「最強だと思うプロレスラーを指名してください」佐山サトル、藤原敏男…19人のレスラーによる奇跡のバトン

スポーツ

2019/3/30

『最強レスラー数珠つなぎ』(尾崎ムギ子/イースト・プレス)

「あなたが最強だと思うプロレスラーを指名してください」。『最強レスラー数珠つなぎ』(尾崎ムギ子/イースト・プレス)は、このお題に応えて総勢19人のプロレスラーが次々に登場するインタビュー集だ。

 登場する最強レスラーは佐藤光留→宮原健斗→ジェイク・リー→崔領二→若鷹ジェット信介→石川修司→鈴木秀樹→田中将斗→関本大介→岡林裕二→鷹木信悟→中嶋勝彦→佐山サトル→藤原敏男→藤原喜明→前田日明→高山善廣(…垣原賢人、小橋建太、鈴木みのる)。私のようにプロレスファン歴が浅い人間でも、「これは……すごいな」と思わずつぶやいてしまうような錚々たるメンツが、強さについて、自分のプロレスについて語っていく。「勝ち負け」「生き死に」の世界で生きている(しかも客前で)レスラーたちの言葉はぶれない。けれど意外なほどにやわらかい。そして、全員違う。「本物は美しい。美しいからお客さんが来る」(藤原喜明)などキラーフレーズも頻出する。

 だが。この本の主役は、レスラーではない。インタビュアーである著者だ。これは尾崎ムギ子という一人の人間の物語だ。

 ウェブでこの企画の第1回が始まった時、驚愕した。本書にもその経緯が詳しく書かれているが、尾崎ムギ子は「プロレスのプの字も知らない状態で」取材をして、現在のプロレスを「最強より最高」と書き、あるレスラーを激怒させた。「書いた人間を絶対に許さない」――そう言ったのが、連載第1回に登場するレスラー・佐藤光留だ。尾崎は、自分が怒らせたレスラーに、まさに怒らせた「強さとは何か」というテーマで、自ら取材を申し込んだのだ!

「はじめに」で、当時の尾崎の精神状態が詳しく明かされている。ライターになったものの仕事はなく、睡眠薬と精神安定剤が手放せない。取材前は緊張から毎回嘔吐してしまう。人とうまく話せない。やっと見つけた得意分野のはずのプロレスの、最初の記事で炎上する――。まさに崖っぷちだ。さらに各章の終わりには、相変わらず仕事がないことや恋愛事情、不安定な精神状態といった切実な語りが追記されている。「何なのだ、この本は」「インタビュアーがこんなに自分語りをしていいの?」と常識的な自分が顔を出し「いいに決まってるだろう! おもしろいんだから!」と打ち消す。同じライターとして、しかも同じくプロレス記事も手掛けるライターとして、強烈な嫉妬心がわいてくる。

 彼女は、ただ赤裸々に書いているのでも、露悪的なのでもない。正直なのだ。強さとは何かを知るために、レスラーに立ち向かい(尾崎自ら「真剣勝負」だと言った)、己の弱さと向き合い、自身に問い続ける。この自分語りは、レスラーの言葉と密接に絡み合っているのだと、読むほどにわかってくる。レスラーに会う→自分の生活に帰る→考える→少し自分が変わる――そのサイクルは、プロレスファンが日ごろから味わっているプロレスの醍醐味そのものでもある。

 秀逸なのは、やはり第1回の佐藤光留。佐藤は、かつて怒りをぶつけた相手である尾崎に、自分のプロレスを理解してもらおうと言葉を尽くす。「物書きの方の場合だと、『誤字脱字を見つけるのがブームなんだよ』と言われるのと一緒です」「文章を書く時に言語を変えないでしょう?」。尾崎に寄り添い、けれど自分を貫く佐藤の姿は、彼がどんなレスラーであるかを物語っている(巻末の尾崎との笑いにあふれる対談も最高だ!)。佐山サトル→藤原敏男→藤原喜明→前田日明の一連の流れも、その関係性とあいまって、スリリングで、あたたかくて、引き込まれる。

 佐山サトルは、強さとは? と問う尾崎に「反対に、弱さとはなんだと思いますか?」とやわらかく問い返す。答えにつまる尾崎――まるで、美しい師弟関係のようだ。だが書き下ろしの後日談を読んで、仰天した。彼女は佐山に自分の精神が不安定であることを相談していて、道場で「催眠術」をかけてもらったというのだ。そして「その日から睡眠薬も精神安定剤も飲まなくなった」と書いてある。師弟関係の「ようだ」ではなかった。師弟だったのだ(尾崎は佐山を「神」と言っている)。

 最終回。体を壊した尾崎は、死と向き合うことになる。そして、頸髄完全損傷で闘病中の高山善廣の記事を書こうと決める――。ずっとボロボロだった尾崎が、それでも顔を上に向ける瞬間に立ち会えた喜びを、嫉妬心は消せぬままに、かみしめた。

 正直な言葉が一番おもしろい。いつもそう自分に言い聞かせている。言い聞かせないと、うすっぺらい、一般化された言葉を使ってしまいそうになるからだ。そんなものは、人の心に届かない。どれだけ具体的で個人的な物語を語ろうと、正直な言葉であれば、それは普遍的な物語に昇華し、多くの人の胸を打つ。尾崎の言葉は、ここに登場するレスラーたちの言葉は、まさにそれだ。だからプロレス好きか否かに関係なく、この本は読者の胸を打つ。

「強さとは」そして「生きるとは」。尾崎は何度も自分に問う。同時にそれは、読者への「あなたの思う、強さとは?」という問いでもある。こんな真剣勝負を前にしたら、読者は当事者にならざるを得ない。

 私の答えは「自分でいること」だ。これまでにも、プロレスラーを見て思ってきたことだが、この本を読んであらためてそう思う。レスラーが派手なキャラ付けをして「これが俺だ!」と叫ぶだけでは、観客は納得しない。自分に「なる」ことは、そしてずっと自分で「いる」ことはとても難しい。けれどもがいた末、キャラの中にある本当の「自分」を見せられた瞬間、観客は一斉にエールを送るのだ。「ありのままの自分で」とか「あなたはそのままですばらしい」とかすっかり手垢がついてしまったフレーズが、説得力をもって立ち上がる。

 ここに登場するレスラーも、尾崎ムギ子も、きっともがいて、自分になった。自分だけの強さを手に入れた。私も強くなりたい。この本を読んでそう思うのは、私だけではない。絶対に。

文=門倉紫麻