ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、蝉谷めぐ実『見えるか保己一』
公開日:2026/5/7
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年6月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
★今月のプラチナ本
『見えるか保己一』

蝉谷めぐ実 KADOKAWA 2035円(税込)
国内最大の叢書『群書類従』編纂の功績で知られる、江戸時代に生きた全盲の国学者・塙保己一。幼少期に失明するも、類稀な洞察力と記憶力をもって学問の道で頭角を現していく。だが、一見輝かしいその人生の裏には、“目の見える”仲間や弟子、妻とのすれ違いや、周囲からの“見え方”に悩み続けた保己一の姿があった。この天才が“見た”そして“見えなかった”世界を鮮烈に描く、著者渾身の一作!
せみたに・めぐみ●1992年、大阪府生まれ。2020年刊行のデビュー作『化け者心中』で第11回小説野性時代新人賞、第10回日本歴史時代作家協会賞新人賞、第27回中山義秀文学賞を受賞。『おんなの女房』で第10回野村胡堂文学賞、第44回吉川英治文学新人賞、『万両役者の扇』で第15回山田風太郎賞を受賞。
【編集部寸評】

なにが見えていたのか
見えないけれど大切なものは存在する。「見えないものを無理矢理見る」と語ったのは、実体のない妖怪を描き続けた水木しげるだ。幼少時に視力を失った保己一は、驚異的な記憶力と洞察力で後世に残る偉業をなす。本書は己の信念を持って突き進む彼を支えた、名もなき人々の「視点」も、清濁を併せ呑みつつ掬い上げる。袂を分かつ者、思惑を巡らせ近づく者、献身的に支える者、視力と関係なく立場により景色は違う。保己一はなにを見ていたのか。画のない小説という媒体で見事に表した。
似田貝大介 本誌編集長。前号掲載の蝉谷めぐ実氏のインタビューも併せてお読み下さい。目に関する慣用表現が想像以上に多く、執筆に注意を払ったとのこと。

見えても見えなくても
江戸時代に実在した全盲の天才学者の話と聞き、ずいぶん遠い存在だなあと思っていた。でも著者の手にかかれば、高潔な偉人伝ではなく、人生に悩み苦しみのたうち回る、ひとりの男の物語になるのだ。見えないことで突き放され、見えないことで神聖視され、保己一の心を知ろうとする者はいない。相手の表情を読めない保己一もまた、周囲を理解することに壁を感じている。分かり合えず、すれ違い、それでも人と生きずにはいられない。人間の傲慢さを腹の底まで描ききった、傑作だった。
三村遼子 今号をもって5年ぶり2度目のダ・ヴィンチ卒業となります。何度目でもさびしいものはさびしい。お世話になった皆様、ありがとうございました!

保己一が信じたものとは
盲目の天才学者・保己一が抱える深い苦悩や、彼を取り巻く人々の叫びまで聞こえてくるような凄まじさだった。目の見えない保己一は、目明きと分かり合うための唯一の術として、言葉と学問にこだわり続け、才能を発揮する。しかし、そんな彼を待っていたのは、身内からの容赦ない裏切りだった。保己一が真に分かり合い、信じたものとは何だったのだろうか。人間の矛盾や差別と向き合いながら、見えるもの、見えないものの間でもがき続ける彼の姿は、私たちの心を揺さぶる。
久保田朝子 いろんな街をウォーキングしていると、最近ドーナツ屋が増えているような気がします。歩けば新店舗を見つけ、新たなブームを実感。

この世の“真”が見えているか
盲目の保己一は、他者と「分かり合いたい」と願う。目が見えないからこそ、“真”を教えてくれる人を求める。言葉によって目明きと分かり合えないことを悟れば、家族という関係性を、血の繋がりを、と信じられるものを探し続ける彼の姿が切ない。たとえ目明きだとしても、“真”が見えているとは限らない。都合よく見ているもの、見て見ぬふりをしているものだってある。「見えるか、保己一」――彼にのみ向けられた問いではない。この目に映る世界は果たして“真”であろうか。
前田 萌 筋トレにハマっています。筋力がついて代謝が上がったからか、ご飯を食べてもすぐにお腹が空くように。健康的な生活を維持したいです。

見えているとはどういうことか
音を聞いて、匂いを嗅ぎ、手触りを確かめる。目の見えない保己一は、そうやってこの世の真実を探るように生きてきた。そんな彼を目明きのものたちは「我々には見えぬものまで見えている」と絶賛し、「素敵」に仕立て上げる。しかし、保己一自身を見ていた者は一体どれだけいただろうか。人は自分の都合の良いように相手を見る。それは、目が見えていようがいまいが同じだ。だからこそ人と人が分かり合うことは難しい。私はどれだけこの世が見えているだろうと考えずにはおれなかった。
笹渕りり子 Netflix特集を担当。取材させていただいた方々のおすすめ作品をひたすら見る日々。見終わったかと思えばレコメンド機能でまた次の作品へ……。

「天才学者」を「超人」にはしない
私たちが今様々な古典文学に触れられるのは、江戸の天才学者・塙保己一のおかげ。しかも保己一は、盲目だった。そんな保己一を「超人」として描いていないところが、本作の魅力だ。例えば第三章、盲目の学者とそれを献身的に支える妻の話――ではない。妻は、そういう“偏見”に、何を思っているだろう。一歩想像すればわかりそうなことが、「天才」の言葉で掻き消えていたことを思い知る。まるで「見えているか?」と、問われているようだ。生身の人間としての保己一に、刮目してほしい。
三条 凪 健康診断シーズンです。貧血解消のため、鉄分入りの飲むヨーグルトを箱で購入。10本入りで、消味期限まであと13日……結構頑張って飲まなければ!

私たちの目が映すもの
盲の人には“見えぬ”苦労があり、取り囲む目明きの人には“見えるがゆえ”の辛さがある。盲と目明きのあわいで生きる保己一というひとりの「目」があぶりだしたのは、周囲に生きる人間の善意や期待と、その影にひそむ心の湿り気。その希望と湿り気が生み出す「見えるか」という言葉には、保己一への愛憎がにじむ。私はそれらの語りを通して、これまで目に見えるものだけで世界を理解したつもりになっていたのではないかと自問する。まさに、世界を見る「目」が変わる一冊だった。
重松実歩 本書で印象的だったのはお丁さんと輝明という保己一に揺さぶられ続けたふたり。歴史の語られない余白にたたずむ、こういう人たちに心打たれます。

交じれども、混ざらぬ
見えているかのように、と保己一は繰り返し語られる。実際彼は驚くほど周囲を理解している。それでも、決定的に彼は「盲」なのだ。何不自由なくも思える振る舞いからは、なのにどうしようもなく「見えぬ」ことが、その痛みやもどかしさが伝わってくる。見えぬ目を通した、喜びや興奮もまた強烈に伝わってくる。物語のほんの一字の記憶違いがそれほど怖いか。版木の文字がそんなにも素晴らしいか。見える者と見えぬ者が相対し生じる境界、そこに浮かび上がる功罪を描く力が凄まじかった。
市村晃人 点字って6個の点じゃ63通りの情報しか表せなくて日本語無理では、と思って調べたところ、場合によって2枠で1文字を表すとのこと。奥深いです。
