バイオリンをやめた少年に、演奏を願う謎の少女。ふたりが紡ぐ青春再生物語『からっぽのアイネ』/マンガPOP横丁(88)

マンガ

公開日:2021/12/3

からっぽのアイネ
『からっぽのアイネ』(折山漠/集英社)

 ひと夏の青春物語には、ファンタジー展開がよく似合う——。あくまではりま個人の意見だが、とにかく夏×青春×ファンタジーという設定の物語が好きだ。海辺の街が舞台の『からっぽのアイネ』(折山漠/集英社)は、これらの要素が詰め込まれた作品である。物語は男子高校生の吉識律(よしきりつ)の心の闇から始まる。


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 楽しみごとを要らないものとし、人との関わりを極力避けながら世間をさめた目で見ながら暮らしていた律には、ずっと忘れたいと思っている名前があった。暑い夏のある日、律にとても奇妙な出来事が訪れる。書店で受験勉強の参考書を買った帰りのこと。「弾かないコンサート」と題した、街中に溢れた音をみんなで味わい尽くすという変わった路上パフォーマンスをする少女とそれを見る群衆を目撃。遠くから見ていた律はその場から離れようとするが、次のパフォーマンスで律にまさかの指名が! 少女はステージへ誘導しようと律へ接近。律が振り返った瞬間、まるで再会したかのように少女の口から律の名前が。さらに興奮した表情で律にバイオリンのコンサートの開催を促してくる。この時、誰だかわからない少女のからみにさっきまでウザったく思っていた律の気持ちが動き、彼女に問いかける。なぜ自分がかつてバイオリンを弾いていたことを知っているのか……。すると律の中でこの少女がある人物と重なってくる。今は亡き幼なじみのアイネだ。そして同時に蘇る、海の見えるホールで律がバイオリンを演奏する夢を実現させようと約束したアイネとの“忘れたかった”思い出。のちに律はこの少女の名前がその幼なじみと同じ「アイネ」であるということと、自身の記憶を失い、亡くなったアイネの記憶を持っているということを知ることになる。

 初対面の律を知り、バイオリンの演奏を熱く願う少女の正体とは。そして幼なじみとの約束のためにバイオリンを弾いてきた律の、今に至るまでの過去とは……。“ふたりのアイネ”との出会いを機に、律の中から消えた“喪った青春”が少女に宿る記憶を頼りに少しずつ明らかになっていく。

 物語はとても切ないところから始まる。しかし、律の夢に向けてアイネが背中を押す姿と、重要な場面での圧巻美麗な海の描写がその切なさを払拭する、とても前向きで素敵な夏の青春ファンタジー作品だ。今回のPOPでは、その雰囲気が伝わるように演出した。そして律がバイオリンを演奏していたこともあり、有名なクラシック楽曲が数曲登場する。その曲を聴きながら読むと登場人物たちの心情や臨場感が断然に増すので、作品の伴奏曲としてオススメしたい。

マンガPOP横丁

文・手書きPOP=はりまりょう

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