「病のみならず、怪我も㊙伝でお見通し。」『江戸秘伝! 病は家から』⑨

文芸・カルチャー

公開日:2019/11/30

 窓のない部屋に住むとうつ病に!? 小石が癌の原因に!? 医者が治せない病に悩む市井の人々は、なぜ江戸商人・六角斎のもとを訪ねるのか。その孫の我雅院(ガビーン)が謎に迫る江戸ロマン小説! バナーイラスト=日高トモキチ

【第九病】病のみならず、怪我も㊙伝でお見通し。(市井の“町医者”六角斎の見立て

 親友М君が、サイクリング車を買ってもらった時のことです。流行の21段ギアに速度計も付いてる最新型です(あー、うらやましい)。

 ひきかえ私のは、父が使ってた中古の牛乳配達用三角スタンド付きの、恐ろしく重~い1台。

 早速二人で幹線通りを走っていると、あろう事か彼がギアの操作を誤って信号待ちのトロリーバスにぶつかってしまったのです。

 今でこそ欧州などで環境に優しい(バスなのに屋根からパンタグラフで電気を受ける)評価ですが、高度成長すさまじき当時は、渋滞の根源の如くノロマなバスだと邪魔者扱いされていました。

 池袋の六又(十字路より複雑な六差路)ロータリーを通過するときに、М君がガチャンと自転車ごと倒れたのです。

 その日の夕方、おでこにこぶ、ひじと膝をすりむいてるМ君と戻ってくると、バッタリ六角斎に出くわしました。

 「ほほー、おでこに勲章か、一体どうしたのかな?」

 てんまつを話すと、六角斎が最初に尋ねた問いは次のことでした。

 「М君の自転車じゃがな、一体どっちの方角を向いて倒れたのかな?」(また妙な問答が始まるのかなあ…)

 少し考えたМ君が

 「多分、西の方を向いてたと思うんだけど」

 と答えると、

 「ところでМ君のお家では、西の方には何があるのかな?」

 「自転車3台の置き場です」

 「それは、いつからあるの?」

 「僕と弟の2台が増えたので、ゴミ箱とブロック塀を少し壊して父が先月作りました」

 「成る程、成る程」

 と六角斎はゴールを見通したようです。

 「よいかな、わしが話すことは何も体の病に限ったことだけではないんじゃよ。事故やケガも大いに関係がある。有難いことに、事故を起こした物の向いていた方角と、きっと同じ方角でМ君の家でも何かやらかしてる事を教えてくれている訳さ。М君のお父さんの年をまだ聞いていないが、今年のМ君の家では、西の方の造作や修繕は、つつしむべきだったのだろうな。方角すなわち方位という要件も、‘病と家の関係’を考える上で大切なことの一つなのじゃよ」

 秀才の異名があったМ君は、こうした体験をきっかけとして何十年経った今でも、六角斎の遺した事績を私とひも解いているのです。

 そして、あの日に私達が最も突き止めたかったのは‘方位’と言う言葉の元を知ることでした。六角斎からは、こんな風に問われました。

 「君たちは方位という言葉から何を連想するかね?」

 僕らは思いつくままに

 「磁石、旅立ち、方向、コンパス、十二支の方角(子丑寅とか)、鬼門、東西南北」

 と答える。すると六角斎は十二支の成り立ちについて

 「誰しも、自分はネズミ年で妹はウシ年とか言って、十二支を12年で一回りさせている。では聞くが、そもそも十二支とは何を元に出来上がったのかな?」

 と重ねてきます。

 「中国四千年の歴史で偉い人が考え出した」

 とか適当に答えてみましたが、六角斎はたった一言、こう発したのです。

 「木星」。

 ガビーン! 一体全体、“十二支”と“木星”がどう結びつくというのでしょうか。六角斎いわく、

 「よろしいかな、地球は太陽の回りを1年で一周するが、木星が太陽を一回りするのには12年かかるのだよ。その12年間を1年毎に区切って、子丑寅卯辰巳……と割り付けられたのが十二支の干支(えと)なんじゃよ」

 (うーん、六角斎は天文学にも造詣が深かったのか。では、あのアストロラベを使っていたのも、何かを探るための道具だったのだろうな)。

 М君が帰って、日没近く六角斎とマルを散歩に連れ出した時、今度は犬のマルをしみじみと見て妙なことをつぶやきました。

 「実を言えば、わしも‘おかげ犬’のようなものだったわい」

 今回は2度目のガビーン!です。(全く理解不能だ。一体どういう意味なの?)

 以下、六角斎が恥を忍んで打ち明けた、若かりし頃のキテレツなお話で締めといたしましょう。

 当家の四代目(六角斎の父)は幕末の生まれで、かつての大店の商家では、跡取り息子を‘オトコ’にするためのある手段として、まるで第六病に登場した‘おかげ犬’のように、まだ若かった六角斎を伊勢参りに向かわせたのです。

 ‘伊勢参り 大神宮にも チョイと寄り’この川柳からして、目的は大神宮のお札よりも、近くの伊勢古市の宿におこもりして‘オトコ’にして頂く算段なのです。

 驚いたことに、当時六角斎が逗留した麻吉旅館が、今も現存しているらしい。それも、「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルらしい。ということは、あの駿氏も御籠(おこもり)されたのかしら。いずれにせよ昔の方々は、大らかと言えば大らかですね。

 思春期に入った私に、六角斎が遠慮なく話してくれたところで今回はおしまい。第九病「完」。

<第10回に続く>

我雅院久志(がびいん・ひさし)●江戸時代から続く商家の七代目当主。還暦を迎えた東京生まれの江戸っ子オヤジ。五代目当主だった祖父・六角斎のもとに、病に悩む市井の人々が日々訪ねてくることに気付き、その理由を探ることに。本連載がデビュー作となる。