「あっという間に世界の果てへ飛ばしてくれる。そのトリップ感に引き込まれます」/『待ち合わせは本屋さんで。気になるあの書店員さんの読書案内』三省堂書店 神保町本店 竹田桃香さん

文芸・カルチャー

公開日:2021/2/20

 外出先でぽっかり時間が空いた時、なにか楽しいことを探している時、人生に悩んだりつまずいたりした時──。そんな折に、ふと足を向けたくなるのが本屋さん。新たな本との出合いを広げる本屋さんには、どんな人が働いているのでしょうか。首都圏を代表する5つのお店の看板書店員さんに、今おすすめの一冊と書店の魅力や書店で働く楽しさについて順番に語っていただく連載企画。今回は三省堂書店 神保町本店 竹田桃香さんです。

三省堂書店神保町本店 竹田桃香さん
三省堂書店 神保町本店 竹田桃香さん
書店員歴7年。文庫売り場を担当。

書店員の喜びは、作り手と読み手をつなぎ、両者の思いを双方に伝えられること

──竹田さんが書店で働こうと思ったきっかけを教えてください。

竹田:大学時代に、今とは別の店ですが、大した考えもなく、本当になんとなく本屋でアルバイトを始めました。落ち着いて働けそうだと思っていたけど、全然落ち着いてなかったですね……。店長はものすごく厳しい人でしたが、本当にいろいろなことを教えてくださいました。

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 その後、大学を卒業したものの、就職活動もうまくいかず、自分には何もできないと落ち込んでいました。さすがに本屋のアルバイトなら経験があるからできるだろうと思い、働き始めたのが今のお店で、そのまま社員になりました。自分にとって、長くいることができる組織やコミュニティは多くはないと知っているので、貴重な居場所です。

──やはり子供の頃から本屋さんがお好きだったのでしょうか。書店にまつわるエピソードがあれば、教えてください。

竹田:小学生の時、塾の行き帰りにデパートの中の書店をいつも通過していました。東急百貨店の中にあった有隣堂たまプラーザ店です。なので本屋は通学路でした。初めて「自分で選んで文庫本を買う」をしたのもこちらでした。ちなみに購入したのは、星新一の『おせっかいな神々』。よく覚えています。当時4年生くらいだったと思います。

──書店で働く楽しさについてお聞かせください。「書店員でよかった」と思うのは、どんな時でしょうか。

竹田:やはりお客様のお役に立てたと思えた時でしょうか。当店は、老舗大型書店ということもあって、日々お客様からの期待をひしひしと感じます。その期待に応えられたと思えた時はうれしいですね。

 また著者さんや出版社などの本の作り手と、エンドユーザーであるお客様の両方と直接関わることができることも楽しみのひとつです。作り手と読み手をつなぐことができること、また両者の思いを双方に伝えられることに、書店員の仕事の醍醐味を感じます。

──「老舗大型書店」という言葉が出ましたが、三省堂書店神保町本店は130年もの歴史を誇る老舗中の老舗です。お店の特長を紹介していただけますか?

竹田:世界一の古本屋街ともいわれる神保町の、老舗新刊書店です。創業1881年、売り場面積は1階から6階まで約1,000坪あります。書店員もびっくりなぐらい本に詳しいお客様がたくさんいらっしゃるのでいつも勉強させていただいています。また、近隣に学校が多く、学生さんにもよくご利用いただくので学習参考書や教科書、テキスト、専門書なども豊富に取り揃えています。本の愛好家の方だけでなく、幅広い年代の方にとって楽しんでいただける書店です。

──お客様によく聞かれること、変わった質問などはありますか?

竹田:「カレーの街」神保町なので、おすすめのカレー屋さんをよく聞かれます。個人的にはボンディさんをご紹介してます(笑)。

チベットの血と汗と涙の壮大なサーガ『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』 コロナ禍にこそ読みたいスーパーハードな旅の本!

