「今書かないと手遅れになる」 社会を根底からくつがえす最大最悪の犯罪と陰謀とは?

文芸・カルチャー

2017/2/23

「相棒」シリーズの脚本で知られる太田愛さんが、作家としても注目を浴びるようになったのは4年ほど前。通り魔事件に隠された社会を揺るがす陰謀を描いた『犯罪者 クリミナル』で鮮烈なデビューを果たした。続く第2作『幻夏』では、司法や警察によって人生を狂わされた者の慟哭を描き、日本推理作家協会賞候補に。新刊『天上の葦』は、前2作でも活躍した興信所所長の鑓水七雄と所員・繁藤修司、刑事の相馬亮介の3人が、日常と社会を一変させる犯罪に挑むクライムサスペンス巨編だ。

実社会で起きている異変。今書かないと手遅れになる

構想の発端について太田さんはこう語る。

「このところ急に世の中の空気が変わってきましたよね。特にメディアの世界では、政権政党から公平中立報道の要望書が出されたり、選挙前の政党に関する街頭インタビューがなくなったり。総務大臣がテレビ局に対して、電波停止を命じる可能性があると言及したこともありました。こういう状況は戦後ずっとなかったことで、確実に何か異変が起きている。これは今書かないと手遅れになるかもしれないと思いました」

物語は、白昼の東京渋谷駅前スクランブル交差点で起きた、ひとりの老人の不審死から幕を開ける。老人の名は正光秀雄、九十六歳。テレビやSNSは正光の話題で持ちきりになるが謎は謎のまま残る。正光の死から間もなくして、借金を背負った鑓水と修司のもとに引退した与党重鎮・磯部満忠から依頼が舞い込む。成功報酬は一千万で、正光秀雄が最期に何を指さしたのか突き止めよ、というものだ。

同じ頃、停職中の相馬にも、警視庁公安部の前島という男から、老人と同じ日に失踪した男の捜索が極秘裏に命じられる。「うまくいったら刑事課に戻してやる」ことを条件に。男の名は山波孝也、三十六歳。前島の部下の公安部刑事だ。

鑓水と修司、相馬がそれぞれ調査をはじめると、正光と山波には意外な接点があった……。事件の背後に浮かび上がってきたのは、正光の知られざる過去と、山波とその周辺の人間たちの血なまぐさい動き、新興宗教団体の存在。そこへ人気ジャーナリストとルポライター、テレビ局、警察、公安、政府の関係者が複雑に絡み合い、社会を一変させる恐るべき犯罪と陰謀が明らかになっていく。

今作ではじめて明かされる、鑓水の秘められた過去

そんななか正光の謎の真相解明のため、何かに取り憑かれたように動き始める鑓水。いったい彼の何がそうさせるのか? 鑓水は修司と相馬とともに、正光宛に届いた一枚の葉書の差出人を探し出すため瀬戸内海の小さな島を訪れる。そこから物語は、東京と瀬戸内海の島の2つの時間軸が交差しながら、驚きの結末へ向かって展開していく。

「『犯罪者』では修司が、『幻夏』では相馬が中心だったので、今作で鑓水を真ん中に置くことは最初から決めていました。鑓水はどうしてこんな曲者の人格になったのか? その理由をある程度、説得力をもって描きたかった。かなり意識的に鑓水の内面に踏み込むことで、この事件に出会うことが必然だったと思えるようにしたい。それはこの物語の裏テーマでもありました」

取材や調べ物を入念におこなったうえで物語と人物造形を緻密に描いていくのも、太田さんの作品の特徴だ。

「瀬戸内海の島も取材しました。みなさんとても親切丁寧に質問したことに答えてくれましたが、島にはその島の理があり、掟があるので、一歩深いところに踏み込もうとするとなかなか難しい。私は高松出身なのですが、別世界に来たような感覚がありました。その土地その土地の営みのなかで、流れている時間も空間の密度も全然違う。そこをこの作品では意識しました」

正光と同年代の方にも何人か取材し、多くの発見や気づきを得たという。

「みなさん昔のことを事細かに覚えていらっしゃいました。100歳になる方もいたのですが、『世の中の空気が変わったと感じたのはいつ頃だったか覚えてらっしゃいますか?』とたずねたら、ほとんど迷わずに『満州事変』とおっしゃっていたのが印象的で。私の父も満州事変の頃に生まれて、14歳の頃に経験した高松空襲の話を何度も聞いた覚えがあります。そして最近の社会の変化を感じるなかで、これはいつか来た道なのではないか?と思ったのです」

2つの事件をつなぐ劇的トリックが暴かれ、最大最悪の敵の全貌が明らかになったとき、感動のドラマに打ち震えながら、実社会にも危機的状況が迫っていることに気づくはずだ。

(プロフィール)

 香川県生まれ。1997年、テレビシリーズ「ウルトラマンティガ」で脚本家デビュー。『トリック2』、「相棒」シリーズなど刑事ドラマやサスペンスドラマの脚本も手がける。2012年、『犯罪者 クリミナル』(上・下)で小説家としてデビュー。続くシリーズ2作目に『幻夏』がある。

(作品紹介)
『天上の葦(上・下)』(太田 愛/KADOKAWA)各1600円(税別)
テレビの生放送中に公衆の面前で絶命した老人の不審死と、同じ日に失踪した公安警察官。2つの事件の真相には平穏な日常を崩壊させ社会を震撼させる恐るべき犯罪が仕組まれていた。鑓水、修司、相馬の3人が最大最強の敵に挑むクライム・サスペンスシリーズ第3弾。