松井玲奈がもっとも幸せを感じるのはいつ? 日々のさまざまな“幸せ”について綴ったエッセイ集『ろうそくを吹き消す瞬間』【インタビュー】
公開日:2026/2/23
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年3月号からの転載です。

楽しかったイベントもおいしかったごちそうも、SNSで気軽に発信できる時代。でもある時、松井さんが旅行の思い出をシェアしようとしたところ、身近な人から思いがけない言葉をかけられたという。
「『それ、幸せ自慢になってない?』と言われて、びっくりしたんです。確かにSNSがなかった頃は、楽しかったこと、幸せを感じたことは家族や友達と会った時に『この前こんなことがあってね』と分かち合うものでしたよね。そう気づき、今回のエッセイでは“幸せ”や目に見えなくて形のわからない感情について書いてみようと思いました」
タイトルの『ろうそくを吹き消す瞬間』は、松井さんがもっとも幸せを感じるひと時。
「みんなが注目する中、バースデーケーキのろうそくを吹き消す瞬間は、幸せに包まれる素敵な時間です。でも、その瞬間を写真に切り取ることはできず、その場にいる人の目と記憶に残すしかありません。だからこそ、より大切に感じられるのだと思います。一瞬で消えてしまうけれど、心に留めておきたいものはある。そんな思いをタイトルに込めました」
松井さんにとって3冊目のエッセイ集だが、今回は初の全篇書き下ろしに挑戦。締切や原稿の分量が決まっている連載と違って自由に書けるが、その分、不安もあったという。
「突然、大海原に船で漕ぎ出してしまったような気持ちになりました。ただ、文字数の制約がないので、1ページ未満の短いエッセイを差し込んだりして、一冊の中でリズムを作ることもできて。漕ぎ出した時は『どうしよう、泳ぎ方も船の進め方もわからない』と思いましたが、最終的に自分が思い描いた目的地にたどりつけて、達成感を覚えています」
書店と自宅の本棚 本との出会いは二度ある
ふちがサクサクしたお手製ホットケーキの味わい、心にクリーンヒットした友人のかっこいいひと言など、日々のさまざまな“幸せ”について綴った全47編を収録。中でも興味を惹くのが、本にまつわるエッセイだ。兄と奪い合うようにして読んだ「ハリー・ポッター」シリーズ、「一番大切なものは目には見えない」と教えてくれた『星の王子さま』。幼い頃から読書に親しんできた松井さんの本への愛情が伝わってくる。ちなみに現在の愛読書は?
「子どもの頃は圧倒的にファンタジー派でしたが、大人になった今はリアルな心情を描いた群像劇をよく読みます。中でも、島本理生さんの作品はいつだって大好きです。いろいろな人たちの人生の一片を見せてもらっているような作品、登場人物がすぐそこで生活していそうな温度感のある物語が好きですね」
もちろん、エッセイも好んで読むジャンルのひとつ。
「千早茜さんの『わるい食べもの』シリーズには、衝撃を受けました。私は嫌いなものについてあまり書かないようにしていたのですが、『え、書いてもいいんだ! 苦手な食べものに共感することもあるんだ!』という発見があって。私の表現の幅も広がりました」
積ん読をめぐるエッセイには、共感を誘われること間違いなし。
「今、家にある本の三分の二はまだ読んでいません。しかも、どんどん増えているから恐ろしい(笑)。でも、私は本との出会いって2回あると思ってるんです。1回目は本屋さんでインスピレーションを感じた瞬間、2回目はその本を自分の本棚から取り出して読む時。本棚で熟成させると、不思議とその時の自分にぴったり合う本を手に取る瞬間が訪れるんですよね。だから、積ん読というより私の機が熟すのを本が待ってくれているイメージ。『私の本棚には、まだこんなに読んでない本があるんだ』と思うだけで幸せです」
演じることも書くことも絶対に止めたくない
“幸せ”について書くことは、自分にとって何が大切なのか、見つめ直す作業でもあるのだろう。本書を読むと、松井さんは演じること、そして書くことを軸に生きていることが伝わってくる。