白い鶴よ、翼を貸しておくれ

──今回は、ここ数年で刊行された中から、おすすめの一冊を紹介していただきます。どんな作品でしょうか。

竹田:ツェワン・イシェ・ペンバの『白い鶴よ、翼を貸しておくれ』です。20世紀初頭、アメリカ人宣教師の夫妻がチベットの最奥地に入ることから始まる、チベットを取り巻く人々の物語です。家族の絆、異国の者同士の絆、異文化間の理解と衝突、チベットの部族間の決裂、中国(大国)と少数民族の対立(二度の世界大戦に続く共産党の台頭といった、世界の大きな歴史の流れに翻弄されるチベットの姿)などが描かれていきます。チベットの血と汗と涙の壮大なサーガで、あまりに劇的な展開にぐいぐい引き込まれました。人々の絆のありようも、胸を熱くします。亡命チベット人医師による作品であり、チベットに関するあらゆる描写がリアルに感じられる生々しさもありました。チベットの厳しく雄大な自然の描写も美しいですね。

 チベット仏教が現地の人々にとってどんなに大切なものか、精神的な柱となっているか、僧侶たちが人々にとってどんな大きな存在なのかなど、日本人の多くに馴染みのない、宗教と人々の関わりについて深く感じられるのも見どころでした。

──この本に出合ったのはいつですか?

竹田:2020年の10月、当店の新刊台に並んでいるのを見て、初めて知りました。完全にお客様と同じ目線でした。一見して、即「ああ、これは絶対に面白い」と思いました。

──数多くの作品の中から、なぜこの作品を選んだのでしょうか。

竹田:読書で時空を旅することができる、とよく言われますが、私はそういう本がすごく好きなんです。この本からはそれを強く強く感じるし、異国の、異時代の風にびゅんびゅん吹かれます。とにかくタイムトリップ感がすごいのですが、それでいてトリップ先はファンタジーでもなんでもない実在の場所であり、そう古くない時代。物語は、現在も係争中のチベット自治区の深刻な問題につながっています。現代の自分自身の世界につながる物語なんです。

 飛行機などない時代、アメリカから何年もかけて未踏のチベット奥地を目指すのが、まずめっちゃ「旅」。文字通り、這いつくばって急峻な山を登って行くんです。そこから激動の時代を懸命に生き抜く彼らと彼らの子孫の戦いも、めっちゃ冒険。時空を超えた、スーパーハードな旅の本なんです。

 かつてチベットの山奥に、美しい民族衣装を着て、経を唱え、祈り、伝統的な武器をとって戦った人たちがいた。その場所は脈々と受け継がれて今に至っていて……など、その悠久の時に思いを馳せると、なんとも途方もない気持ちになります。分厚い本ですし、「チベット…!?」となりそうですが、大丈夫です。みるみる引き込まれます。気づいたら1900年代初頭のチベットにいます。

──この本をおすすめするなら、どんな方でしょうか。

竹田:旅行ができない昨今、誰にとっても閉塞感の強まる一方な世の中ですが、この本はあっという間に世界の果てへ私たちを飛ばしてくれます。遠い遠い場所に思いを馳せれば、心に風穴をあけてくれますし、ふっと視線を遠くにやることができます。それによって、何か重たいものを一時的にでも肩から降ろすことができるのではないかと思います。動けないでいること、いろいろなことを我慢しなければいけないことに、息苦しさを感じている人にこそ読んでほしいと思います。

──今回ご紹介いただいたのは海外文芸書ですが、竹田さんは文庫のご担当ですよね。文庫売り場で、最近企画したフェアについて教えてください。

三省堂書店神保町本店

三省堂書店神保町本店

竹田:1975年に12歳で自殺してしまった実在の少年が生前遺した詩を収録した作品についての企画「ぼくは12歳」を展開しました。ほかには、応援している作家・蒼月海里さんの特設コーナー、早川書房epi文庫創刊100タイトル記念フェア「宝石箱みたいなepi文庫」を企画しました。

──文庫以外に、開催中のフェア、イベントがありましたら詳細を教えてください。

竹田:3月上旬まで当店1階正面玄関横で、学問が大人の基礎をつくる「東京大学出版会 70周年記念フェア」を開催中です。東京大学で使われている教科書や、東大の先生たちが新入生に向けておすすめしている入門書や学術書など、東大にまつわる様々な切り口で書籍を展開しております。ぜひ、お越しください。

構成=野本由起

次回はジュンク堂書店 池袋本店の書店員さんです。

【店舗情報】
三省堂書店 神保町本店
住所:東京都千代田区神田神保町1-1
TEL:03-3233-3312(代表)
営業時間:10:00~20:00
※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、営業時間が変更になる可能性があります。
最新情報は、下記公式サイトをご確認ください。
https://www.books-sanseido.co.jp/shop/kanda/