「俺たちはファンの代表でしかない」――血みどろのリングの中で果てしない闘志をみせつける、デスマッチのカリスマ・葛西純インタビュー(前編)

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公開日:2018/8/25

ダ・ヴィンチ 2018年9月号

出版社:
KADOKAWA
発売日:

 蛍光灯、カミソリ、画びょう、ガラス、剣山、ハサミ……。ありとあらゆる凶器を使い、殴り、殴られ、リングを血の海に染めるデスマッチファイターたち。その頂点に立つのは、紛れもなく葛西純だ。なぜ、彼は“デスマッチ”というプロレスの中でもっとも過酷な舞台を選んだのか。

場外乱闘に魅せられて泣いた。プロレスラーにいちばんなりたかったのは、小学校1年のとき。

――どういうきっかけで葛西さんはプロレスに興味を持ったんですか?

葛西 亡くなった父親が好きだったんです。俺は北海道の帯広出身なんですけど、小学校1年生の頃、同じクラスの子が「今度、帯広に全日本プロレスが来る」と言ってテンション上がってるわけですよ。それとなく話を聞いていると、本当にでたらめもいいとこなんですけど、「ジャイアント馬場っていうプロレスラーがいて、背丈が家の二階ぐらいあって、リンクへ向かう時に人が触ると、老人であろうが子供であろうが容赦なく空手チョップをする」――そういう話をしていて、これはちょっとすごい、そんな人間がいるんだったら見てみたいと。父親に「チケット買ってくれよ」とねだったら、 昔、力道山が好きだったから連れてってやるということになって、従兄弟と一緒に行ったのが始まりですね。

――初めて生で観たプロレスはどんな印象でしたか?

葛西 全日本プロレスの世界最強タッグリーグ戦という冬の風物詩のシリーズで、とにかく外国人の数が多かったんです。ザ・ファンクス、ブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ、ザ・シーク、マーク・ルーインとか そうそうたる外国人レスラーがいた。 当時の帯広なんて、キリスト教普及の外国人がいるだけで珍しがるくらいの田舎でしたから、そんなところに、ブルーザー・ブロディみたいな髭モジャで鎖をぶん回すようなプロレスラーが来たら、驚きますよね。

――気になった選手はいましたか?

葛西 特別試合かなにかで、スヌーカ、ブロディ組対ジャイアント馬場、グレート小鹿組っていうカードがあって その場外乱闘中に、ブロディが小鹿さんを俺の座っている椅子にスイングしてきたんです。その迫力に参っちゃって泣けてきた。ブロディ、かっこいいってなって、そこからブロディとプロレスにイチコロ。小学校1年のときですね。こんな人間が地球上にいるのか、「プロレスすげー!」ってなって。

――それで、プロレスラーになりたいと?

葛西 その時がプロレスラーになりたい願望が一番強かったかもしれない。ただ、そのあと背があまり伸びなかったので、中学高校時代はやっぱり俺にはプロレスなんて無理なんだなーって思いましたけどね。

――その時、体は鍛えていたんですか?

葛西 中学高校時代は部活で柔道をやってました。部室にプロレスラーがよく練習でやっているベンチプレスがあったので、それをやりたいという気持ちだけで柔道部に入って。けど、その当時は痩せのガリガリでした。

エイズかもしれない。そう思ったとき、本気でやりたいことを考えたら、それはやっぱりプロレスだった

――卒業する頃はプロレスラーになる夢を諦めていたんですか?

葛西 高校卒業後にやりたい仕事もなくて。親父が建設業をやっていたので、その手伝いで建設業のバイトをずっとやってればいいかみたいな甘い考えでいたんです。それを見かねた担任の先生に「何かやりたいことがないのか」って訊かれて。プロレスラーになるなんて無理だと思っていたので、じゃあ上京してキックボクサーにでもなりたいですねって言ったんです。そしたら先生が、東京の警備会社に伝手があるから紹介してやるということなって、面接とテストを受けて、そこに決まりました。当時は、プロレスと並行して格闘技も好きだったので、キックボクサーになりたいという気持ちもあったんです。

――就職後、キックボクシングは始めたんですか?

葛西 会社の寮が川崎の鷺沼で。入寮して仕事も覚えて、そろそろキックボクシングをやりたいなと思って、寮の周りでボクシングジムを探したんですが、なかったんですよ、全然。どうしようと思っていたら、寮から歩いてに2~3分のところにボディビルのジムがあった。とりあえずはここに入って体を鍛えようとトレーニングしていたら、みるみるうちに体がでかくなっていくんです。縦じゃなくて横に。ジムの会長にも「この調子で鍛えてたらプロレスラーになれちゃうよ」と言われて。

――それで、自分でもちょっとその気になってきた?

葛西 そうですね。鷺沼のジムで1年ちょっとやったあとに寮が井の頭に移ったので、ジ厶もその近くのに変えたんです。そこのジム仲間に維新力さんという元相撲取りで後にプロレスラーになった方がやってるバーが吉祥寺にオープンすると聞いて、その店にいったときに維新力さんにプロレスラーのテストを受けてみたらと勧められました。

――それでプロテストを受けようと?

