「一発屋芸人」列車は一度乗ったら降りられない…髭男爵・山田ルイ53世が見た、“消えていった”芸人たちのその後の人生

エンタメ

2018/6/10

「一発屋芸人」とは、時代を象徴するひとつの社会現象なのかもしれない。

 ある者は「流行語大賞」を受賞、ある者は『紅白歌合戦』に出演。連日のようにテレビ出演。間違いなく一世を風靡した。しかし、今、はたして当の本人たちはどこにいるのだろうか。

 そんな彼らの「今」を書いたノンフィクション作品『一発屋芸人列伝』(新潮社)が発売された。

 著者は、自らも「一発屋芸人」である髭男爵の山田ルイ53世。

 当作品は、「第24回 編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」で、石井妙子氏による『小池百合子研究 父の業を背負って』と並んで作品賞を受賞した。

 その賞の名が物語る通り、この作品に描かれているのは、単なる芸人の悲しい独白でもなければ、サクセスストーリーでも、美談でも、お涙ちょうだいの感動物語でもない。

 彼らが、諦めず、もがき、“芸人”として生きる等身大の姿だ。

 本記事では出版を記念して、山田ルイ53世にインタビュー。彼はなぜ、同業者である芸人を、それも同じ境遇にある「一発屋」を取材しようと思ったのだろうか。

■自分を「一発屋」だと認めること

――「一発屋」というテーマながら悲壮感もなく、いい意味でカラッとした読後感だったのが印象的でした。

山田:悲壮感がないと思っていただいたのであれば、それはここに載っている芸人さんたち自身が今の現状をそんなに捨てたもんじゃないと思っている、ということだと思いますよ。

 僕は、聞いた話をそのまま写経するかのような気持ちで書きましたから。本当は惨めなのにユーモアを交えて明るく描く、なんてことは一切していないです。

――ただ、世間的には「一発屋」という言葉にはどうしてもネガティブなイメージがあると思います。みなさん、「一発屋」だと自称することにためらいはないのかな、と思いました。

山田:それはもう、みんな幾多の葛藤を乗り越えて、今に至るんですよ。まず「俺は違う。一発屋なんかじゃない。まだまだできる」っていう苦しみがあって、それでもその葛藤から逃げずに咀嚼して、最後にゴクリと全部飲み込んでしまう。そうしてやっと自分のことを一発屋だと認められるんですよね。一発屋くくりの番組企画なんかにも出られるようになる。

――ちなみに、山田さんご自身は、その「ゴクリと飲み込んだ瞬間」というのは覚えていますか。

山田:瞬間というのは覚えてないですけど、ただ単純に、諦めているんですよね。

――諦めるというのは、売れることに対してですか?

山田:端的にいえばそういうことです。あくまで、自分に限ってですが、たとえば現時点だと、僕はもう毎日のようにテレビに出ているような絵図は頭の中にない。そもそも、そんな能力は自分にない、無理だと。こう言うと後ろ向きのように感じられるかもしれないですけど、これはこれで生きていく上で大切なことだと思っていて。芸人に限らず、ね。

――私たち一般人にとっても、ということですか。

山田:そうそう。なんか今の世の中って全体的に、諦めさせてくれない感じあるでしょ。自分が主人公でキラキラしていないとダメ、みたいな。そういう圧が強すぎるなと思うんですよ。

――それはたしかに。諦めたいけど、諦めきれなくて苦しんでいる人も多そうです。

山田:諦めきれない理由のひとつに、失敗するまでの時間が遅い、というのがあると思うんですよ。つまりそれはそこに時間や力を注いでないってことです。だから僕らはもっと早いうちにたくさん失敗しておくことが必要だと思うんですよね。

――中途半端な状態で諦めきれずに苦しんでいることは多いかもしれません。

山田:自分で自分を諦めてあげる、諦めるために早めに失敗する、そこは頑張りましょう、と思いますね。

 そういう意味でいったら、ここに載ってる芸人さんたちがすごく立派だなって思うんですよ。あれだけ大きく勝ったあとに、これだけ大きく負けて、それでもそこから逃げることなく事実を飲み込んで……もう喉焼ききれてると思うんですけど。

――売れることを諦めながらも、芸人を続けていく。ここを両立できることはすごいなと思いました。

山田:あくまで自分はということですが。まあ、中にはハローケイスケさんのように「諦めるにはまだ早い!」ではなく、「諦めるにはもう遅い……」という悟りの境地に達した方もいますが(笑)、それもまた格好いいですよね。俺にはもうこれしかできないからという腹のくくり方。

 みんな何かしら新しいことをしようと思っているので、それが二発目として花開くか、失敗してしまうかはわかりませんけど、いずれにしても次の新しいステージにはいける。そういう生き方はいいなと思いますね。

 この本はサクセスストーリーではないけど、そういう「いい溺れ方」は学べると思います。誰しも快適な環境で思う存分にクロールで泳げるわけではないですから。

■なんでも美談にしたがる世の中

――早く失敗した方がいい、というお話がありましたが、以前山田さんが書かれた『ヒキコモリ漂流記』もある意味「失敗」の物語ですよね。そういった人生経験はご自身の考え方や価値観に影響を及ぼしていると感じますか。

