「好きなこと」への強い気持ちに脳が揺らされる! マンガ好き少女が進む先は? マンガ大賞2023受賞作『これ描いて死ね』

マンガ

公開日:2023/4/15

これ描いて死ね
これ描いて死ね』(とよ田みのる/小学館)

「漫画のマンガ」は人気ジャンルである。漫画家を目指してマンガを描く。漫画家としてマンガを描く。いずれの内容の作品も、マンガ好きならいくつも思い浮かぶだろう。私も大好物で、読んでいて「描け!」「描け!」と登場人物を応援したくなる。

 本稿で紹介するのは“マンガ描き”以前の少女が主人公のマンガ『これ描いて死ね』(とよ田みのる/小学館)だ。「マンガ大賞2023」の大賞に輝き、大きな話題になった作品である。正直に言ってノミネートまで読んでいなかったことを激しく後悔した。どうしても語りたいのである。“強い気持ちの乗った表現に脳を揺らされた”からだ。


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マンガが好きすぎて「描きたい」があふれてきた女子高校生

 東京の伊豆王島に暮らすマンガ好きな高校1年生、安海相(ヤスミアイ)。彼女のお気に入りは漫画家・☆野0(ほしのれい)のデビュー作「ロボ太とポコ太」だ。安海はこれを繰り返し読みふける日々を送っていた。

 ある日安海は、☆野0が10年ぶりに「ロボ太とポコ太」の新作を同人誌で出すとSNSで知り、島から船に乗り同人誌即売会へ向かった。その会場で同人誌というものに触れた安海は「マンガは自分で描けるのだ」と知り、創作欲があふれ出す。

 そして、目的であった☆野0のスペースにたどり着いた彼女を待っていたのは、担任教師の手島零(てしまれい)だった。意外過ぎる結果に頭がバグる安海。なぜなら手島はふだん、マンガ好きの安海に対して「マンガは嘘」「マンガは無駄」と必要以上に厳しく言っていたからだ。

 自分でマンガを描きたくなった安海は、島に帰ると同級生の赤福幸(あかふくさち)とともに漫画研究会を立ち上げ、手島に顧問を頼むのだった。そこで手島は安海に「1本マンガを描いてみろ」と告げる。マンガは好きでも描く知識はまったくない安海。しかし悪戦苦闘の末に完成した作品を手島へ渡した。

 絵は下手ながらも初めて描きあげた安海のマンガと、彼女の情熱にほだされ、手島は顧問を引き受けて指導してくれるようになる。さらに彼女の初作品が美術部の藤森心(ふじもりこころ)の“脳を揺らし”、藤森も漫研に入部してきた。

 いち読者でしかなかった少女は、描き手としての道を歩み出したのだ。

マンガ愛を抑えきれない元漫画家の物語

 本作は完全な素人からマンガ描きを目指す女子高校生の学園青春ストーリーだ。ただ今のところは創作を純粋に楽しむアマチュアの物語。手島も漫研発足時にこう言った。

学業を第一優先にすること。
プロを目指さないこと。
あくまで趣味の範囲に徹し…
「これ描いて死ね」などと漫画に命を懸けないこと。

 手島はマンガと距離を置こうとしていた。どのような理由かは語られていないが、彼女は漫画家として歩むことをやめ、今は教師になっている。本作はそんな手島の物語でもある。

「マンガはなんにもならない」と生徒へ言っていたのは本心だったのか。授業中も自分のデビュー作を読んでいる安海と出会ったタイミングで、同人誌を作ったのは偶然なのか。そもそも「プロを目指すな」という真意は?

 それでも手島はマンガ制作に必要な場所や道具を手配し、的確な技術を指導。また「マンガの奥義を掴んだ!」とキャッキャと盛り上がる安海たちに「そんな簡単なワケあるか!!!!」とツッコミを入れる――のをぐっとこらえる。「プロを目指すな、趣味で描け」と言ったのは自分だからだ。

 いずれにしろ彼女は今もマンガを深く愛している。手島はなぜ漫画家をやめたのだろうか。良き師匠となっているが、読んでいて切ない。なお単行本には「ロストワールド」という手島の漫画家時代の番外編シリーズが収録されている。彼女の過去は本編にしっかりかかわってくるので、あわせて読んでほしい。

お互いの関係を深めて進むマンガ描きへの道

 本作は、創作者がくじけそうになったときに救いになることが2つあると教えてくれる。まずは創作物(マンガ描きにとってのマンガ)。インスピレーションを刺激され、大好きなものの後を追いかけたくなるからだ。

 そしてもうひとつは当たり前のようだが周囲の人間である。創作者たちは、周りからの何気ない言動にやる気スイッチを押されるのだ。

 発売したばかりの3巻では、安海は「マンガで何を描こうか」と悩んでいる。またクールでマイペースのように見えた漫画研究会の新入部員・石龍光(せきりゅうひかる)。彼女はすでに同人誌即売会では知られた存在だったが「牙を鈍らせないこと」に悩んでいた。

 彼女たちを救うのは誰なのか。手島もまた、生徒たちに刺激を受け……?

 安海たちの創作欲はどこまで広がっていくのか。個人的にはアマチュアの枠を超えてプロを目指すところを見てみたいが、それは『これ描いて死ね』の本領ではない気もする。本作はその物騒なタイトルとは裏腹に、マンガを描く厳しさや大変さよりも、マンガを読んで描くことがとにかく好きで楽しい、そんな気持ちがストレートに描かれているからだ。「好きということが才能」。若いうちはまずそれでいいのである。

文=古林恭

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