間近で見てきたからこそ感じた、「富野由悠季らしさ」――『ブレンパワード』設定デスク・河口佳高氏×文芸・高橋哲子氏インタビュー

アニメ

更新日:2022/2/10

自分にはないものを積極的に取り入れよう富野監督の姿勢

――『ブレンパワード』のシナリオ打ち合わせの現場は、どんな様子だったのでしょう。

高橋:1スタの会議室でずっと打ち合わせをしていたことをよく覚えています。

河口:毎回6~7時間はシナリオの打ち合わせをしていましたからね。夕方から始めて、夜10時、11時くらいまで。

高橋:終わらないんですよ。

河口:さすがに終わらないので、監督は「絵コンテをやるから」といってシナリオの打ち合わせから抜けて。それでも打ち合わせが続いているから、監督が顔を出して「ご飯を食べに行こう」と。

高橋:雑談もかなり多かった気がします(笑)。

河口:打ち合わせのベースには富野監督のメモがあるんですけど、シナリオの打ち合わせをわいわいがやがや進めていると、いろいろなアイデアが出てくるんです。そのアイデアを監督に報告すると「それでいい」となって、その新しいアイデアでシナリオを進め、その後、富野監督はその先の展開を修正したメモを書いてくる。そしてまた、次のシナリオ発注の打合せでわいわいがやがやと。

高橋:新聞小説の連載みたいな感じですよね。どんどん書き足していくという。

河口:富野監督もどんどん面白いものを取り入れていくんです。そういう感じは作画の現場にもあって、ブレンパワードのポーズがガンダムに似ていると「これ『ガンダム』っぽいね」とNGにしてました。たとえばブレンパワードは直立不動で飛ぶんですけど、最初の絵コンテではガンダムっぽく勢いをつけて飛ぶようなカットだったんです。それをみんなでガンダムっぽいって言ったら、自分でリテイクにして、「やる気のない飛び方にしよう」って絵コンテ修正してきました。

高橋:そうですね。グランチャーはポーズを付けて飛んでいたんだけど、ブレンパワードは頭で考えているから、自然体で飛んでるんですよ。

河口:ちょっとUFOっぽい。監督もそういうアイデアが出る現場を面白がってくれて。

高橋:変なニュアンスが出るような工夫をあちこちでしていましたよね。

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――高橋さんは『ブレンパワード』で脚本も担当されています(第6・10・15・19・23話。いずれも富野由悠季と共同)。脚本を執筆することになったのはどんな経緯があったんですか?

高橋:本(脚本)を書きたいとお話ししたら、富岡さんがライターさんの編成に入れてくれたんです。

河口:当時、脚本家に隅沢克之さん、面出明美さんがいて、浅川美也さんはこのときにアニメ初参加だったんです。浅川さんは富野監督の娘さん(富野幸緒)が関わった舞台をやっていて、富野監督がそれを観て、面白かったからシナリオに誘ってみようと。新宿の喫茶店で、浅川さんに会うことになりました。私も付いていったんですが「アニメの世界はとってもイヤな世界だから、あまり期待しないで。期待すると裏切られるから、ちょっと腰かけくらいの気持ちで参加してくれないか」と誘っていて(笑)。ベテランと新人の浅川さんというバランスの中で、脚本の経験もある高橋さんにも入ってもらうことになったんじゃないかな。

高橋:脚本の経験があると言っても、私は『機動警察パトレイバー』を書いたきりでしたから(TVシリーズ第16話、第43話)、富野監督にかなり手を入れてもらっていました。最初に箱書き(脚本の構成案)を書いたときは「これは箱書きになっていません」ってお返事いただきましたから。

河口:毎回、浅川さんと、高橋さんの書いた脚本に監督が赤を入れて戻すという。シナリオ教室みたいな感じでしたね。

高橋:そうです。本当に富野塾でしたね。シナリオのイロハを教えていただきました。

――『ブレンパワード』でおふたりの印象に残っているエピソードはありますか?

