挫折してきた僕だから伝えられる歌がある。シンガーソングライター・伊東歌詞太郎さんの人生、そして曲作りとは?

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公開日:2020/9/8

 ハッとさせられる歌声と、聴くたびに染み込むメッセージ。伊東歌詞太郎さんが歌う、TVアニメ『デカダンス』のエンディングテーマ「記憶の箱舟」である。今回の抜擢で、ネットとライブを中心に発信されてきた彼の音楽を知るファンの間に喜びの声が広がっている。また、この曲でファンになった人も多いのではないだろうか。

僕たちに似合う世界
『僕たちに似合う世界』(KADOKAWA)

 7月には、自身の人生を振り返り、音楽や生きることに対する想いを詰め込んだエッセイ本『僕たちに似合う世界』(KADOKAWA)を刊行。伊東さんの音楽をもっと深く知りたい人にとって外せない一冊となっている。

 この2つの作品に焦点を当て、その中に込められた伊東さんの想いを聞いた。

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(プロフィール)
伊東歌詞太郎/いとう・かしたろう

シンガーソングライター。ネット動画への投稿をきっかけに音楽活動をスタートさせ、現在の動画総再生数は8000万回超え。国内のみならず、中国ワンマンツアーを行うなど海外でも活動中。大の小説好きで、自身も2018年に小説「家庭教室」を刊行して6万部のヒット。ラジオのパーソナリティを務め、講演会を開催するなどマルチな活動を行っている。

ナツメと自分の重なる場所。それが“回想”だった

――『デカダンス』は原作のないオリジナル作品ですが、最終話までの絵コンテなどを読み込んだ上で「記憶の箱舟」を作られたそうですね。どのようにして、アニメを楽曲に落とし込んでいったのでしょうか。

伊東歌詞太郎さん(以下、伊東):じつは、アニメと自分の楽曲とのすり合わせというか、チューニングのような作業はほとんど必要ありませんでした。『デカダンス』はそれだけ設定や物語が面白かったし、作画も含めて受け取れるものが濃厚だったから。普段それほどアニメを観ないんですが、小説はよく読むので、僕にとっては小説の感覚で読み込んでピタッと自分の感じ方にハマるような作品でした。

デカダンス
TVアニメ「デカダンス」キービジュアル (C)DECA-DENCE PROJECT

――『記憶の箱舟』というタイトルにはどんな想いが?

伊東:「箱舟」はデカダンスのことだし、「記憶」は主人公のナツメが回想しているイメージです。ナツメは、さまざまなことを経験する中で、変わった部分もあれば変わらない部分もあって。記憶というのは経験。経験していけばいろいろなことが分かっていくようになる。だから、もし1年前に考えていたことが間違っていて、今は考えが変わってしまったとしても、以前の自分の考えが嘘になるということではない。それを伝えたいと思いました。

デカダンス
巨大な移動要塞「デカダンス」 (C)DECA-DENCE PROJECT

デカダンス
幼いころに父と右手を無くし、戦士になることを夢見ながらデカダンスで装甲修理人として働く少女・ナツメ (C)DECA-DENCE PROJECT

――ナツメの気持ちと、伊東さんの普段考えている気持ちが、重なる部分もあったそうですね。

伊東:ナツメは真っ直ぐなキャラクターで、周りの人から「あなたにはついていけない」とか「そんなに頑張っても世界は変わらない」って言われるんですが、それが僕自身の言われてきたこととよく似ていて。だから、この歌詞はナツメの回想であり、伊東歌詞太郎の回想でもあります。過去から見た今の自分、少し先の自分から見た今の自分、その両方からの記憶というか。

――アニメのタイアップ曲として意識することはありましたか?

