文芸・カルチャー

異端者は幸せになれるのか? 生きづらさを抱えた現代人に潤いをもたらす、感動作『ガーデン』

 魂は必ずしも体とともにあるわけではないらしい。

 本書『ガーデン』(千早 茜/文藝春秋)の主人公・羽野は、東京に住み、出版社で編集者として働きながらも、その魂は幼き日々を過ごしたアフリカの地の「楽園」に留まったまま。文字通り「心ここにあらず」の日々を過ごしている。

 乾季と雨季しかない国で、そこだけはいつも変わらぬ緑が溢れていた旧居の庭――「楽園」は、こんな風に描かれる。

蛇がバナナの幹を這い、トカゲが石の上で銀色の腹を波打たせながら日光浴をする。庭師が伸びすぎた枝を長鋏でぱちんぱちんと切り落とす。その枝が芝生で跳ねてゆっくりと転がる。辺りに漂う樹液の青い匂い。

 描写はさらに続くが、読み進めるうちに紙面から花や果実の芳香、そして草いきれが立ち上ってきた気がして、思わず深呼吸していた。

 日本の自然界には存在しない濃厚な空気。それに恋い焦がれるあまり、羽野はマンションの一室に自分だけの「ガーデン」を築き上げた。部屋にぎっしり並べられているのは、主に熱帯性の観葉植物だ。

 夜、緑の要塞のような自室で木々の声を聞く。香りに溺れる。今はなき楽園に思いを馳せる。この時間さえあれば、たいていは平常心でいられる羽野は、当然ながら他者を必要としない。日々淡々と過ごす姿を同僚たちは「草食系」と揶揄するが、羽野自身が心の内で反駁するように、決して草「食」ではない。植物そのものだ。

 そんな男だから、身の回りの人間に対してはほぼ傍観者のスタンスを取る。樹木が自らの枝に止まる鳥に何も手出ししないように。だが、飛んできた鳥たちは、ただ止まるだけでは収まらない。羽野という植物に花や実を求め、時には巣を掛けたがるのだ。

 同期のタナハシ、バーテンダーの緋奈、モデルのマリ、写真家の理沙子。

 羽野に何かを求める女たちは、それぞれが現代の都会に生きる女性像を少しずつ分け与えられ、与えられたものに苦しんでいる。「置かれた場所で咲きなさい」という美しい言葉は、咲くための条件が整っている場所に運良く芽吹けた花だからこそ言えるのだろう。残念ながら、人は必ずしも自分という種の特性に適した地で生きられるとは限らない。

 思った通りに咲けない己を呪うように、少しずつ心のバランスを崩していく女たち。それを、「ガーデン」の中から、膝を抱えてぼんやり眺め続ける羽野。だが、各々が臨界点を超えた時、羽野の平穏もまた崩れていく。彼は、閉ざされた我が世界から出ることを選ぶのか。それとも、より内奥へ閉じこもってしまうのか。

 何も求めなかった者が、求めなかったがゆえの結末に導かれていく物語は、潤いに満ちた静謐と幻想に満ちている。

 魂の在り処を見失った男を中心に、大人になりきれない現代人の生きづらさを浮き彫りにする本作は、心の渇きを癒やし、今一度自分を見つめ直す手がかりを与えてくれるだろう。

 見えない蔦に心が絡め取られ、体まで動かなくなる前に、この小説に出会ってほしい。

文=門賀美央子

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