ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、武田綾乃『ここはこどものいない国』

今月のプラチナ本

公開日:2026/7/6

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年8月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!

誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

(写真=首藤幹夫)

★今月のプラチナ本
『ここはこどものいない国』

武田綾乃 
講談社 2475円(税込)
2226年、人間が工場で「生産」される日本。愛玩用赤ちゃん・ペットベイビーの生産工場で働く美奈子には家族育ちという重大な秘密があった。美奈子のように母親から生まれ、手作りの料理を食べて育った「自然派」は時代錯誤とされていた。だが職場に、現代ではまれな「妊娠」をしている後輩が現れた。二人の出会いが、静かな日常を壊し、美奈子の運命を激しく突き動かしていく――。

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たけだ・あやの●1992年、京都府生まれ。2013年『今日、きみと息をする。』でデビュー。「響け!ユーフォニアム」シリーズほか、21年に吉川英治文学新人賞を受賞した『愛されなくても別に』など著書多数。マンガ原作を務める『花は咲く、修羅の如く』も連載中。

【編集部寸評】

ときには無駄を選択しうる余裕がほしい

効率的に管理された世界では、紙の本は古典とされ、食物は完全栄養食のスティックバーで補われ、赤ん坊は愛玩動物化されている。味気ないかもしれないが、他者と足並みを揃えた安定はなかなか捨てがたい。現実も同じだし、今後も加速するだろう。いつだって生きることは面倒だ。それでも人は何かをケアしたいという痛烈な欲求を持つ。数字に表せない無駄を選ぶ贅沢――それは文化であり知性だろう。美奈子と伊藤は選んだ。この世からあらゆる無駄が排除されないことを願い、本を閉じた。

似田貝大介 本誌編集長。食事会が続いたせいか、珍しく体調を崩して週末を寝て過ごす。普段は外に出ないと気が済まない性分だけれど、何もせずのんびりもいい。
 

ストレスのない世界の違和感

本作で描かれる2226年は、あらゆる苦痛が排除された世界だ。出産の痛みや面倒な食事作りなど、日常のストレスが消え、効率化されている。だが、それは成長や未来への希望すらも奪われた世界とも言える。工場生産の子と自然出産の子の間には明確な差があり、就く仕事や年収まで分断されている。そんな世界で、工場生まれで自然出産に憧れる伊藤と、自然出産の美奈子が魅かれ合う。「愛って、温度ですよ」伊藤の言葉を噛みしめる美奈子。2人が苦しみながら出した結論に胸を打たれる。

久保田朝子 ちいかわ特集を担当しました。特別付録として、かわいいクリアファイルがついています。ぜひたくさん愛用していただけたら嬉しいです!
 

出産の必要のない世界で生きるとしたら

科学技術によって出産の工場生産化が可能となり、子どもを産む必要がなくなった社会において、妊娠・出産のハードルは高く、世間は冷たい。親はもはや古典の存在となり、医者でさえも出産を扱った経験がない世界で、それでも伊藤は子どもを望む。つわりに苦しみながらも、その理由について「分かりません。多分、本能です」と語る彼女の姿に問いかけられる。妊娠・出産とは、子どもとは、この世界に生きていたとしたら――。とめどなく溢れる問いに身をゆだねながら、考え続けたい。

前田 萌 タバスコにハマり、特大サイズのタバスコを仕入れました(350㎖×2本)。賞味期限は2030年。2〜3カ月はもってくれると良いのですが……。
 

「不完全なものも大事にしたいんです」

生活のほどんどが効率化された環境で生きてきた伊藤の言葉だ。その後にこう続く。「社会からはみ出てるものも、ちゃんと自分の目で見て、自分の手で触れて、その存在を確かめたい」。本作で描かれる200年後の日本では、身の回りのことはほとんどAIに任せられる。それはさぞ快適な世界だろう。しかしだからこそ、現代の非効率な生活の営みを日々こなしていく人々を思うと、奇跡を感じざるを得ない。果たしてどちらの世界で生きることが幸せなのか。今と未来の生活に思いを馳せる。

笹渕りり子 通っているフラダンス教室の発表会があった。出番直前に極度の緊張を感じたものだが、200年後は緊張もコントロールできたりするのだろうか。

 

真に「生きる」とはどういうことか

2226年を舞台とした本作では、あらゆるものが効率化されている。睡眠は1日3時間、食事も完全栄養食、ホルモン治療で生理や性欲はなくなり、子どもも工場生産に。手間は減り、自由に使える時間は増えたかもしれない。でも、本当にこれでいいのか? と、頭のどこかで警鐘がなる。そんな世界で、自身が自然出産で生まれた美奈子と、自然出産に憧れる伊藤の衝突と愛は、今を生きる私にも眩しく見える。生物として存在するだけではない「生きる」とはどういうことか、考えさせられる。

三条 凪 食事の全てが完全栄養食になったら嫌だなと思う一方で、それってどんな味なのかしら……と想像を巡らせています。食い意地が張りすぎている。
 

無駄だけど、無意味じゃない

料理や出産、三大欲求すら非効率とされた世界を描く本作。だが、作中で自分らしく輝く主人公たちは、葛藤を経て「無駄」を選び取る。不慣れな自炊や恋愛に振り回されては、頭を抱える私の日常も確かに無駄だらけかもしれない。だが、そんな日々が私を私たらしめる。不便も不安定もない画一的な生活は、誰が生きてもきっと同じになるだろう。「楽さと楽しさは、字面が似ているだけで程遠い」という言葉と、何かを選択した主人公たちの姿から、無駄ばかりの現実の愛おしさを教わる。

重松実歩 お酒と散歩と睡眠を愛する自分からすると、本作の世界は耐えがたい。まだ眠くないのにとりあえず布団に入ることの幸せたるや、言葉に表せません。
 

本能的な違和感の正体は?

子どもは安定的に供給され、愛らしさだけを抽出した赤子を“飼う”こともできる。出産を考えなくてよいから同性・異性の隔てなく結婚率は9割にのぼる。現代の日本からしたら光明ともいえる幸せで安定した未来図――だと感じる人はどのくらいいるのだろうか。本能的な違和感が残ったならば、その「本能」の何たるかという問いに本作は一つの答えを示す。子どもを持つかは人による。だがその選択ができるならきっと通るであろう葛藤の正体が、丁寧に言葉で紡がれていて気付きとなる。

市村晃人 子どもは泣くのが仕事。寝るのが仕事。学校行くのが仕事。どれもよく聞く言葉ですが、確かに自分はどれもしなくなったなぁと思う今日この頃です。
 

理想郷が突きつける、命を産む責任

効率化された社会において、子育ては最も非効率な営為だ。「家族育ち」を引け目に感じている美奈子と、家族に憧れる「工場育ち」の伊藤、二人の出会いが運命を大きく変えていく。伊藤が出産への純粋な興味を抱く一方、「お母さんはどうして私を産んだの」という美奈子の問いは、人を産み育てる責任を読者に突きつける。人間が欲求から解放された理想郷を描くとともに、手間をかけて生きる豊かさが逆説的に浮かび上がり、二つの価値観の狭間で苦しむ美奈子の姿に心を揺さぶられる。

今村瞳子 一人暮らしを始めてこの方、自炊にはまっています。どんどん調味料が増えており、ラックを埋め尽くす勢いです。まだ机も買っていないのに……。

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