伊東:アニメの世界と、伊東歌詞太郎っていうアーティストの世界をどう結びつけるのか迷った時に、どちらかに寄せるわけでも、真ん中をとるわけでもなく、どちらも重なって並び立つ、合致した柱となる場所で作りたいと思ったんですね。運がいいことに、『デカダンス』はチューニングが必要になるような作品ではなく、ベン図の集合同士の円が重なる部分があったので、もうOK、そのまま書ける、となって。それこそ通常の書き下ろし曲と変わらないような感覚で制作できたなと。だから、アニメの放送が終わってからもライブで自分の曲として説得力を持って歌えるし、もちろん作品に花を添えてブーストさせたいという気持ちで作っていますが、もしこの機会がなかったとしても生まれていた曲なんじゃないかと思うくらいです。

――ぜひ歌詞のこだわりについても聞きたいのですが。

伊東:何でも聞いてください! 僕、自分の歌詞を聖書のようなものでありたいと思って書いているんですよ。聖書ってかなり分厚いですけど最初から最後まで一文も中身のない言葉がないって言われてるんです。僕の歌詞も「そこは感覚ですね」とか「ノリで」って書いた部分が一つも無いようにしてるので。どこを切り取って聞いてもらっても大丈夫です!

記憶の箱舟
「記憶の箱舟」(KADOKAWA)

――ありがたいです(笑)。それでは、「自分らしさとか 見つからないもの見つけようと」という歌詞について。いわゆる世に言われていることと違う気がして、気づかされる人が多いのではないかと。

伊東:自分らしさって個性にも言い換えられると思うんですが、学校でよく「個性は生きていく上で大事だから、大人になるまでに見つけないといけない」って言われるじゃないですか。でも個性って“個の性質”であって、生まれた時からすでに足元にあるもの。「見つけないと」って言われた瞬間にあれ、じゃあ今持っているこれは個性じゃないの? って見失うんですよ。今も、日常の自分の中にも個性がある。それを誰かが言ってあげないと。

――伊東さん自身も、5歳で目覚めた音楽を今でも貫いていることを、エッセイ本に書かれています。「個性は誰もがすでに持っている」ということを、伊東さんがまさに体現していますね。

伊東:そうですね。自分の中で説得力のある言葉だけを使って、歌詞を書いてきています。

自分をカッコよく見せるような言葉は絶対に使いたくない

――言葉がスッと入ってくるのが伊東さんの歌の魅力だなと。言葉の選び方で意識することは?

伊東:じつはあんまり考えていなくて。いつも30分あれば歌詞を書き終えるんですけど、自然と出てくる言葉をそのまま書いているからだと思います。ただ、自分をカッコよく見せようとか、等身大ではない言葉は絶対に使いたくないと思っていて。逆に、タイトルは迷うことが多いですね。歌詞で100%出し切っているので、さらに純度の高いものを考えるのは難しい。「記憶の箱舟」は半日くらいでしたけど、長くて2日かかることもあります。

――『デカダンス』は本当に自身に重なる部分が大きかったんですね。またアニメのタイアップ曲に携わりたいと思いますか?

伊東:もちろんです。やっぱりアニメに関わるみなさんが伊東歌詞太郎を選んでくれたっていうのはすごいことで。痛感することは、僕は音楽を作るのは大好きですけど、自分の音楽を世に広める才能がないんですよ。

――もともとネット投稿やフリーLIVEなど自主の活動でセルフプロデュースをしてきているのに?

伊東:そう思いますよね? でも、僕の場合はセルフプロデュースって一度もしたことないんです。セルフプロデュースって、自分を肥大させているような、嘘をついているような気分になってしまうから、ありのままに好きなことをやってきています。でも逆に言えば、ラクに生きてるだけなんですよ。あまり表と裏がないから、いつでも堂々としていられるというか。ライブでも、自分の歌が大好きだってことを伝えるだけだから、緊張もしません。自分を誇張するとその後も嘘をついていかないといけなくなるし、今の状態がファンに対しても真摯なのかなと。よくメンタルが強いって言われますけど、メンタル強度なんて並以下ですから。ただ緊張しない世界を自分で作ってるだけだし、ギャップを生まないように生きてるだけなんですよ。

――そちらの方がなかなか難しいような気もしますが。つい「こう見られたい」って嘘をついてしまいがちで……。

伊東:そうですよね。もちろん人間だから、見られたくない部分をゼロにするのは難しいですけど、50を40に減らすくらいはできるかもしれない。嘘つくのって頭使うじゃないですか。僕そんなに頭よくないんで(笑)。自分のまま、そのままで生きてるほうがラクだなって思います。

当たり前のことを当たり前に語れない世の中は、間違ってるんじゃない?

――7月にはエッセイ本『僕たちに似合う世界』も刊行されましたが、「僕たち」と呼びかけるタイトルの意味とは?

