“同人女”が心に秘めたものを引きずり出す「2020年最大の奇書」

マンガ

更新日:2021/1/7

私のジャンルに「神」がいます
『私のジャンルに「神」がいます』(真田つづる/KADOKAWA)

 生まれて初めて紙の同人誌を出したのは、確か社会人1年目の頃だ。

 小学校の頃から漫画雑誌を読みあさり、中学でできたオタク友達に連れられてコミケデビュー。お小遣いを一生懸命貯めて、可愛い女の子を描く作家さんのイラスト集を買いまくる時期もあれば、どハマりしたミステリー小説の二次創作同人誌をかき集める時期もあった。

 炎天下の駐車場に数時間並び、さらにサークルの販売列に数十分並んで手に入れた新刊のとうとさと言ったら。目当ての新刊や無料配布本を手に入れられずに歯軋りする年もあったけれど、きちんと手に入った宝物も必ずあったから、おおむね幸せだった。

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 大学に上がるまでにも、友人が主宰する同人誌に小説を寄稿したり、所属している漫画同好会が毎年文化祭で出している会誌に参加したりはしていた。めちゃくちゃハマったジャンルがあったら、突発的にホームページを作り、SS(短編小説)を何本かあげて、そのジャンルのウェブサーチに参加することもあった。だから、自分が書いたものを誰かに読まれることで生まれる一喜一憂には慣れているように思っていたのだが……自分で最初から企画し、小説を書き、友達に頼んで挿絵をつけてもらって、キンコーズで印刷し、「自分が書いたコピー本」がこの世に生まれたときのアドレナリンと言ったら。そして、参加したオンリー即売会で十数部は手に取ってもらえた喜び、でも完売はしなかったことへの「そうだよな」という気持ち、壁に居並ぶ大手サークルの行列に対する純粋な感銘、自分のスペースと同じ並び・同じカップリングのサークルの方が売れ行きが良さそうなことへのわだかまり……などなど。読み手として体感する「萌え」にも様々なものがあったけれど、書き手になると、萌えを越えて、こんなにもあらゆる「感情」に苛まれることになるのか、という新鮮な気づきがあった。

 話が長くなってしまった。そう、今回紹介する『私のジャンルに「神」がいます』(真田つづる/KADOKAWA)は、同人をめぐる悲喜こもごもを経験してきた私たち、オタクの中でも“同人女”としてのアイデンティティを持つ者が心に秘めたものを引きずり出す。「2020年最大の奇書」と言ってもいい作品だ。

「秀才字書きと天才字書きの話です」と添えて投稿された1話からスタートし、Twitter上で連載された7話に描き下ろしを加えて構成された「ジャン神」。メインテーマは、連載時のタイトルにもあるとおり、「同人女の感情」。どのジャンルでも覇権をとってしまうような才能を持つ「神」である天才字書き・綾城をめぐり、女たちが葛藤し、暴言を吐き、自分を嫌悪し、奮起し、そして同人を読み書く道を邁進してしていく様が描かれる。

 同人女の感情、という「そんなものがマンガになるのか!」という題材を取り上げた点も面白いけれど、やはり本作の名を世(?)に轟かせたのは、Twitterトレンド入りもした「おけけパワー中島」の破壊力だろう。素っ頓狂なアカウント名でノリも軽いのに、なぜかジャンルで一目置かれている作家と仲がいいあいつ……という、「言われてみれば、いる気がしてくる」ような気がしてくる概念を登場させ、彼女の姿だけ「描かない」手法をとったことで、Twitter上ではオタクたちの「おけけパワー中島語り」が大勃発。「おけけパワー中島」について解説したツイートまでもがバズるという、「おけけ」ムーブメントが巻き起こったのだった(私もマンガそのものではなく、「おけけパワー中島」のバズを先に知り、検索を重ねてマンガにたどり着いたクチです)。冒頭の私の自分語りに「わかる、私もわかる…」とうなずいた人も、一方で「私なんて最初のサークル参加で1冊も売れなかったんだから!」「その程度の経験で自分語りしないでほしい、私の場合は…」と脳内でしゃべり出した人も、どう考えても読むべきマンガだと言える。

私のジャンルに「神」がいます
私のジャンルに「神」がいます

 いや、でもそういう人はもう買ってそうですよね。もしかしたら、私の自分語りに「あんまりわからない…」「同人誌、買ったことも読んだこともない」という感想を抱いた人にこそ、すすめるべきなのかもしれない。だって、私たちが数年以上の実体験の中で培い、いつの間にか社会全体にも影響力を持つようになっていた「オタク」「同人女」というアイデンティティの一端が、極めてわかりやすくユニークに描写されているのだ。そして1冊を読み終える頃には、登場人物たちの感情の揺れ動きというのが、決して滑稽なものでもオタク特有のものでもなく、自分の存在意義や「何かを好きな気持ち」について悩んだことがある人にも響くものであると、思えるのではないだろうか。オタクでもオタクじゃなくても、自粛を続けるうちにあまり感情が揺れ動かなくなってきたかも……? と感じている人に、読んで欲しい1冊だ。

文=ひらりさ

【試し読みはこちら】
▶天才字書きの作品を読み衝撃を受けた七瀬。綾城に興味を持ってほしく、必死に創作するが…/私のジャンルに「神」がいます①

この記事で紹介した書籍ほか

私のジャンルに「神」がいます

著:
出版社:
KADOKAWA
発売日:
ISBN:
9784046800268