死に繋がる返答ばかりで先行きの見えないカウンセリング。現役の心理士が描く“メンタルケアの現場”【書評】

マンガ

公開日:2026/3/12

※この記事はセンシティブな内容を含みます。ご了承の上、お読みください。

 心が息をしていない。生まれた時から障害者で“普通”の枠外で生きてきた私は、いつしかそう感じていた。体も心と同じ方向へ向かえばいい。そう思っていたが、最後の声として出したSOSを心理士に受け止めてもらえた時、口から出たのは「こんな私でも生きてていいの?」という本音。知らなかった本心に自分が一番驚いた。

advertisement

 そんな実体験を思い出しもした『白目むきながら心理カウンセラーが泣いた日 希死念慮の患者様』(白目みさえ/竹書房)は、メンタルケアの大切さを知ることができる作品だ。

 作者は、臨床心理士・公認心理師。精神科で勤務している。これまでにも、フェイクを交えたフィクション漫画で、メンタルケアの現場で働く心理士の日常や想いを発信してきた。本作は、そんな人気シリーズの第3弾。作者は、ある女性の心理カウンセリングを通して、人間の心の奥深さを伝える。

死に繋がる言葉しか出なかった女性が「生きてていいの?」と問えるようになって…

 後藤あいか(32)は、母と不仲だ。母は自分が思う“普通”をあいかに押し付けるが、その“普通”は基準が曖昧で、コロコロ変わりもする。あいかは実体のない“普通”に振り回され、自分を「何もできない人間」と責めていた。

 あいかから出るのは、死に繋がる返答ばかり。カウンセラー5年目の作者は彼女の役に立てていないと感じ、無力感に襲われた。だが、“通院は継続してくれている”という重大な事実に気づいたことで、心境が変化。悩みながらも、あいかのペースに合わせ、彼女が「変わらない」と表現する日常を一緒に見つめ直していった。

 すると、あいかの態度に変化が。笑顔を見せるようになり、「また今度」という未来に繋がる言葉が出るようになった。

 カウンセリングが進む中で、あいかは新しい仕事を見つけ、母親から押し付けられてきた“普通”に疑問を抱くように。心についた傷を傷と認識できなくなるほど自分を責めていたあいかがカウンセリングを通して、これまでとは違った視点から自分を見つめ、少しずつ人生を変えていく姿は胸に刺さる。

 自己受容が進んでいったあいかはやがて、「生きてて…いいのかなぁ…」と根源的で深い疑問を作者にぶつける。

 彼女はどれほどの勇気を振り絞って、この言葉を口にしたのだろうか。同じ経験をした私は自分の姿が重なり、涙が止まらなかった。普通という枠は曖昧なわりに正しそうな顔をして、私たちの前に立ちふさがる。少しでもあぶれたと感じると、自分の価値が分からなくなってしまうことも多い。だからこそ、「生きていい」や「生きていてほしい」と言ってくれる存在が人間には必要なのかもしれない。

 あいかのカウンセリングは、“普通”という言葉が引っかかる方に“ありのままの私”でいることを許すきっかけを授けてくれることだろう。

あいかが教えてくれる心理職の重要性と人間の繊細さ

 本作は感動的だが、単なるハッピーエンドではない。作者が心理士であるからこそ、あいかのストーリーは心のケアの難しさを痛感するリアルな展開になっている。

 あいかというキャラクターはもちろん、架空の人物だ。だが、彼女はフィクションの枠を越え、教えてくれる。人間の心は繊細で、時には自力でのコントロールが難しい場合もあるという現実を。

 全てをひとりで抱えるには、人生はあまりにも濃くて重い。抱えきれず溢れるものがあって当たり前なのに、人はそれらを恥や弱さと捉えてしまいやすい。だからこそ、抱えきれないことを話したい時や一緒に背負ってもらいたい時、心理カウンセリングという手段を罪悪感なく選べる社会であってほしいと私は思う。

 人に頼ることは甘えではない。現に、本作では心理士である作者のメンタルケアにもスポットを当て、人に頼ることの大切さを伝えている。

 心のプロである心理士も人との繋がりによって心をケアし、生きている。そう知ると、人に頼ることのハードルが少し下がるのではないだろうか。

 心のケアの大切さが徐々に浸透していっている一方、心理士の必要性が社会に届き切っておらず、我慢が美徳とされる風潮が根強く残っているのが今の社会の現状だ。たくさんの頑張り屋さんに本作が届き、自分に鞭を打ち続けない生き方を考えるきっかけに繋がることを心から願う。

文=古川諭香

あわせて読みたい

白目むきながら心理カウンセラーが泣いた日 希死念慮の患者様 白目むきながら心理カウンセラーやってます (バンブーコミックス すくパラセレクション)

試し読み *電子書籍ストアBOOK☆WALKERへ移動します

白目むきながら心理カウンセラーやってます (バンブーコミックス すくパラセレクション)

試し読み *電子書籍ストアBOOK☆WALKERへ移動します