そこは巨大なスノードーム。雪に閉じ込められた街で、高校生が抱く「ここではないどこか」への渇望【書評】
PR 公開日:2026/3/23

昔、私が通っていた中学校は小高い山の上にあった。放課後、その坂道を下ろうとすると、自分の住む街とはまったく異なる、栄えた街並みやビル群が遠くに見えた。夕方の光を受けたその景色は驚くほど美しく、私はその眺めを見るのが好きだった。けれど同時に、胸の奥では複雑な感情がうごめいていた。中学という狭い人間関係の中で息苦しさを感じていたからか、早くここから出たい……そんな思いがいつもどこかにあった。だが、いま自分が立っている場所と、あの街の間には、目には見えない壁のようなものがある気がする。そんな言いようのないもどかしさを抱えながら、坂道を下った記憶がある。
――ここではないどこかへ行きたい。そんな思いを抱くのは、思春期には決して珍しいことではないのかもしれない。『スノードームタウン』(加納梨衣/講談社)もまた、まさにそんな鬱屈した感情を抱える少年少女を描いた物語だ。だが本作は、単なる青春譚にはとどまらない。彼らが暮らす街には“出ることのできない理由”があり、さらに不可思議な出来事が重なっていくことで、物語にはじわじわと怪奇SFの冷たい気配が忍び寄ってくるのだ。
舞台は北陸の小さな街。そこに暮らす高校生のあこと多古は、合作の小説で賞を獲り、東京へ出ることを夢見ている。互いに淡い恋心を抱きながら、物語を紡ぐ日々。だがその夢の前には、あまりにも重く高い壁が立ちはだかっていた。なぜなら、この街では10年前からずっと雪が降り続いているのだ。しかも、その雪は街の外へ出ることを阻むかのように降り積もり、住民は誰一人として街の外へ出られない。いや、むしろ外に出ると悪いことが起きると信じている。そのため、まるで巨大なスノードームの中に閉じ込められたような世界で生活をし続けているのである。


さらに奇妙なのは、あこと多古が執筆している小説の存在だ。多古の提案で、雪をモチーフにした事件を扱う物語のイメージボードをあこが描くのだが、やがて彼女が書いた内容とそっくり同じ事件が、実際に街で起きていることが判明。創作と現実の境界が、静かに揺らぎ始めていく。


「この街から出たい」という10代特有の切実な願いから始まった物語は、いつしか不穏なミステリーの気配を帯びていく。作中には、あこたちが雪国では決して見ることのできない桜に憧れる印象的な場面がある。桜吹雪への憧れは、彼らの街を覆う雪の吹雪とどこか重なり、幻想的でありながら胸の奥をひやりと冷やすような感覚を呼び起こす。静謐で美しい描写が、その不穏さをいっそう際立たせているのも見どころだ。

そんな『スノードームタウン』を手がけるのは、加納梨衣さん。80年代カルチャーを愛する高校生の恋を描いた『スローモーションをもう一度』、片付けが苦手なOLの日常と恋愛を描いた『カノジョは今日もかたづかない』など、ユニークな設定と繊細な感情表現で読者を魅了してきた作家である。そんな加納さんが本作で挑むのは、青春と恋、そしてミステリーやSFの要素が交錯する新境地だ。
雪に閉ざされた街の中で、若者たちの夢と現実、そして不可解な出来事が静かに絡み合っていく。ページをめくるごとに、スノードームの内側にひびが入るような違和感が広がっていく一作だ。ぜひ、この新たな物語の世界を体験してほしい。
文=ちゃんめい
