着想のきっかけは本誌での対談! カタコトでかわされる会話劇の行く末は『死の笛』【坂元裕二 インタビュー】
公開日:2026/9/4
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年9月号からの転載です。

〈お父さん、探すがする。おまえ、殺すがした犯人の人。それがため、お父さん、軍隊の入りますした〉。ヨヨコ、と娘の名を呼ぶカノオという男の独白から始まる戯曲「死の笛」。戦地の厨房で兵士のために食事をつくるカノオと、敵国の調理人・ウスダの会話劇である本作は、坂元さんが脚本を担当したドラマ『初恋の悪魔』がきっかけで生まれた。
「出演者の安田顕さんと林遣都さんで二人芝居をしようという話になり、ご依頼をいただいたんですね。僕はそもそも、俳優が決まらないと書きはじめられないのですが、安田さんのことを考えたとき真っ先に思い出したのが、『ダ・ヴィンチ』で対談したときのことでした。嫌いな人はその人の靴を見るだけでも腹が立つ、とおっしゃっていたのが印象的で、そこから着想を得た芝居なので、カノオはずっと靴をもっています。厨房で働かせることにしたのは、僕がキッチンやダイニングテーブルが好きで、日常と非日常のまじりあう場所として描くことが多かったから。戦場でごはんをつくっているのって、ちょっとおもしろいよなあという思いつきで、緩衝地帯でそれぞれ敵と味方なのに一緒に料理をつくる二人にしようと。そして、夏公演であることは決まっていたから、ホラーっぽくするのが定番かなと幽霊を登場させるというふうに、思いつきを組み合わせていきました」
タイトルの「死の笛」は、古代アステカ遺跡から発見された、人の頭蓋骨のような形状の笛をあらわす。まるで人が悲鳴をあげるようだというその音色は、劇中でも効果的に響きわたる。
「メキシコが好きで、何かの折に存在を知ったとき、非常に演劇的だなと思ったんですよね。映像で使っても怖くはならないだろうけど、劇場で吹いたらきっとおもしろいだろうなと、いつか使ってみたかった。ただ、最初の仮タイトルは『戦いたくないのではない、働きたくないのだ』だったんですよね。僕はもう、とにかく働きたくないと思いながら日々を生きているから。労働者の話、というのは安田さんと林さんの二人に似合う気もしたので、労働しながら会話している姿を思い浮かべながら書いていきました」
カタコトでかわされる会話劇の、そのわけは
二人の会話は、いっぷう変わった、カタコトの言語でかわされる。言語を解体していくおもしろさについては、本作に収録されている安田さんとの対談でも語られているが、なぜ、本作で採用しようと思ったのか。
「そもそも僕は、人はあまり他人の話を聞いていないと思っていて。条件反射でうなずき、返事をしているけれど、何を言っているかわからないままスルーしていることも多いし、相手の真意を必ずしもくみとれているとは限らない。意味のわからない外国語で話されたほうが、一生懸命、耳を傾けようとするから、ちゃんと響くような気もするんですよね」
知っている言語だからこそ、右から左へ流れてしまう。それは、演劇でも同じだ。
「セリフを書きながら僕はいつも『果たして観ている人のなかに残るんだろうか』という疑問を常に抱いています。だからこそ、どうすれば身を乗り出して登場人物たちが話していることを聞いてくれるのか、挑戦するつもりでセリフを練る。カタコトは、スムーズに話すことができないという点でデメリットのように感じるけれど、人は登場人物に弱点があるほうが共感するし、たどたどしく話している人の言葉は聞いてあげなきゃいけないとも思う。そういう意味で、カタコトは創作において強い言語なのだと感じます」
劇中で、たとえ話のような、本筋とはちょっとズレた会話のおかしみが入るのも、その一環だろうか。
「それはアメリカ映画の影響が大きいですね。日本映画はとくに、ストーリーと関係のないことを話し出すのをきらう傾向にありますが、気の利いたジョークを言って日常の会話をおしゃれに楽しむ姿を僕は書きたいなと思うんです。そもそも僕は、演劇にしろ映画にしろ、ストーリーを重視して観たことがないんですよ。観ながらすぐ考え事をしてしまうし、寝てしまうし、翌日になると展開を忘れてしまっていることも多い。頭から終わりまでちゃんと見なきゃいけない、という意識もない。絵画を細部の配置まで見ることがほとんどないように、ふと目にしたときになんだか気になる会話をしている、おしゃれで素敵だな、と感じられることのほうが大事な気がするんです」
