アイデアは「思いつく」のではなく「思い出す」もの。JR東日本の改札機の課題をデザインで解決した著者が教える、物づくりの根幹

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更新日:2022/4/11

だれでもデザイン
『だれでもデザイン 未来をつくる教室』(山中俊治/朝日出版社)

 オシャレな建物で、案内標示のデザインが小さくわかりにくくてトイレが見つからなかったり、コンビニのコーヒーマシンのLとRのボタンがラージなのかレギュラーなのか、それとも左なのか右なのかに迷ったり…。結局これらのデザインは利用者にその意図を理解させることができず、スタッフによって手書きや日本語で注意書きや案内が付け足される。ネット上ではこれらは嘲笑をこめて「デザインの敗北」と呼ばれる。

 デザインの目的は「オシャレ」なのか、それとも「洗練」なのか、はたまた「アート」なのか。山中俊治氏の『だれでもデザイン 未来をつくる教室』(朝日出版社)は、デザイン本来の役割と目的を知り、それを生み出すための思考法を学べる一冊だ。

 本書はデザインエンジニアである山中氏が、2017年に高校生を対象に行ったデザインの根幹を学ぶ4日間の体験型授業を書籍化したもの。

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 山中氏のデザインの定義は明瞭だ。

 人工物、あるいは人工環境と人の間で起るほぼすべてのことを計画し、幸福な体験を実現すること。

 デザインは常に利用者が幸福になるべきというとてもシンプルな思想である。そしてデザインの目的は常にベネフィット(利益)を得ることだという。もちろん利益とは金銭ではなく、幸福も含めた広い意味での利益である。

 また山中氏はデザインの準備としてスケッチを生徒たちに教える。ニワトリや人体などスケッチすることは観察することにつながり、「絵」は言語として人に伝える道具になるという。スケッチは形を介したコミュニケーションなのだ。

 そして生徒からの質問にも山中氏は簡単明瞭に答えていく。

「デザインのセンスはどういうふうに磨いているのか」という質問に山中氏は「センスとは知識と経験が大半でだれでも積み上げられるものである」と答える。

 体験型である授業ではバラエティに富んだ実習も面白い。

 生徒たちはパソコンのマウスやメトロノーム、鍵盤ハーモニカやドライヤー、ゲームのコントローラを分解してスケッチし、そこから「作られる」ことを逆に辿っていきデザインを理解していく。鍵盤がなぜ押した後に戻るのか、なぜドライヤーから温風が出るのか、そのメカニズムとデザインの関係をスケッチで言語化していくのだ。

 そして授業は、アイデアはどのように思いつくのか? という核心へと進む。

 アイデアは、なにもないところからは生まれず、いくつもの記憶から繋ぎあわされて生まれるもので、「思いつく」のではなく、「思い出す」ものだという。

 そうして分解した鍵盤ハーモニカやメトロノームの部品からどんな日用品が作れるか、そのアイデアを生徒に考えさせる。まさに分解した記憶からさまざまなアイデアが「思い出される」のだ。

「デザインで解決できませんか」

 そう言って山中氏に依頼してきたのは自動改札機の試作機で課題にぶつかったJR東日本だった。

 いまでは当たり前となったICカードによる鉄道の自動改札機だが、JR東日本とメーカーによる最初の試作機の実験では、カードを渡された人の半分が改札機を通れなかったという。

 ICカードの改札機という、それまで見たことがない新しい技術を利用してもらうとき、改札機をどのような形にするか、どうすれば適切な場所にカードを当ててもらえるか、困ったJRの担当者は技術ではなくデザインで解決しようと相談してきたのだ。

 開発に関わっている人たちの使い勝手に関する直感は大体あてにならないと山中氏は言う。開発者は開発中の「何か」にとても詳しくなっているだけに、その人たちはどうしてそれを使えない人がいるのかが「わからない」という。これを開発のジレンマと山中氏は呼ぶ。

 自動改札機でのICカードの読み取りと書き込みには0.1秒から0.2秒かかるが、東京の人が、平均的な歩行速度で止まらずタッチするのに適した時間は0.1秒ほどという。しかしそれではICカードのやり取りの時間が少し足りずエラーが出てしまう。

 しかし、さまざまな実験の結果、カードを当てる面が斜めになっているだけで、人は一瞬手を止めてくれることがわかった。

 デザインがカードを当てる時間を生み出したのである。

 これぞデザインの勝利。

 そのほか、山中氏による義手、義足のデザインなどの事例や、生徒たちが実際にアイデアからプロトタイプを製作し、プレゼンテーションまで行うなどデザインの思考法から形にするまでの実践的な例が紹介されている。

 クリエイティブなシーンだけでなく、普段物事を人に伝える機会の多い人にも読んでほしい一冊である。

文=すずきたけし

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