“ドラ泣き”再び!『コロコロ』やネットで大反響! 藤子・F・不二雄“最後の弟子”による感動秘話。未発表ストーリーがついに解禁!【前編】

アニメ・マンガ

2017/8/28

 『ドラえもん』『パーマン』『エスパー魔美』…数々の名作を生み出し、1996年に世を去ったマンガ界の巨星、藤子・F・不二雄。その最後の弟子で、ドラえもんをきっかけにマンガ家を目指したむぎわらしんたろうさんが、師との思い出を描いた『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』(むぎわらしんたろう/小学館)を刊行しました。『月刊コロコロコミック』5・6月号に掲載され、大反響を呼んだこの作品について、むぎわらさんにインタビュー。秘蔵エピソードが満載、全ドラえもんファン必読の内容を前後編でお届けします!

――『ドラえもん物語 ~藤子・F・不二雄先生の背中~』、感動しました! 今日はF先生との思い出をたっぷりうかがいたいのですが、まずはむぎわら先生がF作品に出会ったきかっけを教えてください。

むぎわらしんたろう氏(以下、むぎわら) 小学校の低学年くらいかな。ちょうど『ドラえもん』の単行本10巻が出たタイミングで、それをたまたま親に買ってもらったんですよ。なんて面白いんだろうとびっくりして、それまで出ていた巻を買い揃え、友だちにもこんな面白いものがあるんだと薦めました。当時は同世代で知ってる子があまりいなかったんですよ。

――『ドラえもん』のどこに一番心惹かれたんですか?

むぎわら 作品がすごく身近に感じられたんです。ドラえもんが本当に自分の友だちで、一緒に遊んでくれるんじゃないかという気がしました。マンガの真似をして、押し入れで寝てみたり、机の引き出しに足を突っこんだり(笑)。のび太を自分に置き換えて、こんな「ひみつ道具」があったらいいなとか、マンガの中で夢を叶えてもらっていたんだと思います。

――マンガ家になろうと思ったのも、ドラえもんがきっかけなんですよね。

むぎわら 絵を描くのは子どもの頃から好きでした。単行本を見ながらドラえもんを描くようになって、F先生みたいなマンガ家になりたいと考えるようになりました。そのうち『コロコロコミック』が創刊されるんです。『ドラえもん』が200ページも載っているという、ぼくにとって夢のような雑誌(笑)。毎月発売日を待ちわびて買っていたんですが、そこに「藤子不二雄賞」というマンガ賞の募集が出たんです。この賞を絶対とるんだ! と心に決めて、応募資格のある15歳になってからは毎年応募していました。

――そして19歳で見事藤子賞に入選されます。授賞パーティでF先生と初対面を果たしたそうですが、その第一印象は?

むぎわら 輝いて見えましたね。小学生の頃から憧れていた存在ですから。『コロコロ』ではよく写真を見ていたので、当たり前なんですけど「写真と一緒だ」と感動しました(笑)。緊張してご挨拶するのがやっとでした。

――その入選がきっかけとなって、のちにF先生の藤子プロに入社されるわけですよね。

むぎわら 賞をとってすぐに「F先生のところでアシスタントを探しているから手伝わないか」と、『コロコロ』編集長から連絡がありました。ぼくが『ドラえもん』の大ファンだったというのと、下手くそだから一度ちゃんと修業させた方がいいという意味もあったんじゃないかな(笑)。

――それで専門学校を中退して藤子プロに入社されます。進路については悩まれたのでは?

むぎわら 専門学校があと1年残っていたので、卒業まで待ってもらえるとありがたいな、と内心思っていました。でもいざ面接に行ってみたら藤子プロは出勤時間も決まっていて、朝の10時から夜の6時まで。これは片手間ではできないなと思って、中退を決意しました。F先生から直接、「今月ドラえもん描くから手伝ってもらえますか?」と言われたらとても断れないですよ。

――マンガの神さま直々のオファー! それは行かざるを得ないですね。

むぎわら そのまま専門学校に顔を出して「F先生に誘われちゃいました」と報告したら、担任の先生が、退学届を持ってきて「これに書いて出せ」って(笑)。『コロコロ』編集長からも「マンガ家になりたいなら、専門学校に行くよりプロの現場に入った方が早道だよ」とアドバイスされましたね。

――『ドラえもん物語』を読んで驚いたんですが、藤子プロは規則正しいんですね。マンガ家さんの仕事場というと連日徹夜というイメージがありますが……。

むぎわら 先生がきちっとした方でしたから。アシスタントも急ぎの仕事がなければ、6時くらいに帰ってました。

 F先生は会社で徹夜はなかったと思いますが、ご自宅ではお仕事をされていたようです。先生から原稿が出はじめるとスタッフは忙しくなって、締切前に泊まり込んだりということはありました。

――普段のF先生はどんな方でしたか?

むぎわら すごく寡黙な方で、必要以上のことはしゃべらないですね。スタッフの作業部屋と先生の個室は別なんですけど、出勤してくるとすぐに自分の部屋にこもられるので、どう過ごされているのかアシスタントも分からない。お茶を持って行くときに、たまに仕事ぶりをそっと覗き見するという感じでした。F先生のペンの持ち方は独特なんですよ。それで椅子の上にあぐらをかいて描かれていましたね(笑)。

――F先生とご飯に行ったり、一緒にお酒を飲んだりという機会はあったのでしょうか?

むぎわら あまりなかったですね。せいぜい忘年会や新年会で、スタッフが先生を囲んでお食事をするくらい。F先生はそういう席だと必ず手品を披露してくれるんですよ。

――それはすごい! 手品がお得意だったんですか?

むぎわら いや、別に得意じゃなかったですけど(笑)、手品が好きだったようです。新聞紙をたたんで水を注ぎます、その水が消えます、とかいってジャバーッと床にこぼしちゃったり(笑)。そういうのをよく見せてくれましたね。だから忘年会のある日だけはF先生の出社が遅れるんです。どこかで手品の道具を仕入れてくるんでしょうね。それを説明書を読みながらよくやってくれました。(後編につづく)

後編ではF先生が亡くなる直前まで手がけていた大長編『のび太のねじ巻き都市(シティー)冒険記』にまつわるエピソード、むぎわら先生が『ドラえもん物語』に込めた思いなどについてうかがいます!

取材・文=朝宮運河 写真=山本哲也