻想的な世界観の上で展開される。龍、洞窟、どこか異国を思わせる服装などワクワクするビジュアルが魅力的なことはもちろんだが、ファンタジーならではの設定が物語に深く関わってくることも本作の魅力だ。国を治める龍の血を引く一族=皇子であることが明きらかになる慈雨、生贄の儀式を生き延びるも、胸にある厄災の龍の鱗が増え続けるよひら。5日間という短い時間の中で、心を通わせあったふたりが、今後どうなってしまうのかを早く知りたい気持ちと、ふたりをずっと見ていたい気持ち、相反する感情がせめぎ合う作品になっている。

 “生贄”という言葉の持つ悲壮感とは裏腹に、よひらは自分の運命に最後まで抗おうとする胆力を持った女性だ。その半面、生贄という条件下で人生を諦めて生きていたせいか、自分の命を軽んじている部分もある。慈雨によって救われた命を誰かのために簡単に差し出そうとしてしまう姿は、優しさを通り越して痛ましさすら感じてしまう。

 増え続ける胸の鱗は、よひらがやがて厄災の龍となってしまうかもしれないことを示唆している。もしそうなってしまったときは「慈雨が殺してくれる」と微笑むよひらがあまりにも悲しい。そんな彼女が「生きていたい」と言える日が来るのか。来るとしたら、それは慈雨によるものなのでは……? そんな妄想をしつつ、相思相愛なのに一筋縄では結ばれなそうなふたりの行く末を見守りたいと思う。

文=原智香

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