たいていは強い動機などなく人はなんとなくで生きている
その、ストーリーに対するアンチテーゼは、本作にも映し出されている。カノオは、娘の復讐。ウスダは、恋をした研究所の女性。それぞれに戦地の厨房で働く理由があるということが、カタコトだからこそ切実な想いをもって伝わってくるのだが、物語の後半、そのすべてをひっくりかえす展開が待っている。
「ストーリーがないのは、だめなんですよ。やっぱり観ている人は物語が展開するのを望んでいて、会話は焦らすために存在しているのだから、何もかもすっ飛ばしておしゃれな会話だけしたところで、聞いてはもらえない。だけど一方で、ストーリーを構築するために、登場人物のあらゆる言動に動機をもたせて、何かを背負わせることには抵抗があるんですよ。今ここにいることにどんな意味があるのか、なんて、いつどの瞬間も考えているわけではないし、人間ってもっと、なんとなく生きているものだと思うから、伏線回収みたいなことをしているときは、本当にいやそうな顔をして書いていると思います。働くこともそうだけど、何かに急き立てられるのって、心が削られるでしょう。好きだったはずのことも義務になると苦しい。何も起きないほうがラクだし、確固たる動機なんてないほうが自然だけど、それでも人は自分が行動するための道筋を理由をつけて組み立てようとすることで生きていくから、大変なことだよなあと思います」
だから、坂元さんは、なんでもないような瞬間を描くのだ。意味があるようで、ない。ないようで、ある。そんなたゆたう一瞬の幸福を、ストーリーのなかにしのばせる。
「ストーリーやキャラクター性が強いことも、どうしても求められがちなんだけど、人の性格もはっきりわける必要はないと思うんですよね。ヨガをしてオーガニックな食事をこころがけているから意識高い人、として描くのではなく、それなのにポイ捨てはしてしまうような人の一面のほうに僕は興味がある。そういう意味では、確かにエピソードの積み重ねは大事なんだと思うんですよ。だからなに、ってことをあんまり、描きすぎたくないだけで」
でも、だからこそ、私たちは深読みしたくなってしまうのだ。坂元さんが残したたくさんの余白に、意味を見出したくなってしまう。カノオとウスダが背負わざるを得なかったものに心を寄せながら、自分だけのストーリーとして大事にしたくなる。
「この作品は『世にも奇妙な物語』みたいなものだし、テーマもわかりやすいと思いますよ。戦地を舞台にして、戦争反対のメッセージがこめられないわけ、ないですしね。読むより、劇場で観ていただくほうが圧倒的におもしろいと思うけど、どうしても芝居は限定的に共有されるものだから、ふだん戯曲を読まない方にも手にとっていただけたらと思います。あとはやっぱり、演劇をやっている学生さんたちの役に立つことができたら。二人芝居なので、敷居は低いはずだから、いろんな方に挑戦していただく機会になって作品が広がってくれたらうれしいです」
取材・文:立花もも 写真:首藤幹夫
さかもと・ゆうじ●1967年、大阪府生まれ。87年、第1回フジテレビヤングシナリオ大賞を19歳で受賞しデビュー。手がけた作品にドラマ『Mother』(橋田賞)、『それでも、生きてゆく』(芸術選奨新人賞)、映画『怪物』(カンヌ国際映画祭脚本賞、読売文学賞)など多数。近作に映画『片思い世界』『ファーストキス 1ST KISS』など。

『死の笛』
(坂元裕二/河出書房新社) 2200円(税込)
殺された娘のかたきを討つため、戦地の厨房で働くカノオは、ある日、敵国の調理人・ウスダと出会う。厨房だけが緩衝地帯のため、同じ場所で働いているのだ。ともに重労働に耐えながら、ウスダの恋の相談に乗りつつ、友情めいたものを感じはじめる二人。ところが厨房で見つけた「死の笛」を吹き、奇妙な電話がかかってきてから、カノオの様子がおかしくなり……。
