ドイツに住みたくなる、情緒的で豊かな日々…ベルリン暮らしの作者が独特なタッチで描き出す何気ない日常『ベルリンうわの空』

暮らし

公開日:2020/2/9

『ベルリンうわの空』(香山哲/イースト・プレス)

 読者の皆さんは、海外での生活に憧れを抱いたことはあるだろうか? 小生自身、そもそも海外には行ったことがないし、英語だってしゃべれないのだから異国で生活などできる訳がない。なれど、関連した情報を見聞きするたびに羨ましく思うのも事実。そんな折、また海外への興味が湧く一冊を見つけた。

『ベルリンうわの空』(香山哲/イースト・プレス)は漫画家であり、コンピューターゲームクリエイターでもあり、エッセイストでもある香山哲氏がドイツの首都ベルリンに暮らしつつ感じたことを、独特なタッチで描き出したコミックエッセイだ。まず目につくのは、やはりその独特のタッチだろう。香山氏自身の顔も犬のような雰囲気で描かれているが、そのほかの登場人物も似顔絵というより、本人の個性を顔として描いているかのよう。

 では、香山氏はベルリンで何をしているのか? 驚くことに氏の口から「あんまり何もしてない!」と。いや当然仕事はしていたのだろうし、本書の執筆もそうだ。だが、ここで語られるのは日常生活を送る中で氏自身が見つけたベルリンの「何気ない魅力」である。

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 まず香山氏が感じたのは「街全体に余裕ややさしさが多いな…」ということだ。「駅で泥酔した人がヤケをおこしていても、横にいた他人がおさえてあげて【つらいことあった?】と聞いてあげていた」と述べている。小生は夜遅く帰る生活をしており、駅前で大声を出す酔っ払いを目にする機会もあるが、その同行者でない限り無視されるのが常である。また「どぎつい広告なんかも少ない気がして、自分の心にも余裕が持てていた」とも。この段階で、小生もベルリンに心惹かれていった。

 個人的には、公共交通機関にも興味が惹かれる。ベルリンでは電車とバス、それにトラム(路面電車)が中心。電車はSバーンと呼ばれる中長距離を走る高架方式のものと、Uバーンと呼ばれる地下鉄がある。そして料金だが基本は300円ほどの切符を1回買うと、先述の交通機関全てに2時間乗り放題なのだ。これで郊外まで足を延ばせるようなので、香山氏もとても重宝したようだ。ドイツというと古城や森などが印象的だが、それらの散策も、公共交通機関を利用したとのこと。

 また飛行機も気軽な乗り物となっている。なぜかといえば、その料金だろう。ベルリンからオランダのアムステルダムまでが往復で約1万円、オーストリアのウィーンへは往復6400円なのだから、まるで日本の国内旅行並みである。香山氏は「ヨーロッパ内なら遠足って感じの気軽さだ」と。ヨーロッパとひと口に言っても、それぞれの国で歴史も文化も気候も違ってくるので、とても良い刺激になりそうだ。

 ここまで気軽だと、やはり人的交流も盛んなのだが、それぞれに違う生き方をしてきた人々が集まるのだから、貧富の差や価値観の違いなどの軋轢は生まれる。だからこそ「町の余裕ややさしさ」はお互いが平穏に暮らすための術なのだろう。勿論、それだけで全て上手くいく訳もないが、香山氏もその現状に少しでも役立ちたいと、街で知り合った仲間とともに「こどもしんぶん」を立ち上げる。次世代を担う子供たちと、少しでも多様な知識と価値観を分かち合うためだ。

 2020年が始まった途端、新型コロナウイルスが世界を騒がせている。それに便乗し、排外主義的な論調もまた大きくなってきたが、それは何度も繰り返されてきたことだし、呆れはするものの驚くには値しない。そもそも既に世界中で人々の移動は止められないし、交流があるからこそ経済も科学も文化も発展する。知らない物事に対し「疑心暗鬼」に陥るのもわかるが、ほんの少しの「余裕ややさしさ」が持てれば、事態を客観視し冷静な対処ができるのと思うのである。

文=犬山しんのすけ