山田:多少は影響しているところはあると思います。それこそ人生失敗して履歴書ボロボロで「もうお笑い芸人以外の道はない」という理由があったから続けてこられたわけで。

 ただ、これは『ヒキコモリ漂流記』を出した直後のときもそうだったんですけど、取材する人たちがみんな僕の引きこもりだった6年間を美談化しようとするんですよね。「あの6年間があったからこそ今の山田さんがあるんですよね」みたいにひらひらのレースで縁取りしようとする。

――あ、まさに先の私の質問ですね……

山田:これは僕個人の感じ方で他の引きこもりの方がどうかはわからないんですけど、僕にとってあの6年間は完全に「無駄」だったんですよ。だって、せっかくなら友達と一緒に勉強したり遊んだりして充実していた方が絶対に良いと思うから。後悔しかない。そうやって僕が無駄だったと言っていることすらも美談化しようとする世間にゾッとしちゃったんですよね。後悔さえさせてくれない。

――たしかに言われてみると、『ヒキコモリ漂流記』に書かれていることって、友達の大きく育った朝顔を自分の手柄にしようとして引っこ抜いたり、大家さんが孫からもらったザリガニを茹でて食べたり、正直「美談」とは程遠いエピソードが多かったですね。

山田:そう、僕はもう根っから腐ってたし、そうやって生きてきたのだから勝手に綺麗にしてくれるなって気持ちが強かった。世の中ってとにかくキラキラさせたい圧力がありますけど、無駄は無駄でええやん、と思う。まあ、美談の方がお金になるっていうのは分かりますけど(笑)。

――わかってても飛びつかないんですね。

山田:まあ、もう色々と引き返せないですからね(笑)。これも味ということで。

■書くことの原動力は私怨です(笑)

――『一発屋芸人列伝』を読んでいて思ったのが、これは特に誰を読者に想定して書いていたのだろう、ということです。一発屋芸人に向けてエールのような気持ちが入っていたのか、それとも自分たちのことを忘れ去った世間に対しての怒りだったのか。

山田:書いているときの原動力ですか……エール、いやまあ、私怨ですかね(笑)。

――誰に対してのものですか?

山田:世間一般というか、SNS等で血気盛んな一部の方々でしょうか。よくないと思いつつも、結構頻繁にエゴサーチをしてしまうものですから(笑)。どうしても「消えた」とか「死んだ」みたいな内容の投稿が目に入ってしまう。

 それ自体も勿論いい気はしないし、腹が立つこともあるんですけど、その中でも特に「おもんない」っていうのがね、「いや、おもんないは絶対違う!」って言い返したくなるんです。面白いから売れたし飯食えたんや、と。いや、ほんと格好悪い。自分で言うことではないですが。

――書籍の中にあったレイザーラモンHGさんの言葉で、面白くなくなったんじゃなくて知りすぎただけなんだ、という話もありましたね。

山田:それは本当にそうで、今回取材させていただいた芸人さんたちって、みんなすごい笑いのギミックを発明されているんですよね。たとえば一発屋芸人の特色として、忘年会や新年会などで一般の方が真似をする、というのがあるんですけど。

――ああ、よくある光景ですね。

山田:誰でもできるということは、非常に高いレベルでパッケージ化されているということでもある。いわば体験型アトラクションのような。それは実は凄い発明だけど、お茶の間の皆さんには関係ないことだし、わざわざ自分たちから言うのはみっともない。なら僕が犠牲になって言いましょうと(笑)。

――確かに一般人でもできる芸を作るってすごいですよね。

山田:ただ、自分でできちゃうと、リスペクトはされない。たとえば、和牛さんや銀シャリさんの漫才を一般の方がやることは無い。と言うか、勿論できない。そういう、しない・できないものに対してはリスペクトが生まれる。

 でも、一発屋芸人のネタは自分たちでできるから骨の髄までしゃぶり尽くした感が出てしまう部分があるだからこそ大きく売れた面もあるけど、一発屋芸人の消耗のされ方ってえげつないんですよね。

――なるほど。髭男爵さんだって、そもそも漫才なんですもんね。

山田:そう、実はそうなんですよ!!一回シルクハットとワイングラスを取り払ってみてください。結構ちゃんとした漫才してますから(笑)。これ以上はダサすぎるので止めておきますが(笑)。まあ、自分たちのことはともかく、他の一発屋が“おもんない”は違うということだけでも伝わればいいかなと。

■一度乗ったら降りられない「一発屋芸人」列車

――ちなみに、山田さんは今振り返ってみて、「あのときシルクハットを脱いでおけばよかったな」と後悔する瞬間などはありますか。

山田:これが、わからないんですよね(笑)。たぶんどのタイミングで脱いでも脱がなくても良かった。要するに分からない。周囲の方々にアドバイスを求めても、「それは、難しいな―……」と言葉を濁すだけで、誰もはっきりしたことは言わない。そもそも、他人事ですし、責任持てないから当たり前ですけど。2008年の頭くらいに本格的に仕事が増え始めて、それから半年後くらいだったでしょうか。まだまだ問題なく"売れている"時期に、大先輩の番組に出して頂いた。そしたらその方が開口一番、「お前らまだグラスもっとんのかい!!」とおっしゃったんですね。