伊東:この本で自分の人生を振り返ってみたんですけど、僕が今音楽をやって生きているのって何もきっかけがなくて、ただ物心がついた時から根拠もなく音楽が好きで、「歌って生きていく」って自分の人生を決めつけていたんです。今考えると「ヤバいヤツだな」って思いますけど(笑)。でも周りに聞くと、音楽が好きで歌を歌いたいっていう目的ではなく、何かの手段として音楽をしている人のほうが多かったりする。そうか、自分はこの世界にマッチしていないんだ。でも、マイノリティが間違っていてマジョリティが正しいなんて、誰が決めたことなんだろうと。こういった差異は他のことでも感じることがあって。

 だから僕は、自分が似合う世界を探し続けて生きているし、むしろ探すだけじゃなくて作っていくほうが早いとも思っています。僕の音楽を聴いてくれる人も、世界が90%自分に合ってると思う人もいれば、5%という人もいると思うので、みんなが似合う世界を探して、そして作っていきたいなという願いを込めて、タイトルを決めました。だから、「僕たち」というのは、僕だけじゃなくこの世界にマッチしていないと感じているみんななんです。

――なるほど。執筆にあたって自分の人生を振り返り、どんなことを感じましたか?

伊東:伊東歌詞太郎っていう人間は後ろを一切振り返らないで生きてきた人間だったなと感じました。ヘンなヤツだし、リスクのこととか全く考えていなくてほんとバカだなあと(笑)。色々と忘れてたことを思い出したら楽しくなっちゃって。この本を楽しく新鮮な気持ちでに執筆できたのは、今まで人生を振り返らなかったおかげだと思ってます(笑)。

伊東歌詞太郎

――思い出しながら笑ってしまうくらい新鮮な気持ちで…。それは、悩み続けるより肩の力を抜いて生きられるかもしれません(笑)。本書では、人生を勝ち取っていくような行動力を感じることも多かったです。何があっても怖気づかないというか、人が好きなのか…。

伊東:どうでしょうね…。僕は小学校の時にいじめを受けていたし、過去には人に騙されたこともあったし。でも、「贈る言葉」っていう曲を聴いて思ったのは、騙され続けて人を信じられなくなるより、信じたほうがいいんだっていうことで。人を信じたいっていう気持ちはあると思います。人が好きかどうかでいうと、いい人が好きですね(笑)。

――悪い人が好きな人はなかなかいなそうですが(笑)。

伊東:そう、だから僕は当たり前の人間なんですよ。でも意外に、当たり前のことを当たり前に発信しないのが当たり前、みたいな世の中になってる気がして。だからやっぱり、いやいや、そこはみんな間違えてるんじゃない? って思っちゃうんです。

――『僕たちに似合う世界』と同名の楽曲がシングルに収録されます。昨日より今日、今日より明日の可能性を信じさせてくれるような曲で、「今しか歌えない歌を歌い 今しか聞けない声が聞きたい」という歌詞が印象に残りました。

伊東:この言葉は、ライブで感じたことが大きいんです。以前、喉の手術をした時に、すぐに手術が出来るタイミングではなかったので、その間にもライブやレコーディングが続いて、思い通りに歌えない状況がありました。でも、そういう時こそ必死に音楽を愛したいと思ったし、もっといい歌を歌いたいっていう悔しさや切実さも滲み出ていたと思うから、「今」しか歌えない歌が歌えたんですよ。それに対するみんなのコール&レスポンスもやっぱり、今しか聞けない声で。もし今の人生でうまくいかなかったとしても、それは今の自分にしかできないことだから、実は素敵なことなんだよってことを伝えたいと思いました。

――なるほど。“僕たちが世界を作り上げていく”っていうイメージがしっくりきたような気がします。

伊東:僕が挫折を知らない人だったら綺麗事に聞こえると思うんです。でも、そういう経験をした自分だからこそ伝えられるんじゃないかなって思っています。

――タイアップ曲やエッセイ本をきっかけに、伊東さんの楽曲を聴く人がさらに増えていきそうですね。

伊東:この記事を目にしてくださるだけでも、曲を耳に入れてくださるだけでもありがたいことですし、これからも自分の愛する音楽を世に出していこうと思うので、よければ聴いてもらえたら嬉しいです。

取材・文=麻布たぬ