ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、原田マハ『晴れの日の木馬たち』
公開日:2026/3/6
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年4月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
(写真=首藤幹夫)
★今月のプラチナ本
『晴れの日の木馬たち』

原田マハ 新潮社 2310円(税込)
20世紀初期、病に倒れた最愛の父を支えるため倉敷の紡績工場で働く少女・すてらは、小説の面白さに心酔していた。自らも、と筆を執った作品に感銘を受けた社長より贈られた雑誌〈白樺〉で、ゴッホの絵と評論を目にしたことから、「ゴッホが絵を描いたように自分は小説を書く」という自身の道を定める。その後、東京に住む流行作家のもとを訪ねるが――。「小説」と「アート」への愛に溢れた長編小説。
はらだ・まは●1962年、東京都生まれ。会社員時代にはニューヨーク近代美術館に半年間派遣された経験がある。『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞、『リーチ先生』で新田次郎文学賞など受賞歴多数。他の作品に『デトロイト美術館の奇跡』『原田マハの印象派物語』『黒い絵』など。
【編集部寸評】

回転木馬のごとく、諦めず先に進む
病床の父と暮らし、学校も通えずにいた少女すてらは宣教師のアリスに救われる。「あきらめるのは簡単です。だからこそ、簡単にあきらめないで」と励まされ、読み書きを学び、物語の愉悦を知った。女性がゆえに諦めざるを得ない事が現在よりずっと多い時代だ。アリスが示した道は険しい。「女工さんが小説やこ書くわけねえでしょう」と言われ、幾度打ちひしがれても、すてらは〈白樺〉を抱き、先に進まんとする。国も言語も越えて人を結ぶ芸術に、執筆に、人生を捧げる姿が、胸を打つ。
似田貝大介 本誌編集長。大雪が降る中、西村賢太氏が眠る石川県七尾市の西光寺へ。墓前に氏が愛好した品々を供えた束の間、不思議と雪がやみ晴れ渡った。

もんげぇおもしれぇ小説のために
女が男と肩を並べて小説を書く。現代では珍しくないことが、当時はどれほど難しかったのか。読み書きすらできない工女たちの中で、すてらは読書の喜びを分かち合い、自分だけの物語を書き続けて、作家への道を切り拓いていく。過酷な環境でも読者に悲壮感を与えないのはきっと、すてらが文学や絵画に胸をときめかせる姿が生き生きと描かれるから。アリス先生や大原孫三郎など実在の人物たちとの交流が彼女をより立体的にし、すてらの小説がどこかで読めるのではないかと探したくなる。
三村遼子 自宅の机や床に本を積みすぎなので、本棚の追加を検討中です。ネットで画像を検索しては妄想するばかりで、購入に踏み切れず。広い家に住みたい。

すてらを信じ続ける人たち
書き続けることで運命を切り拓く、すてらの若い情熱がまぶしい。まだ女性が表現を職にすることが難しかった時代に、すてらが歩みを止めなかったのは、魅力的な人との出会いがあったからだ。「あなたには書くことをやめない力がある」。名もなき工女だった頃から背中を押してくれた大原孫三郎、慈愛で包み込んでくれるアリス先生ら、すてらを信じてくれる人たちの存在で、好きなことをあきらめずにいられたんだと思う。パリへと羽ばたくすてらの未来を、祈るように見守りたい。
久保田朝子 パリへ行く機会があっても、アートとは無縁のことが多い。本作を読んで、アート三昧のパリの旅をしてみたいと思いました。

「この上ないほどの幸運が、自分にはあったのだ」
山中すてらは、書くことを手放さない。その道は、彼女がただひとりで切り拓いてきたわけではなく、諦めざるを得ないような状況でも、すてらを支え、導く者たちがいたことも大きい。父や宣教師のアリス、その才能を後押ししてくれた小西彌太郎と大原夫妻、流行作家の常和田伊作ことイサなど、決して“ひとり”ではなかった。「輝く星。世の光。その名にふさわしい人となるように」と父が授けた名前のとおり、真摯に歩み続けるすてらの姿は眩しく、多くの人々を惹きつけてやまない。
前田 萌 本作は三部作として構想されたなかの1作目だという。今後、彼女がどのような道を歩んでいくのか、その行く末を見守りたいです。次巻が待ち遠しい!

愛と幸福に満ち満ちた半生の軌跡
“好き”という気持ちをつかんで離さない人は強い。本作の主人公・すてらもそうだ。本が大好きな少女は大人になっても、周りの人々、そして自分のために、小説を書くことをやめなかった。「私にとって、書くことは、生きること」。すてらの生きざまが、時折垣間見える彼女の小説にも柔らかく落とし込まれていることが伺える。そして、そこには家族や恩師、そして小説への溢れんばかりの愛がある。文士・山中すてらの幸福なる人生の香りがあなたの心を満たしてくれることだろう。
笹渕りり子 ここ最近とにかく冷える毎日を過ごしているので、作中に出てくる「梅干し湯」を飲んで温まりたい気分に。早速、梅干しを買って帰ろうか。

彼女の世界は光に満ちて
主人公・すてらの人生には数々の困難が立ちはだかる。幼い頃に母親に見捨てられ、病に倒れた父のために12歳から働きに出て、“行き遅れ”と言われた後の奉公先でも辛く当たられ、人生を変えてしまうような悲劇にも見舞われる。それでも彼女は、希望を持つことをやめない。どんな状況下でも“好き”を諦めず、いばらの中でも自らの進む道を見つけ歩き始める彼女の背中は、とても眩しい。彼女の目を通して見る世界は希望にあふれ、読後には私たちが生きる現実も輝いて見えるはずだ。
三条 凪 物語の中ですてらが出会う美術作品の描写がまたすごい。特にアンリ・マティスによる娘の肖像画についての表現は圧巻だ。いつか本物を見てみたい。

至誠天に通ず
「生きて、名前を晒して、書き続ける覚悟をなさい」。このプラチナ本の寸評ですら怯えながら書いている私にとって、“女流”作家という言葉が存在してしまう時代にすてらが選んだ道は険しく果てしないように見える。それでもひたすらに、生まれた家や性別を言い訳にせず、神への信仰と創作への信念を支えに、真摯に手を動かし続ける彼女は周りの人の心をつかんで離さない。まっすぐに自分の好きなことを貫くすてらの在り方を見て、私もせめて自分の「好き」に誠実でありたいと強く思う。
重松実歩 小学生の時に小説を書いていました。数年前に恐る恐る読み返したのですが、食い意地が張りすぎていたのか、ひたすらに食べ物の描写ばかりでした

すてらが目指すのも、“青空が広がる”作品
回転木馬が動き始めると乗客は束の間、馬上で風を切り、あるいは馬車で揺られながら車窓にもたれ、自分のあった日常とは別の体験に身を委ねる。小説もアートも、読者に対してそれと似た力を持つ。では木馬を降りた後は―。本作の主人公・すてらは書くことを決してやめない。それは彼女が芸術から受けた感銘と、また彼女自身が感銘を与えた読者たちが、彼女に進む力を与えるからだ。良い作品は人心を動かす。本作という木馬が回転をやめたとき、広がるのは温かく晴れ上がった心だ。
市村晃人 木馬は良いのですが、同じく一見穏やかに見えるコーヒーカップは節度を持たずに回して、降りたときの心が何度も土砂降りになったことがあります。