河口:私は最初から参加して「TVアニメにしましょうよ」「ロボットのアイデアを変えましょう」と提案していたので、全体的に思い入れは強かったんです。せっかく富野監督がオリジナルでゼロから作るんだから、『ガンダム』とは違った、『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』のような面白いアイデアの詰まった、驚きのあるシリーズをまた作ってほしいと思っていて。第1~3話あたりをみたときに、新しいものができあがった感覚があったので、すごく嬉しかったですね。

高橋:私としては、勇とクマゾー(ノヴィス・ノアにいる孤児)の関係がすごく面白くて。あれは浅川さんの脚本だったと思うんですけど、すごく印象的でした。あとネリー・キムさん(第17話/脚本は面出明美)も面白かった。

河口:あのころ富野監督は、自分にはないものを積極的に取り入れようとしている感じがありましたよね。

高橋:いのまたさんの画からも富野監督はすごくインスパイアされていたし。キャラクターにいろいろな人のアイデアや考え方を落とし込んだのが『ブレンパワード』だったのかなと思います。

ブレンパワード

ブレンパワード

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『ブレンパワード』から続くひとつの集大成が『Gのレコンギスタ』

――『ブレンパワード』は富野監督らしさがあちこちに感じられる作品だと思いますが、おふたりから感じる「富野監督らしさ」とはどんなところにあると思いますか。

河口:ひとつは取材も含めた、設定の分量ですよね。

高橋:「世界観を積む」という。

河口:監督は、その世界のリアリティを考えて、26本分のエピソードを作る材料を並べるんです。そこからライターチームがシナリオを試行錯誤しながら作っていく。それでも揺るがない「富野リアリティ」みたいなものがある。それはどの富野作品にも共通しているところだと思います。

高橋:富野監督が作る世界観はかなり混沌としているんです。『ブレンパワード』においてもオルファン側、ノヴィス・ノア側、それ以外にも世界情勢がある。そういう世界観を作るのがものすごく得意で、その世界の中で人を動かすことが得意な方です。それぞれのライターはキャラが何をするか、脚本家としての自分は何をするかという視点で作品に取り組んでいると思うんですね。でも、それを富野監督のフィルターを通すと、自然と監督の色が強くなる。私たちがセリフとシーンで考えているものを、富野監督は常に演出をどうするか、の視点で絵コンテにしてくださる。監督は演出家ですから、どう見せたいかという考え方をされているんです。

河口:以前、『Vガンダム』のときに監督に「なぜシナリオをそんなに直すのか」を聞いたことがあるんです。その時の話は、たとえば、人物が会話するシーンで、宇宙戦艦のブリッジの中で会話をしているのと、格納庫でしゃべっているのでは、お互いの位置関係も声の大きさも違う。もしモビルスーツの肩の上にいる人と格納庫の床にいる人だったら、その距離で会話をするのはもどかしいから、声が大きくなったり近づこうとするかもしれない。アニメは非現実的な設定が多いから、脚本で想定していた場面を映像に組んでみるとリアリティが変わってくる。だから、脚本を変えるのは仕方ない、と。

高橋:富野監督にしてみれば「その距離やその場所だったら、もっと面白いことができる」となるわけですよね。

河口:本人曰く「シナリオを尊重したうえで、作品の世界に合わせたら、こうなった」と。仕方がないことなんだと。

高橋:ライターさんで、とくに舞台をやっている方はセリフでシーンを組みがちですよね。会話を積み上げていくことで、感情の動きを描こうとする。でも、アニメはそれだけじゃない。画面の見せ方でもドラマを描くことができるんですよね。

河口:シナリオ作業に入る段階で設定画や映像がたくさんあれば、ライターさんも空間を把握して書けるんでしょうけど、アニメでは画ができるのはシナリオのあとですからね。

高橋:脚本が変わってしまうのは当たり前なんですよね。私は、脚本が映像になるときにアップデートされるのが面白いと感じるタイプなので、アップデートするためのスイッチを押すことが、富野監督の作品におけるシナリオの役割なんだと思っています。

――あらためて伺います。おふたりにとって『ブレンパワード』は、どんなお仕事でしたか。

河口:未熟なころの仕事といいますか……いまも未熟ですけど、もうちょっと上手くやれればもっと良い作品になったんだろうな、という想いがあります。いろいろな段階での富野監督の思い付きも入っているんですけど、早い段階でシリーズ全体の見通しを固めて判断できるようにすれば良かったなと。たとえば、後半に新キャラを出してもエピソードを入れる余裕がないんですよね、とか(笑)。

高橋:(笑)作りながらだったから、どうしてもジャッジはしにくいですよね。

河口:最後までの見通しが偏っていたところは、我々の未熟なところでしたね。

高橋:いま『Gのレコンギスタ』の富野監督の仕事を見ていると、『ブレンパワード』以降、1スタで仕事を続けていたことの集大成になっていると思います。どんどんシャープな仕事の仕方になっているし、無駄なことをしない。それでいながら視点はまったく衰えていない。それが本当にすごいなと思います。私自身の仕事としては、富野監督に添削をしてもらってシナリオを書くことができた。それが何よりも貴重な体験のお仕事でした。

