中学受験の目的がいつしか親の気持ちを満たすためだけの闘いに…。変わっていく母親たちの姿が伝えるものは?【書評】
公開日:2026/2/18

『合格にとらわれた私 母親たちの中学受験』(とーやあきこ/KADOKAWA)は、中学受験に挑む子どもたちではなく、そのそばにいる母親たちを主人公にしたセミフィクションだ。
物語の中心にいるのは、ひとり娘・綾佳を育てる真澄。彼女はかつて自分が挑戦し途中で諦めた中学受験を娘には完遂してもらいたいと考え、小学4年生から塾に通わせる。だが成績は思うように伸びず、目標のクラスにも上がれないまま受験生最後の年を迎えることになる。そんな中、同じ塾に通う綾佳より成績が下のクラスにいたまりんが、同じクラスに上がってくる。明るく素直なまりんと、その母・かなえ。最初は気にならなかった存在が、次第に真澄の心をざわつかせる。その焦りや苛立ちは、いつしか綾佳へと向けられていく。
一方で描かれるのが、成績優秀な息子を持つ潤子の家庭だ。夫が自分の出身校に息子を入れたいという強いこだわりに違和感を覚えながらも、潤子自身も学歴へのコンプレックスを抱えており、息子の気持ちを優先できずにいた。
この作品が映し出すのは、「子どものため」と信じていた行動が、いつの間にか親自身の気持ちを満たすものに変わっていく過程だ。塾のクラス分け、成績の順位、まわりの家庭との関係。小さな出来事の積み重ねが母親たちを追い込み、そして子どもに及んでいく。親と子の気持ちがかみ合わなくなっていく様子は胸が痛む。だがそんな大人たちとは対照的に、悩み迷いながらも友だちを思い、助け合おうとする子どもたちの姿があるため、物語は救いを失わずに進んでいくのだ。
子どもの幸せのために親が必死になるのは当然のことだが、それが行き過ぎになってしまっては本末転倒だ。親のエゴを強いていないか。子どもの意思を無視していないか。中学受験にチャレンジ中、またはこれからチャレンジする家族に、見失ってはいけない大切なことを伝えてくれる作品だ。
文=坪谷佳保
