ゴーン逮捕へと導いた“日本最強の捜査機関”が崩壊寸前!? 経済事件史にみる「特捜の闇」

社会

2019/8/8

『なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?』(須田慎一郎/イースト・プレス)

 かつて「日本最強の捜査機関」と称されていた、検察庁の東京地検特捜部(以下、特捜)。特捜部の功績をたどると、当時総理を務めていた田中角栄氏を逮捕・起訴した「ロッキード事件」をはじめ、巨額の金銭が反社会的勢力へと流れた「イトマン事件」の摘発、平成最後に起きたカルロス・ゴーン逮捕劇など、国を揺るがす大事件を立件してきた。しかし近年、特捜の存在感は薄れつつあるという。

 経済ジャーナリスト・須田慎一郎氏の新刊『なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?』(イースト・プレス)には、昭和後期と平成の経済事件史を中心に特捜の思惑と、捜査の危うさが綴られている。

 検察がものごとを事件化する際に、動機にしているのは「巨悪の追及」と「時代の要請」のふたつ、と須田氏。

検事たちに向かって「巨悪を眠らせるな、被害者と共に泣け、国民にウソをつくな」という訓示を垂れた検事総長がいます。一九八五年に就任した伊藤栄樹です。
就任時のインタビューでは「特捜検察の使命は巨悪退治です。私たちが『巨悪』と闘う武器は法律です。検察官は『遠山の金さん』のような素朴な正義感を持ち続けなければなりません」と、まさに検察の本質的な部分を語っています

「巨悪の追及」の具体例として挙げたのが、戦後最大の汚職事件こと「ロッキード事件」だ。この事件の巨悪は、田中角栄元総理。さらに児玉誉士夫や小佐野賢治などの悪役も絡んできたため、世間からも支持を得やすい事件だった。また、2つめの「時代の要請」の根拠は、伊藤の次に検事総長に就任した前田宏の発言にあるという。

前田は検事総長就任会見で「時代の要請と国民の真に求めるところに即した検察活動をしたい」と述べており、これが検察の動機が「巨悪の追及」と「時代の要請」であるということの根拠にもなっています

 特捜は、国民が怒り、問題に感じていることを“事件にする”。そのため、国民から批判を受けやすい大物政治家や高級官僚、役所がからむ汚職事件や大企業の経営者などの大物が起こした経済事件の捜査がメインになるという。

 そうした、巨悪との戦いのすえ、彼らは「日本最強の捜査機関」の名を手に入れた……というのが、これまでの特捜のイメージだった。直近でいえば、カルロス・ゴーンの役員報酬の虚偽記載がそれに当たる。

 しかし須田氏は「ゴーンは果たして『巨悪』でしょうか」と、疑問を投げかける。同時に、特捜の「金看板は、まさに崩れそうな様相を呈しているのが実情」と綴る。その理由のひとつが「インターネットの進化や海外メディアの流入」にあることを指摘している。

本当に検察は唯一絶対の正義なのか。そんな空気が生まれてきました。
じつは、これまで「検察=正義の味方」といったイメージをつくってこられたのは司法記者クラブというオールドメディアの存在があったからです。今回の日産・ゴーン事件ではそこが最も大きな問題点となります。マスコミも特捜部も発想が昭和時代のままで、それが平成最後の年にも通用すると思い込んでいたのです。

 インターネットが普及した昨今。人々の情報源、判断材料はマスコミだけではなくなっている。そこから垣間見えるのは、特捜の日本最強神話の終わりだった。須田氏は同書のなかで、カルロス・ゴーン事件を“特捜とマスコミの動き”を中心に考察し、特捜の思惑を暴く。

 かつての正義の味方・特捜は、新たな時代をどう迎えるのか……平成の経済事件史を振り返りながら、その存在意義を問う一冊となっている。

文=とみたまゆり