ブレンパワード

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大衆娯楽がきちんと評価されることになる時代へ

――おふたりは『ブレンパワード』の制作が終わったあとも、富野作品に関わっていらっしゃいます。富野監督がガンダムシリーズに再び挑んだ『∀ガンダム』に、どんな思い出がありますか。

河口:『ブレンパワード』の終わりが見えたときに、監督が『ガンダム』をまた作ると聞いて、実はちょっとがっかりしたんです。だから、最初は『∀ガンダム』に参加するつもりはありませんでした。ところが、いつの間にか『ブレンパワード』と同じような感じでかかわることに……。でも、作品に参加してみたら『∀ガンダム』のときは富野監督が最初から明確なコンセプトを打ち出していて。それが「全てを肯定する」という「∀」というタイトルと、『平気でうそをつく人たち:虚偽と邪悪の心理学』(M・スコット・ペック/草思社)だったんです。富野監督は『平気でうそをつく人たち』という本を読んで、この作品の登場人物を「過去を全て忘れた人類」として設定したんですね。それもあって、私としては、ガンダムシリーズというよりも、富野監督の新しいコンセプトの新作、という印象がありました。

高橋:『∀ガンダム』には、ライターとして星山博之さんが入られているんです。星山さんは『機動戦士ガンダム』を書かれていた方(チーフシナリオライター)なんですが、泥臭い人情噺でキャラクターの心情を掘り下げていくことが得意な方だったんです。それで、「きっとこれまでの『ガンダム』とは違うものができるんだろうな」と思っていました。

河口:『∀ガンダム』のときも富野監督ご自身で、星山さんにお声がけをしたそうです。

高橋:富野監督も星山さんをリスペクトされていましたし、星山さんが書きたいことの骨の部分をきちんと残して、人情のところをしっかりと丁寧に積み上げた作品を作ろうとされていたんです。だから、『∀ガンダム』にはソフィスティケイトされた作品という印象がありますね。『ブレンパワード』がバラエティに富んだ立食パーティの食事のように、徹底したエンタメを追求した作品だとすれば、『∀ガンダム』はコース料理のように、しっかり組み立てた作品だと思っていました。

河口:富野監督にとって「ガンダム」はやっぱり自分の領域だから、すべて手の内に入っている。だから、無駄がないんです。

高橋:作り方がソリッドでしたよね。和菓子の作り方はもう分かってる。だから、和菓子を作っている。でも、それだけじゃなくどこか弾けてるんです。ロランが女装したり、トランスジェンダーも出てくるし。女装したロランに惹かれちゃうハリー・オードもいたし。そういうところは富野監督らしいな、と思っていました。

河口:しかも、それをさらっとやっている。ネタにしないというのがカッコいいんですよね。

高橋:おしゃれなんですよね。「秘すれば花」といいますか。ただの設定ではなくて、ちゃんと作り込んだキャラクターを下に敷いて、にじみ出すように見せているんです。

河口:そうなんですよ。おかげで、時間的な耐久性が出ているんです。そうやってしっかり作り込んでいるところがあるから、長く楽しめる作品になっているんだと思います。

――日本全国で「富野由悠季の世界」展が実施され、富野監督ご自身も令和三年度の文化功労者に選ばれました。おふたりが長くごいっしょされていた監督がこのような社会的な評価を受けることに、どんな想いを抱かれていますか?

河口:富野監督の世代が頑張って、今のアニメの業界が出来上がっているので、正当に評価されてよかったなと思っています。

高橋:江戸時代の浮世絵と同じだと思うんですよ。浮世絵って、当時は人気があったけれど、評価は低い大衆娯楽だった。けれど、海外の人たちから評価されて芸術的な価値がついた。文化って、きっとそういうものなんでしょうね。

取材・文=志田英邦

河口佳高
サンライズ所属。プロデューサーとしての作品に『劇場版∀ガンダム地球光・月光蝶』『オーバーマンキングゲイナー』『プラネテス』『コードギアス 反逆のルルーシュ』などがある。

高橋哲子
サンライズ第1スタジオの文芸制作。『∀ガンダム』以降、さまざまなガンダムシリーズの文芸制作を務める。シナリオライターとしての主な作品に『機動警察パトレイバー』『ブレンパワード』『∀ガンダム』『犬夜叉』などがある。


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