すしの美味さを“科学”と“技術”で解明するものすごい本!

食・料理

公開日:2020/4/17

『すしのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える』(高橋潤「鮨たかはし」:技術指導、佐藤秀美:監修、土田美登世:文/誠文堂新光社)

 すしは美味い。ネタに好みはあるだろうが、本当に何を食べても美味い。しかし少々乱暴な言い方であるが、「魚介類を切って、握り固めた酢飯に載せただけのすしはなぜ美味いのか? そして見た目がほぼ同じであるのにとても不味いすしも存在しているのはなぜなのか?」という質問に、たぶんほとんどの人は明確に答えられないはずだ。

 それなのに「白身魚の美味さがわからないとは何事だ」とか「最初っからマグロを頼むなんて、無粋だねぇ」とか「サーモンなんてのはすしネタに入らねぇんだよ」とか「“むらさき”や“あがり”なんてのはすし屋の符丁なンだから客は使うな」とか、神田の生まれでもないのに「江戸っ子だってねぇ、すしを食いねぇ」なんてことを言ってしまう人がいる。ちなみに『スシ食いねェ!』をリリースした当時のシブがき隊のメンバーの皆さんは、どこへ行ってもすしを出されて辟易したことがあるそうですが……それは全然関係ありませんか、そうですか。

 さて、感覚的な問題というのはなかなか文章化、ビジュアル化しづらいものである。味や食感は人によって違うし、好き嫌いや過去の思い出に引っ張られたりする。さてどうしたものか……と考えていたときに見つけたのが『すしのサイエンス おいしさを作り出す理論と技術が見える』(高橋潤「鮨たかはし」:技術指導、佐藤秀美:監修、土田美登世:文/誠文堂新光社)だった。

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 この本が優れているのは、多角的な3つの要素から構成されていることにある。ひとつ目は、すしに関する知識(起源や歴史といった基礎的なところからネタの紹介や旬の時期、漁場などマニアック情報まで網羅)、ふたつ目は銀座「鮨たかはし」のご主人自らが仕事の内幕を隠すこと無く見せてくれる技術指導(写真が多数掲載されており、捌き方や握り方を目の前で見ているような臨場感!)、そしてなんといっても3つ目の美味しさを科学から解き明かす「サイエンス」のページの威力がすごいのだ。あまりにもすごいので編集部にお願いして、中の画像をお借りした。

こちらは魚の筋肉がどういう構造になっていて、釣られたり、網で引き上げられた後、どう筋肉が死後硬直をし、私たちが食べる柔らかく美味いネタになるのかを解説している(確かに魚介類の身って筋肉なんだよな、と再確認)。またアジやサバが腐りやすい理由などもよくわかる。

「コハダの美味い店は何を食べても美味い」というのはすし好きの常識だが、コハダの身のタンパク質を塩と酢で上手に締める「仕事」を科学的に見て、そのプロセスを理解すると、「確かにこの仕事をキッチリできるすし屋は他のネタも丁寧に扱ってるはずだよねぇ」と納得できる。

軟体動物で同じようなイメージで捉えがちだが、イカの筋繊維は平行に並んでいて、タコは放射状になっているなど、構造はまるで違う。ときどき「これはゴムなのではないかな?」というくらい硬いイカやタコがあるが、下処理や調理方法が良くないことが科学的な視点から理解できる。

 これ以外にも、包丁の使い方、米の種類や炊き方、酢や酢飯の作り方、山葵、ガリ、海苔について、玉子焼の焼き方、カウンターの内部など、すしに関するありとあらゆることが網羅されている。どうだろう、圧倒的じゃないだろうか? ……ただひとつ難点なのは、定価が4200円(税抜)と少々値が張るところ。しかし一度すしを食べに行くのを我慢して、ぜひとも手に入れてもらいたい。そのくらいの圧倒的情報量なのだ。この本を読めば、次から食べるすしの美味さは数倍……いやそれ以上に増すこと請け合いだ。

 しかしこの本で知識を得たからといって、食べる前にご講釈を垂れるのはどうかご遠慮いただきたい。すしは職人さんが握って、出されたらすぐに食べるのが、理論的にも、科学的にも、そして気分的にも最高の状態で味わえる秘訣なんです!

文=成田全(ナリタタモツ)