「書くことは、自分の中から切り出してゼロから1を生む作業。お芝居は1になっているものを受け取り、共演者とキャッチボールしながら100に近づけていく作業。どちらも、子どもの頃からずっと変わらず好きなことです。きっとエネルギーを放出したいんでしょうね。そうしないと熱がこもったような状態になって、体も心もどんどん調子が悪くなってしまうので」
このふたつを繰り返すことで、松井さんの表現力も耕されていく。
「例えば“泣く”という行為ひとつとっても、じわっと涙があふれる時もあれば、鼻の奥がツンとする時、全身が震え出す時もある。その感覚を忘れたくなくて、ぐわんと気持ちが動いて泣く瞬間も、心のどこが震えていたのか冷静に分析している自分がいるんです。しかも、それを書き残しておけば、次にお芝居する時、『あの感覚になったことがあるから、今回もできるよね』と少し自信を持てます。そして、そうやって演じたことがまたエッセイになっていく。うまく循環しているなと思います」
「感じたことをいったん言葉にすると、頭と心が整う」と話す松井さん。エッセイと小説のほか、プライベートな文章も毎日書いているという。
「朝起きたら、頭の中にあるものを全部書き出す“ジャーナリング”という作業をします。夜寝る前には、日記を書く時間を必ずとり、個人的なことを箇条書きでわーっと書く。エッセイは、それらの点を線につなげていく感覚に近いのかもしれません。一方、小説は普段言いたくても言えないことを一番書いている気がします。松井玲奈としてはストレートに言いにくいことも、物語でくるむと伝わりやすくなるので。以前、ある方に『思っていることをもっとはっきり言いなよ』と言われた時、『私には私のやり方があるんです。小説で伝えているんです』と返したことがあって。その方にスイッチを押されたことで、自分がどういうベクトルで小説を書いていきたいのか、明確になりました」
〈絶対に、書くことを止めたくない。〉そう宣言した「決意表明」からは、松井さんの覚悟が感じられる。自身も思い入れのある一編だという。
「エッセイに関する取材で、『これ、ライターが書いたんですよね』と言われたことがあるんです。すごく悔しかったけれど、その思いが自分がこれからどうなりたいのかという道しるべを作ってくれた気もして。私はこれからもお芝居をずっと続けていきたいですし、書くことも止めたくない。今回そう明言できたのは、私にとってすごく大きな変化でした」
“幸せ”を書き留めた一冊を振り返り、松井さんが今思うことは?
「食べもののことを書いている時が、一番幸せそうだなと思いました(笑)。あとは、幼少期の思い出話が多いですね。両親が仕事で忙しかったので、『私を見てほしい、かまってほしい』という気持ちが強かったのだと思います。その思いが満たされた時に、自分の存在が認められたような幸せを感じていたんだなと気づきましたし、『私、寂しいと感じていたんだな』と当時の気持ちをあらためて自覚できました。今回で幼少期のことは書き切ったので、次にエッセイを書く時は、中高生時代をはじめ、もう少し新しい記憶を掘り起こしていきたいですね。今回の出発点になった“幸せ自慢”についての明確な答えは今も出ていませんが、周りに振り回されず、自分の軸で大切にしたいと思うものを守っていきたい。自分の中の小さな幸せをこれからも発信していけたらと思います」
取材・文:野本由起 写真:TOWA
まつい・れな●1991年、愛知県生まれ。作家、俳優として幅広く活動。著書に小説『カモフラージュ』『累々』『カット・イン/カット・アウト』、エッセイ『ひみつのたべもの』『私だけの水槽』がある。現在、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』(ハーマイオニー・グレンジャー役)に出演中。

『ろうそくを吹き消す瞬間』(松井玲奈/KADOKAWA) 1760円(税込)
舞台稽古で役と自分の感覚が、ひとつにまとまった感動。砂糖漬けチェリーに宝石みたいな味を感じた幼い日のときめき。一輪の薔薇を贈られた時の、胸にぽっと宿った暖かさ。どうしようもなく苦しい時も、愛しくて少し切ない過去も、幸せと呼べる時間は人それぞれ。失くしたくない記憶をそっと包み込んで、今手のひらにある日常を綴ったエッセイ第3弾。
