国内最速レベルと評される防災アプリ「特務機関NERV」は、いかにして生まれ成長したのか

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公開日:2022/4/15

防災アプリ 特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年
『防災アプリ 特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(川口穣/平凡社)

 特務機関NERV(ネルフ)――この名前を聞いてピンとくる方は少なくないはず。そう、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する人類の敵・使徒に対抗するために作られた国連直属の非公開組織の名前だ。

 このNERVの名を冠した災害速報を伝達するTwitterアカウント・スマートフォンアプリをご存じだろうか。Twitterフォロワー数140万人、アプリダウンロード数206万回とユーザーも多い。さらに、情報の伝達速度は国内最速レベルという。

 そんな防災アプリ「特務機関NERV」の誕生から社会インフラと言える性能と信用を得るまでのストーリーが書かれているのが『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(川口穣/平凡社)だ。本書に書かれているサービスが生まれたきっかけと、最強の災害情報インフラへの第一歩となった出来事を紹介したい。

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始まりは1人の大学生の“遊び”から

 アプリ開発者の石森大貴は大のエヴァンゲリオンファン。2010年2月27日、以下のツイートを投稿した。

沖縄県本島で震度5弱の地震が発生。津波警報・注意報が発令されています。一般市民及びD級勤務者は速やかに海岸より退避してください。

 このようにアニメの独特な言い回しで地震情報・津波警報を知らせるツイートだった。当初、ツイートは手動。7月には気象庁のサイトの情報を自動で投稿するプログラムを作ったが、現在のようなスピードとは程遠い。言わばエヴァファンが“遊び”で作ったありがちなボットシステムだった。

 この取り組みは1人のエヴァファンとして、かなり興味深い。だが、同じようなTwitterアカウントを見つけたとしても「フォローしてみよう」とは思わないだろう。災害情報は人命に関わる。アニメのパロディのような取り組みに命を預けることはできないと考えるのは“普通”だ。しかし、このシステムは普通を脱して、信頼に足る社会インフラとなった。その経緯が如何に困難な道のりだったかは推して知るべしだ。

 そんな特務機関NERVの最初のターニングポイントは、2011年3月11日に発生した東日本大震災。ここから単なる遊びではなく、防災の社会インフラへの道を歩む。

ヤシマ作戦発動

 宮城県石巻市出身の石森氏は、東日本大震災当時、東京の大学に通う20歳の大学生だった。家族のことは心配だったが、ITエンジニアの自分が戻っても役に立てることは限られる。そこで、収集した石巻市の情報を自身のブログに掲載。肉親の安否は分からない。居ても立ってもいられない中、一心不乱に情報発信を続けたという。

 東日本大震災により、福島の原子力発電所をはじめ各所の発電所がストップして電力が足りない状況に。東京だけでなく、関東各地で計画停電が実施された。必要な場所へ電力を届けるための計画停電。ネット上のエヴァファンは「ヤシマ作戦」という言葉を用いて、節電を呼びかけ、周囲を、そして自分を鼓舞した。

 ヤシマ作戦とは、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の作中で、敵をせん滅するために日本中を停電させ、集めた電力を使った作戦だ。

「これはヤシマ作戦だ」

 石森氏はTwitterアカウント「特務機関NERV」から、節電を呼びかけた。

24時間態勢で地震情報を発信

 現在、特務機関NERVは緊急地震速報が発表されると同時に情報を受信、解析して投稿する流れを自動で行う。だが、当時はテレビのチャンネルをNHKに合わせ、夜寝るときもつけっぱなしにして、24時間態勢で地震情報に備えていたという。

 その後、改良を重ねることで進化する「特務機関NERV」。本書では、石森氏がどのようなこだわりで、どのような改良がされてきたのかが事細かに書かれている。この過去を知れば、アニメの知名度や人気だけで、社会インフラにまで上り詰めたわけではないことが分かるだろう。

 個人的には、エヴァンゲリオンの版元が石森氏のやり取りによって、このTwitterアカウント「特務機関NERV」を事実上認めたという粋なエピソードに目頭がじんわり熱くなった。そのほかにもエンジニアとしての軌跡やアプリ開発の試行錯誤などについて詳細に語られている。

「特務機関NERVってどんなアプリ?」「石森氏の熱いアプリ開発秘話を知りたい」

 そう思っていただけたなら、ぜひ本書を手に取っていただきたい。

文=冴島友貴

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