常識が正しいは不正解。「釣りよか」よーらい式、世の中に釣られない生き方とは

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公開日:2021/12/15

今、まさに得意の流され中

 僕は、ずっと周りに流されて生きてきた。

「流される」という言葉自体、あまり良いイメージは持たれないけど、僕はそれでまったく問題ないと思っている。

 実際、流されながら生きてきた僕は、現時点では幸いにもYouTuberとして成功を収めることができている。

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 それは、動画を撮影し、編集して、アップするという行為が単純に自分に合っていただけで、もしこれが嫌いなことだったら、とっくにやめているだろう。

 それに、佐賀を離れて、上京しないと成功できないという状況だったとしたら、YouTuberなんてやっていない。佐賀は住み慣れているし、周りには気心の知れた友人がたくさんいて居心地が良い。右も左もわからない東京で暮らすのは嫌だし、新たに友人を作るのはもっとめんどくさい。

「YouTuberとして成功されてすごいですね」といったこともよく言われるが、僕自身、まったくすごいこととは思っていない。なぜなら、嫌なことから逃げに逃げて、ただただ自分にとって楽しいことをやってきただけだからだ。

「好きなことで、生きていく」というYouTubeのキャッチコピーがあるが、僕もそれに当てはまるだろう。

 例えば、楽に稼げる方法があったとして、それが嫌いなことだったら僕はしない。

 つまり、自分自身が楽しくて好きなことがYouTuberのような生き方だっただけ。

 たまたま目立つ職業で、しかも佐賀をフィールドに活動しているから、地方の成功者のように扱われるけど、もっと稼いでいる人は佐賀だけでもごまんといるだろうし、世間が抱く成功者のイメージとはかけ離れた質素な生活の方が僕の性に合っている。実際、そんな暮らしをしているのは先に述べた通りだ。

 そもそも成功者のなにをもって成功しているとするかが曖昧だ。例えば、地方の建築会社の社長や、県内に何店舗かガソリンスタンドを経営するオーナーだって、言わば成功者ではないだろうか。もしくは、自身が経営者じゃなくとも、どこかの企業である程度の役職に就いていて、取引先と接待ゴルフに行くことが仕事の一つになっている人だって、傍から見たら、羨ましい立ち位置だ。そんな人もまた成功している人にカウントされるかもしれない。

 ただ、世間一般的に成功者というと、東京の一等地のタワーマンションに住んでいて、高級な外車を何台も所有し、一着数百万円もするような高いスーツや数千万円もする腕時計を身に着けている、といったきらびやかな生活を想像する人が多いだろう。そういった生活をしている人を成功者と考え、さらに自身もそうなりたいと野望を抱くなら東京に行くしかない。

 でも、先ほども言ったように、もともと地方でしっかりと成功を収めている人は多数いる。さらに、インターネットが普及し、物流の発展も顕著な現代だからこそ、できることの幅が広がっているのは言うまでもない。そう考えると、ますます無理に自分のライフスタイルを変える必要はなく、楽な方に、好きな方に流されて、嫌なことからは逃げて生きて良いと僕は思う。

 要は自分自身が「幸せ」と思える暮らしができているなら、それで十分ということ。むしろそれこそが成功だ。

 流されても良い。ただ世間一般が抱くイメージにだけは惑わされないこと。そのことを常に意識していれば、成功者という定義があやふやなレッテルを気にせずにすむはずだ。

 そういう意味で、今もやっぱり僕は流されていると言える。とてつもない飽き性の僕が、YouTuberとして活動を続けられているのは奇跡だ。

 正直、かつてほどの情熱を動画制作に傾けられているかと問われると、答えはNOになるだろう。なぜなら、事務所に所属し、メンバーの生活を守っていかなければいけない現況で、僕のモチベーションを上げるためという理由だけで、僕一人だけのわがままを貫き通すことは難しいから。

 だから僕は今、周りに流されている。それが僕の最も得意とする生き方と考えると、いろいろ悩む必要はないし、一番好ましい状態かもしれない。

 YouTubeを通して、お金には不自由しない暮らしを手に入れた。ある程度のものであれば、ほしいものも買える。なによりお金を得るための仕事がまったく苦じゃない。自分の好きなように時間を使えるし、まさに自由業の極みだ。

 それでも、やっぱり悩みは尽きない。

 僕は周りの友人が普通に会社に勤め、結婚し、子どもが生まれ、幸せそうな家庭を築いているのを見ると、心の底から羨ましくなる。

 僕にはないものをたくさん持っているからであり、幸せの本質を体現しているように見えるからだ。

 そういう生活をしている人を「社会の歯車」と、なんとなくネガティブに表現することもあるが、それも僕の中では疑問だ。なぜなら、そういう道を選んだ人の方が、僕なんかよりよっぽど偉いと考えているから。

 テレビに出ている人に多少なりとも憧れてはいたが、僕は有名人になりたいわけではなかった。どちらかと言うと早く、“よーらい”というYouTuberがいたことを忘れてほしいと思っているぐらいだ。

 そんなことを流され中の今、よく考える。

 ないものねだりとはよく言ったものだ。

僕は有名人になりたいわけではなかった

【著者プロフィール】
よーらい
1983年1月21日生まれ。YouTubeチャンネル『釣りよかでしょう。』のリーダー。サブチャンネルに『佐賀よかでしょう。』がある。ニコニコ動画で2009年に初めて動画を投稿。最初はゲーム実況、そして佐賀の田舎での遊びを紹介する『佐賀よかでしょう。』を開始。ニコニコ動画では【実写版】ぼくのなつやすみ(佐賀)が動画アワード2011(夏)を獲得。2014年10月、『釣りよかでしょう。』としてYouTubeに初めて動画をアップ。2021年10月現在、チャンネル登録者数は162万人を数える。サブチャンネルでは『佐賀よかでしょう。』、『釣りよか飯』『げーむよかでしょう』も手掛け、YouTube総チャンネル登録者数は300万人を超える。

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