葛西 プロレスはずっと好きだったので、よく試合を観に行ってたんですが、練習生とか新人は俺と身長が変わらない。むしろ俺より低いんじゃないかって。それで迷っていたんです。そんなときに『ホットドッグ・プレス』の性病特集があって、何気なく警備員の待機室で読んでたら、HIVのチェックリスト項目にほとんど当てはまって。最近、体調も悪いし、これはヤバイと。さっそく検査を受けてみたんですよ。結果が出るまでの2週間の長いこと。いろいろ考えるわけですよ。これで、もしエイズだったら、俺の人生何だったんだろうって。エイズじゃなかったら、自分がやりたかったことを本気でやってみようと思った。そうしたら、それはやっぱりプロレスだったんですよ。結果、陰性だったので、これはもうプロレスラーになれってことだと思って、会社に辞表を出しました。その後、北海道に一旦帰って退職金を食い潰しながら体を鍛えなおしたり、プロレスの入門テストをうける準備をして……。

痛みの伝わるプロレスがしたい。強くはなかったけれど、痛みに耐えられる自信だけはあった。

――そのときから、デスマッチを志向していたんですか?

葛西 うちの親父って、プロレスファンを自負してたわりには「今の当たってねーよ」とか「今の技、そんなに痛くねえだろ」とか、そういう嫌な感じのプロレスファンだったんですよ。自分がやるんだったら、親父にそういうことを絶対言わせないようなプロレスをやりたいと思ったんです。当時、バチバチ蹴りとかパンチを当てるバトラーツっていう団体があって、そこにまず履歴書を送ったんですが、まったく音沙汰がなくて。これはもう、普通のことをやっていたら相手にされない、直接会場へ行ってテストを受けさせてほしいと頼んだほうがやる気が伝わると。それで実際にどこに行くかを考えたときに、デスマッチをやってる大日本プロレスに決めて上京したんです。

――大日本プロレスにはすんなり入団できたのですか?

葛西 新宿公園の電話ボックスから「2日後に後楽園ホールで試合があるらしいですが、履歴書を持って行くので入団テストを受けさせてください」と電話で頼んだら、タイミングがよかったのか「4時にはリングができあがるので受けに来てください」と言われて。テストは全部こなしたんですが、大日本の山川竜司さんに「お前は年齢(当時23歳)もいっているし、背も低いんだからあんまり期待しないほうがいいよ」と。なんだよと思いながら北海道に帰って合否を待っていたんですが、2カ月経っても連絡がこなかった。それで、大日本プロレスが巡業で帯広に来たときに会場に行って直接確認したら「合格合格!」って。俺の履歴書をなくしてしまって、連絡がとれなかったと言われました。

――デスマッチについてはどんなふうに考えていたんでしょうか。痛みに耐えられるという自信があったんですか?

葛西 当時はデスマッチ自体に、そんなにこだわりがあるわけじゃなくて。ただ、自分がプロレスをやるんだったら、痛みの伝わるプロレスをやりたかったので、大日本プロレスであれば、もうデスマッチしかない。痛みに耐えられるかといえば、そういう自信だけは無駄にありました。強くはなかったですけどね。今より体もでかかったので、もうイケイケでしたね。

――蛍光灯、カミソリ、画びょう、ガラスなど、さまざまな凶器が試合で使われますが、どれがいちばん痛いのですか?

葛西 痛いのは全部痛いですよ。たとえて言うのは、食べ物だと、焼肉も美味しければ、お寿司もラーメンもカレーも美味しい。それと同じで各々違った痛みがあるので、どれが一番とはなかなか言い難い。危ないっていう観点だと、ファイヤーデスマッチですかね。火はいちばん扱いが難しい。そのときの状況によって燃え上がったり逆に消えちゃったりしますから。他のアイテムはそのもの自体は変化しないので。

2009年11月20日 後楽園ホール 伊東竜二戦。この試合はその年のプロレス大賞のベストバウトに選ばれた

――凶器はレスラーの方々のアイデアで出てくるんですか?

葛西 凶器のことを言えば、正直いまネタ不足で。現時点で最強なのは蛍光灯ですかね。音も見た目も。派手に砕け散るし、受け身を取れば背中が真っ赤になる。いろんな点で蛍光灯がパーフェクトなアイテムなんじゃないですか。

――デスマッチの醍醐味とはなんでしょうか?

葛西 俺たちは殺し合いを見せているわけではなくて、死ぬかもしれない、大怪我するかもしれないという状況の中で、生きて帰るものを見せているんです。なんの訓練もしていない兄ちゃんたちが死ぬ気で闘っても、凄いことはやるでしょうけど、見ているほうには何も伝わってこない。デスマッチを観たことがない人には「あんなのは残酷なショーじゃないか」と言われるんですけど、観た人からは「これで明日から仕事頑張れます」とか「いじめられてたんですが、頑張って学校に行ってみようと思います」とか、そういう声を何人もの方からいただいて、それは嬉しかったですね。

8月28日(火) デスマッチカーニバル後楽園大会『20thアニバーサリーオブザデッド・ノーキャンバスリング&ガラスボードデスマッチ』
後楽園ホール大会  開場18:00 開始18:45
竹田誠志(王者) vs 葛西純(挑戦者) ほか
※第10代王者竹田誠志、2度目の防衛戦

取材・文=尾崎ムギ子、本誌編集部  
写真=江森康之 プロレス試合写真=大日本プロレス

この記事で紹介した書籍ほか

ダ・ヴィンチ 2018年9月号

出版社:
KADOKAWA
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4910059870980