――まだ売れて半年なのに……。

山田:くどいですが、まだ全然売れてたんですよ?スケジュールも随分先まで埋まってましたし、休みも無かった。なのでビックリして。まあ、その方というのは、明石家さんまさんですけど(笑)。あれほどの方になると、多分、頭の回転スピードが常人の比ではない。全く自分達と違う感覚、時間の流れの中で生きてるんだと。ただ唯一はっきり仰って頂いたんで、そのあとのいくつかの現場にグラスをもたずに出てみたんですよ。

――手応えはありましたか?

山田:まあ、ウケなかったです。当たり前なんですけど、グラスを持たないなら、代わりの武器を引っ提げてないと駄目なのに、手ぶらで現場に行った。凡人が天才の影響受けるとロクなことが無いと痛感しました。

 これはムーディ勝山くんとかがよくたとえで仰るんですけど、一発屋芸人っていうのは超快速特急の列車に乗ってしまうようなもんなんですよ。その年の大注目株という便に乗ってしまうと、途中どこにも止まらないまま突っ走っていく。"帽子を脱ぐ駅"、"ワイングラス持たない駅"には止まらない。

――自分ではコントロールがきかないんですね。

山田:そうなったらいくしかない。消費され尽くすまでやるしかない。僕らのシルクハットも、早く脱げば脱いだで「もう帽子なくていいと思ってる」と言われただろうし、被ったままなら被ったままで「まだやってんの」と言われてしまうんです、結局。

――乗ったら最後となると、もうそこで頑張りきるしかないんですね。

山田:ただ、もう一発屋芸人って生まれないんじゃないかな、って思ってもいるんですよ。テレビ番組の需要として「一発屋芸人」の存在が欠かせない何年間が過去にあって。"一発屋企画"が氾濫した時代があった。自分たちの能力不足は勿論、そういうご時世だったというのも少なからずあったと思います。

 そもそも、だんだんとその跳ね具合(ブレイクの度合い)が低く、飛距離(売れている期間)も短くなってきていて、いわゆる社会現象になるほどの芸人が出にくくなってきてる。「しばらく一発屋企画はいいか……」という雰囲気も作り手側に確かにある。昔に比べると今は良い意味でブレーキングがきいた状態かなという印象はあります。とろ火でコトコト煮込んでるから、噴きこぼれて火が消える危険も少ない。

■ひぐち君とは、いっそ70歳になっても同じ漫才してようか、って

――そういえば、山田さんって娘さんにご自身のお仕事を伝えてないんですよね。

山田:ええ、まだ言ってないですよ。

――気づかれないですか。

山田:薄々気づいてはいます。家にシルクハット転がってるし。数少ない出演番組を後生大事に録画している姿も見られているから、あるとき母親に「パパはぜったいテレビ出ている人だよね。じゃないとあんなに録画しないもん」って言ってたらしいです。とりあえず「すごい似てる人やね」でしのいでます。

――だいぶギリギリの攻防ですね。てっきり「雑誌ジャーナリズム賞」の受賞を機に言うのかなと思っていました。

山田:それもなんかいやらしないですか!?

――でも今後は賞をとったことで露出が増えるかもしれないですし、今以上に隠すのは難しくなる気がします…。

山田:娘に「一発屋であること」を説明するのが難しいんですよね。お笑い芸人やねんけど、そんなにテレビ出てないねん、みたいなね。また、それを知った友達のご両親とか、絶対にそれを肴に酒を飲むでしょ。想像するだけでゾッとする。

――そんなひどい人ばかりじゃない気もしますが……。

山田:まあ、ただ子どもが親の仕事を知らないまま育つっていうのはあんまりよくないかな、と思っていて。むしろ「書く人やねん」って伝えるのは良いかもしれませんね。それも本が山ほど売れてくれないと言いづらいですが。

――髭男爵としての今後の活動についてはどうですか。

山田:相方のひぐち君にはちょっと戸惑ってますね。最近ワインエキスパートの資格をとって活動もしているみたいなんですけど、ここ2年くらい僕に対してすごく真剣な目で「俺はワインでいく」って言うんですよ。ワインでどこいくねん、っていう。田崎真也さん的なポジションなのかな。

 いずれにしても、彼は今急速にお笑いの熱が冷めてますからね。今はボケでも突っ込みでもない、何か時折話を振ると「○○カッター」っていうだけの人と化しました。

――だいぶ特殊な立ち位置ですね。

山田:ただ、たまに話すのは、70歳くらいになってもシルクハットかぶって乾杯してるのは、むしろ逆に面白いんじゃないかってことですかね。だからずっと貴族のままでやってこか、と。HGさんの、面白いから売れたんだしそのままやっとけばええやん、という言葉もありますしね。まあ、そう言った当の本人たちはスーツ着て漫才をしているという矛盾はあるんですけど。

取材・文=園田菜々
撮影=山本哲也