「モンキー・パンチ」誕生の真実がここに! 漫画黎明期を支えた男たちの物語

アニメ・マンガ

2018/6/16

『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~1』(吉本浩二/双葉社)

 かつて私が編集者をやっていた頃、飯田橋駅から筑土八幡神社方面へ向かうルートをよく通っていた。仲間うちでは「双葉道」と呼んでいたが、それは「双葉社」という出版社へ向かう道だったのだ。双葉社といえば『週刊大衆』など多くの刊行物を出版しているが、その中に『漫画アクション』という漫画誌がある。『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生~1』(吉本浩二/双葉社)は、その『漫画アクション』がいかにして誕生したかを徹底した取材のもと、克明に描きだすノンフィクション作品だ。

 時代は今から半世紀ほど前の1965年。外堀沿いにあったという双葉社は、銭湯を改装した木造2階建ての小さな出版社だった。物語のメインで描かれるのは『漫画ストーリー』という漫画誌の編集長・清水文人。当時の漫画は現在のような「文化」的な扱いではなく、あくまで子供向けの低俗な娯楽だった。それに当時の双葉社は社長が生粋の商売人で、結果を出さなければ雑誌は潰れ、責任者は会社を去るしかないような状況。つまり『漫画ストーリー』も売り上げが落ち込めば、すぐに切られてしまう。それゆえ清水は、常に「危機感」を抱えて仕事をしていたのである。

 そんな中、一冊の同人誌が編集部宛に送られてきた。清水の部下が一瞥してゴミ箱に捨てたその『マニア』という本が偶然、清水の目に留まった。既存の作家とは明らかに異なるその絵柄に、彼は興味を惹かれる。作家の名は「加藤一彦」──後の「モンキー・パンチ」その人である。

 モンキー・パンチ氏といえば、当然思い浮かぶのは『ルパン三世』だろう。現在も新作アニメが放送中の人気作であり、アニメでしか『ルパン三世』を知らない人がほとんどかもしれないが、原作は「漫画」なのである。しかし清水と加藤が出会ったところで、すぐに『ルパン』の連載が始まるわけではない。『漫画ストーリー』のカラーとは明らかに異なる加藤の絵を雑誌に載せることは清水にとって冒険だったし、加藤にも「女が描けてない」という弱点があったのだ。それでも清水は決断し、加藤は「マニア・ぐるうぷ」の名で商業誌デビューを果たす。

 だが清水の思っていたほど加藤の漫画は反響を生まなかった。それは漫画自体が『漫画ストーリー』に合わせた短い「ナンセンス漫画」であり、既存の枠を越えるものではなかったからだ。ゆえに清水はさらなる「賭け」に出る。これまで大人は読まないとされてきた長編の「ストーリー漫画」を、加藤に描かせることにしたのだ。女が描けないという弱点を克服していた加藤は清水の要請に応え、ついにストーリー漫画『荒野の無用心棒』が掲載される。これが大反響を呼び、ストーリー漫画の可能性を示すことに。このとき1966年、日本初の週刊青年漫画誌『漫画アクション』が誕生するのはもう少し先の話である──。

 本作は非常に緻密な取材により、当時の状況がリアルに描かれている。加藤のペンネームがなぜ「モンキー・パンチ」になったのかなど、興味深いエピソードも満載だ。今日における漫画隆盛の陰には、先人たちの想像を絶する苦闘があった。それを知るうえでも、この作品は貴重な機会となるはずだ。

文=木谷誠