弁当箱に詰めるのは”おかずとご飯”だけじゃない———3年間欠かさず弁当を作り続けた父と子の絆

暮らし

公開日:2018/10/27

『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(渡辺俊美/マガジンハウス)

 誰しも「お弁当」にまつわる記憶があるのではないか。苦手なおかずを残したり、慌てて家を飛び出したらお昼前に職員室にお弁当が届いていたり、大事な試験の前に必ずとんかつが入っていたり。

 学生時代、クラスを見渡せば同じお弁当など一つもなかった。だが、私たちはそのお弁当を作り続けてくれた「大切な誰か」にお礼を伝えたことがあっただろうか。

 そして毎日お弁当を作り続ける人たちは、果たしてどんな思いでお弁当箱におかずを詰めているのだろう。毎朝、私は息子のお弁当を作りながらそんなことを考えている。

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『461個の弁当は、親父と息子の男の約束。』(渡辺俊美/マガジンハウス)に綴られるお弁当の記録は、TOKYO No.1 SOUL SETというヒップホップバンドのメンバーである渡辺俊美さんが、息子の高校進学をきっかけに「3年間お弁当を毎日作る!」という男と男の約束をしたところからスタートする。

■お弁当を作り続ける父、学校に休まず通う息子

 冒頭で明かされたのは、息子・登生(とうい)くんの高校受験失敗である。その理由には少なからず「両親の離婚」というものが影響していた。しかし、高校に行きたいという希望を捨てず、登生くんは見事1年後に高校に進学する。

 新生活が始まる前に、渡辺さんは登生くんに尋ねた。

「お金を渡すから自分で好きなものを買うか。それともパパがお弁当をつくるか。どっちがいいの?」

 すると登生くんは「パパのお弁当がいい」と答えた。

 こうして渡辺さんは高校3年間毎日かかさずお弁当を作り、登生くんは休まず3年間学校に通うという“男の約束”を交わし、親子のお弁当生活がはじまった。

■はじめてのお弁当

 本書にはお弁当の写真がいくつも掲載されているが、初期の写真はある意味衝撃的だった。

 マルシンハンバーグ、卵焼き、ブロッコリー、プチトマト…。表紙に載っている写真と比べると、なんと言うか「質素」なのだ。

 お弁当の最低限の役目は食欲を満たすこと。そこに色とりどりのおかずを加えることで、食べる人の驚きや喜びにも繋がる。渡辺さんが初めて作ったこのお弁当は最低限の役目を果たすものであり、凝り性で料理が大好きな彼にとって小さな挫折だったかもしれない。

 その後、お弁当に手間をかけ続けた渡辺さんだったが、それに支配される日々が続き、ついに弊せず、可能な限りおいしいものを作るための「3つのルール」を定めた。

(1)調理時間は40分以内
(2)1食にかける値段は300円以内
(3)おかずは材料から作る

「力を入れすぎない」と決めた渡辺さんのお弁当は、次第に変化してゆく。

■ほとんど欠かさず入れた卵焼き

「お弁当に何を入れたら喜ぶかな……?」

 登生くんへの愛情が、渡辺さんを突き動かす。少しずつ読み進めると、彼なりのお弁当作りに対する“こだわり”がいくつか紹介されている。

 四口コンロの効率的な使い方や、季節の食材、コストコントロールに、こだわりの調理器具。ついには、まげわっぱの弁当箱がずらりと並び、それぞれ特徴とともに紹介されている。中にはオーダーメイドのまげわっぱまで!

 まさにアーティストとして活躍する渡辺さんならではのこだわり方だ。

「力をいれすぎないこと」と言っていた渡辺さんだったが、かえってお弁当づくりに対する情熱に火がついたようだ。

 渡辺さんいわく「親子揃って卵焼きが大好き」だそうで、掲載されている写真のほとんどに卵焼きが入っている。あるときは「じゃこ天スティック」が入り、あるときは「桜えびちりめん」が入る。どんどん豪華になる卵焼き。

 大好きとは言え、さすがに飽きるのでは? と思ったが、渡辺親子にとって卵焼きというおかずはそうではないらしい。むしろ「卵焼きに入れる具材の選択肢は、無限に広がっている」とのこと。

 ライブツアーで全国を回る渡辺さんは、行く先々で地元の食材を購入し、刻んで卵焼きに入れている。昨日は福岡、その前は金沢、というように、まるで卵焼きで親子の会話をしているようだ。

 実際、登生くんは食材をみて渡辺さんが何処へ行ったのか、ぴたりと言い当てるようになった。

「食材で会話する」。なんて素敵なことだろう。

■最後のお弁当

 渡辺さんが約束し、3年間作り続けたお弁当は、ついに最終日を迎えた。

 最初のお弁当以来、久しぶりにじっくりと考え込み、最終的に登生くんの大好物を三段弁当にぎっしりと詰め込む。渡辺親子が愛してやまない卵焼きも、もちろん一緒に。

 記念すべき高校生活最後のお弁当の写真と、一番初めに作ったお弁当を見比べてみれば、その差は歴然。彩りも、栄養バランスも、素晴らしいクオリティだ。ずっと入れ続けた卵焼きも、高校生活最後のお弁当に華を添えている。

 しかし、それでも最初から最後まで、渡辺さんのお弁当には変わらないものがある。3年間きっちりお弁当を作り続けた渡辺さんの深い愛情と、残さずきれいにお弁当を平らげ毎日学校に通い続けた登生くんの決意だ。

 最後に紹介されている、登生くんから渡辺さんへのメッセージに、印象深い一文があった。

「もし僕に子供ができた時には、おいしくて優しい弁当の作り方をぜひ教えてください」

 3年間渡辺さんはきっちりお弁当を作り続け、登生くんはそれを残さずきれいに平らげた。そんな渡辺さん親子の461個のお弁当は、深い愛情と共に“渡辺家の味”として次の世代へと受け継がれていく。

 私たちのお弁当に詰められているのも、きっと“おかずとご飯”だけでは無いのだろう。

 今日も、愛する人のために、眠たい目をこすってお弁当を作っている人がいる。ありったけの愛情を込めて。

文=和泉洋子