夏川草介 「京都は"生と死"が日常に溶け込んでいる」。『神様のカルテ』著者が京都を舞台に小説を書こうと決めた理由【インタビュー】

文芸・カルチャー

更新日:2026/2/9

 『スピノザの診察室』
『スピノザの診察室』夏川草介/水鈴社)

累計340万部のベストセラー「神様のカルテ」(小学館)シリーズの著者で、現役医師として命と向き合い続ける夏川草介さん。2023年に刊行された『スピノザの診察室』(水鈴社)が第12回京都本大賞を受賞した。京都の日常の風景と共に、そこにある命を描いた物語で、続編および映画化も決定している話題作だ。

ダ・ヴィンチWebでは、京都本大賞の受賞を記念して、夏川さんへインタビューを実施。作品に込めた思いや、作品が生まれるまで、そして京都を舞台にした理由を伺った。

物語とシンクロした京都の日常に溶けこんだ死生観

 夏川草介さん

――夏川さんが物語を生み出すとき、「人よりも先に舞台となる場所が決まる、そうでなければ動き出さない」というお話をいろんなインタビューでされていますが、『スピノザの診察室』の舞台を京都にしたことで描けたものというのはあるのでしょうか。

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夏川草介(以下、夏川) 存外、町の歴史や根づいた行事が、物語とシンクロしてくれたなと思っています。大阪・高槻市の出身である私にとって、京都は予備校などに通ったなじみのある場所。舞台に選んだことに、それ以上の理由はなかったのですが、たとえば大文字であったり六道まいりであったり、お盆の時期になると聞こえてくる特定の言葉がいくつかあり、「ああ、ご先祖さんが帰ってくる時期か」「そろそろ、あちらにお戻りになるのか」と気づかされる。日常に溶けこんだその感覚が、人の命や幸福というものをテーマにした本作のイメージとうまく重なってくれたと、書き終えたあとに気づきました。

――主人公の雄町哲郎は、大学病院で将来を嘱望された内科医でありながら、あることをきっかけに地域病院で働くようになり、高齢の患者たちと向き合っています。生と死は近接しているのだということを、本作を読んでいると改めて感じます。

夏川 今は、お盆がどういう意味をもつ行事なのか、知らない人も多いでしょう。私自身、子どもの頃から仏壇のない家に育ちました。長野の自宅にも、置いてはいない。仕事柄、長野を離れられない生活をしている私は、子どもたちをつれて墓参りに行くこともできない。そうなると、だんだん亡くなった人の影が生活から遠のき、生と死がつながる瞬間を実感することもなくなってしまう。それは、私に限った話ではないだろうと思います。

――だからこそ、高齢者の病に向き合う本作を書いた?

夏川 そうですね……。「人は死んだらどこへ行くのか」「神さまはいると思いますか」と、患者さんに聞かれることがあります。高齢者に限りません。若い人でも自分の命に向き合ったときにそういう根源的な疑問を投げかけてくることがありますが、私はずっと、上手に答えることができませんでした。それはもう、医療ではなく哲学の領域ですから。個人の哲学に医者が踏み込むようなことをするべきではないと考える人も多いですが、私自身は、そこも含めて患者さんと関われる医師でありたいと思っています。その答えを、物語を通じて探ってみたいという思いがありました。

――そういった考えからスピノザをはじめとする哲学を深く学んでいる哲郎という主人公が生まれたのですね。科学者と哲学者、その両面をもった医者なのだという描写が、とても興味深かったです。

夏川 今の医学は、科学の面が強すぎると私は感じているんです。あらゆる症状を細かく分類して、病態も治療法もわからない症状にもとりあえず複雑な病名をつけて、わかっているような振りをしてしまう。それがよい結果をもたらすのならかまわないのですが、私にはどうもそうは思えないのですよ。

 たとえば世の中には原因不明の病が山のように存在し、その一部に、特発性という名前がつきます。つまり、特発性○○症と名づけられたものは、「原因不明の病気」を難しく言い換えたに過ぎない。もちろん病名を告げることで安心感が得られる場合もありますが、大事なのは名づけよりも、「わからない」ということにちゃんと向き合い、患者さんに答えてあげることなんじゃないかと思うんです。

――まさに、哲郎がやろうとしていることですね。

夏川 もうひとつ、最近の優れた医療面談とされているのは、患者さんに治療の選択肢を提示して「あなたの権利ですから、自分で決めてください」と委ねることなのですが、医療に対して素人の患者さんが情報だけ与えられて、冷静に選択できるわけがないでしょう。医者と患者が信頼関係を築くためにも、「私はこの治療法がいいと思うのですが」ということをちゃんと言ってあげることが大事なんじゃないのか、と私は思います。

 もちろん、治療の誘導になってはいけないし、いい結果をもたらさなかったときの訴訟リスクも生まれますから、医療の世界ではよくないことだとされているのですが。

――でも、安心はしますよね。患者さんの心はふだんよりも弱っていることが多いから、「あとは勝手に決めて」と言われたら、突き放されたような気持ちになる人も多いでしょうし。

夏川 そうですね。だから私は、どういう理由でその治療法がいいと思うのか、しっかりと伝えるようにしています。あなたが自分の家族だったらこの治療法を選びます、という具合に。そのうえで、納得できる方法を選んでください、とするほうが誠実なのではないかな、と。科学とは違う、心のありようからアプローチすることも治療のうえでは必要だというのが、現時点での考えです。医療者側の負担が大きくなるので、相応の覚悟が必要ですが、それこそが医者の仕事なのではないのかと考えています。

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